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時計仕掛けの機械人形  作者: 彼方
片瀬と弥生の日常
7/7

 午後九時。人気のない道を早足で歩く薫の後を、一人の男が付け狙う。川中拓也だ。拓也は薫の帰宅ルートを調べ上げていて、不気味に笑うと路地に入る。


「先回りするつもりでしょう。もう少し様子を見ます」

「了解」


 拓也の時間データは、十分に収集している。行動を起こすのは、もう少し後だ。片瀬と弥生は、薫に気づかれないように後を追う。司と和人は、さらに離れた位置から事の次第を見ている。


「こんな時間に一人で危ないよ。でも安心して、僕がいるから」


 薫の前に姿を現した拓也が、ねっとりとした声で言う。薫は怯えきって、体を硬直させている。後、三十四秒。


「ほら、一緒に帰ろう」

「い、いや!」


 拓也が差し出した手から逃げるように、薫が後ずさる。後、二十三秒。


「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。君の気持ちは知ってる。あの男と一緒にいたのだって、僕の気を引きたかったんだろ? 浮気はいけないけど、君が僕と一緒にいてくれるなら許すよ」

「だから、私、あなたのことなんて知らない! どこかに行って!」


 後、十秒。


「まだ、そんなことを言うのか。僕はこんなにも君のことを愛しているのに!」

「助けて……!」


 今だ。


「がっ……」


 薫に襲いかかろうとした拓也を、手加減をして殴る。本気で殴ったら、気絶してしまうだろう。それでは意味がない。


「これ以上、彼女に関わらないでください」

「お前、誰だ……!」


 突然現れた片瀬に驚いた様子を一瞬見せたが、すぐに敵と見なしたのか睨みつける。


「関わるな、そう言ってるんです」


 馬鹿な男だ。力で奪っても、それは支配でしかない。そんなことも分からないのか。


「お前には関係ない! 僕は彼女と幸せになるんだ!」

「うるさいな。こそこそとつけ回すことしか出来ないクズなのに」


 弥生の言葉に逆上し、拓也が顔を真っ赤にさせる。これ以上の説得は無駄か。


「このガキ……!」


 弥生に殴りかかろうとする拓也の前に立ちふさがり、視線を合わせ強く念じる。弥生の言っていることは正しい。だが、こんなクズでも命を取ってはいけない。


「行け」


 薫のことを全て記憶から抹消し終えると、冷たく命令する。これでもう拓也が薫に近づくことはないだろう。暗示をかけられた拓也は、その言葉に従って覚束ない足取りでどこかへ消えて行った。これで、一つは解決した。さて、もう一つはどうなることか。


「ありがとうございます」


 薫は震えながらも、片瀬と弥生にお礼を言う。こんな状況で聞くもの酷かもしれない。だが、聞かなければならない。


「いえ、仕事をしたまでです」

「あなた達は……」


 安い映画のような台詞だ。片瀬は少しだけおかしくなる。なぜなら、これから状況は一変するのだから。


「タイムキーパーとレコーダ」

「え?」


 案の定、薫は不思議そうにしている。無理もない、でもこれが現実だ。


「私たちは、あなたのように決められた時間から逸脱しようとしている者、つまり何らかのアクシデントで命を落とす危険から人々を救う仕事をしています」

「え、あの、言っている意味がよく分からないんですが……」


 薫は、片手で頭を押さえながら考えている。


「簡単に言えば、正義の味方ってやつ? 世のため、人のためってね」


 弥生が茶化すように言う。そんなこと思ってないだろうに。


「あなたにはレコーダーの素質があります。あなたが望めば、力を手に入れることが可能です」

「力……?」

「そうでうす。レコーダーは、無尽蔵に時間データを収める記録器。サポート役ですが、重要な役割です」


 薫は、黙って片瀬の言葉を聞いている。疑うような視線を向けるのは、人として当たり前の反応だ。こんな話を、受け入れられる方がおかいし。そう、片瀬と弥生のように。


「お姉さん、これはチャンスだよ。つまらない世界が、一気に楽しくなるね。人間をやめることくらい、その楽しさに比べたら何ともないよ」


 心から楽しそうに言う弥生の言葉に、薫の表情が強張る。


「人間を、やめる……?」


「そうだよ。こんな力が、簡単に手に入るわけないじゃん。でも、それくらいどうってことないよね?」

「あなた達、おかしいわ……!」


 薫が再び怯えたように叫ぶ。これが当たり前の反応か。


「拒否すること言うことですね?」

「当たり前じゃない! 第一、こんなおかしな話を信じられるわけ……」


 困惑したように、奇異の者を見るように薫が一歩下がる。


「分かりました」


 片瀬が目の前に手をかざすと、薫の目がうつろになる。拒否した以上、片瀬と弥生と関わった記憶を残しておけない。拓也に関する記憶も消し終えると、薫はふらふらとした足取りで歩いて行った。

 明日になれば、いつもと変わらぬ一日が始まるだろう。それが、薫にとっては一番いいのかもしれない。


「もったいないな。こんなに楽しいのに」


 薫が去って行った方向を見ながら、惜しむように弥生が言う。そんな姿に片瀬は呆れる。


「彼女がレコーダーになったら、弥生はその楽しいことが出来なくなるのですよ」


 薫がレコーダーになるには、弥生の力を渡さなければならない。そうなれば、弥生は消滅してしまうのだ。


「あ、そっか。じゃあ、もう少し楽しめるってことだね」


 あっさりと言う弥生の表情は、やはり楽しげだった。


「片瀬、弥生。お疲れ様」


 声がした方を見れば、司と和人がいた。微笑む司とは対象的に、和人は呆然としている。


「振られたみたいね」

「でも、楽しかったからいいや」


 司が冗談交じりに言えば、弥生が明るく笑う。


「弥生、行きますよ」

「はーい」


 片瀬が促すと、弥生は素直に従う。


「あの二人は、とても優秀よ。多分、この近辺では一番でしょうね」


 歩き出した片瀬と弥生を見ながら、司が誇張するわけでもなく言う。その言葉に、和人はつばを飲み込む。


「次は、どんな楽しいことがあるかな」

「さあ、時間データからはまだ予測出来ませんね」


 楽しそうな弥生とは対照的に、片瀬は相変わらず感情が顔に表れない。夜の闇が二人を飲み込み、あっという間に見えなくなってしまう。

 こうして、片瀬と弥生の日常は続く。

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