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時計仕掛けの機械人形  作者: 彼方
片瀬と弥生の日常
4/7

 太陽が沈みかけ、辺りは薄暗い。遊び疲れた子供たちが一人、また一人と帰っていく。少女もまたそんな子供たちと同じように、母親が待つ家へと足を向けていた。

 ふと、少女の目に一輪の花が映る。お母さんにも見せてあげよう。黄色い花弁をした花に手を伸ばした時、信号が点滅しているにのに気づいた。慌てて横断歩道を渡ろうとした少女の肩が、優しく引き止められる。


「危ないですよ」


 側にはいつの間にか、黒いスーツを着た男性と中学生くらいの子供が立っていた。少女は首をかしげると、くりくりと大きな目で男性を見つめる。知らない人に話しかけられても、返事をしてはいけない。母親の教えを守り、少女は固く口を閉ざしたままだ。やがて信号が青に変わり、少女は駆け足でその場を後にした。



* * *



「これで、あの少女の時間は修正されたでしょう」


 片瀬は、走り去っていった少女を視線だけで追って言う。片瀬が止めなければ、少女は横断歩道を渡っている途中で車に引かれていただろう。


「片瀬さん、子供にはもっと優しく接しなきゃ。怖がってたよ」


 隣で見ていた弥生が、楽しそうに笑う。弥生はこうしてよく片瀬をからかっているが、片瀬にはその自覚がなかった。なので今回も無言を返す。

 何が楽しいのか、弥生はいつも笑顔だ。片瀬と弥生が並ぶと、その差は歴然だった。表情だけでなく、片瀬と弥生は何もかも違う。

 黒いスーツを着込み眼鏡をかけた片瀬は、表情に乏しく怖がれることが多い。一方、黒いショートカットに、膝丈のオーバーオールを着用した弥生は、常に笑顔で活発そうな印象を受ける。年齢も、片瀬が二十代前半ほどなのに対し、弥生は中学生ほどだろう。

 また、弥生は少年にも少女にも見えた。そのせいで、相手が混乱するのを楽しんでいる節もある。実際、弥生は人をからかうのが好きなのだが。


「今日は、この辺で帰りましょう」

「賛成。もう疲れたよ」


 片瀬の言葉に、弥生が賛同する。普通の人間ではない片瀬と弥生が疲れることなどない。弥生なりの冗談だが、片瀬には上手く伝わった例がない。それを弥生も知っているのか、あえてそれ以上は何も言わない。実際、片瀬は深く考えていなかった。


「あの人、転びますね」


 突然、片瀬が独り言のように呟く。するとスーツ姿の若い女性が、前から歩いて来た男性とぶつかり、その場にしりもちをついた。ぶつかって来た男性は、そのまま足早に去って行く。


「片瀬さん?」


 片瀬が女性の方に歩いていくので、普段の彼らしかぬ行動に弥生は驚いて声をかける。その言葉に答えることなく、片瀬は女性の前に立つと手を差し伸べた。


「大丈夫ですか?」

「あ、ええ。ありがとうございます」


 差し出された手を遠慮がちに掴むと、女性はそのまま立ち上がる。片瀬を見た女性は少し驚いた後、何か考えるように黙り込む。時間としては短かったが、片瀬は女性の些細な変化を見抜いていた。


(六秒か)


 片瀬は頭の中で、そう計算する。計算すると言うよりは、分かったと言う方が正しいが。


「お姉さん大丈夫? 片瀬さんの顔が怖いから怯えてるよ」

「そんなことは」


 片瀬が思った通り、六秒後に女性は慌て出す。からかう対象を見つけた弥生が、楽しそうに言う。この場合は、片瀬ではなく女性が困るのを予想して言った言葉だろう。案の定、女性は必死に否定する。

 片瀬には、女性がこれから電車に乗ること、そしてその路線で人身事故が起きることが弥生を通して分かった。さて、どうするか。片瀬は珍しく考え込む。女性が自宅に着くのが遅くなるだけなら必要以上に関わらない。しかし、この女性の場合それだけではなさそうだ。

 時間にして五秒ほど。片瀬は結論を出し口を開く。


「あなた、帰りは電車ですか?」

「ええ、そうですけど」


 片瀬が聞けば、女性は怪訝そうに言う。この女性は少々複雑なようだ。タイムキーパーとしての能力からそう察知し、片瀬は女性に電車を使わないように助言することに決めた。

 案の定告げられた女性は、戸惑いを隠せないようだった。今日は大丈夫だろう。片瀬は時間データからそう結論を出す。


「お姉さん、僕もその方がいいと思うよ。じゃあね!」


 呆然とする女性にそう言葉を残し、きびすを返した片瀬の後を追う。弥生は片瀬の横に並ぶと、もの珍しそうに言う。


「わざわざ教えてあげるなんて、珍しいこともあるものだね。あの人に、レコーダーの素質があったから?」

「それより、彼女は観察対象と捉えていいでしょう」


 あえて問に答えることもないだろうと判断し、片瀬は淡々と言う。あの女性に弥生と同じレコーダーの素質があることは、流れる時間が違うことからすぐに分かった。だが、問題はそのことより別にある。

 片瀬の言葉に、弥生は驚いた表情をする。よく表情の変わることだ。


「あのお姉さんが、観察対象? あーあ、また忙しくなりそうだね」


 弥生は頭の後ろで腕を組み、「でも」と続ける。


「楽しくなりそうだね」


 弥生の目が輝くのを横目にして、片瀬は少し呆れる。レコーダーの素質があるということより、新しい観察対象を見つけたことに喜ぶとは。全く、弥生らしいが。



* * *



 まだ新しい十階建てのマンション、三階の角部屋にあたるその一室には表札がない。夜も更け住人達は寝静まっている時間に、片瀬と弥生は件の部屋の前にいた。ノブを捻ると、何の抵抗もなくドアは開く。


「よお、お二人さん。いらっしゃい」


 玄関で靴を脱いで部屋に上がると、部屋の主であるダイトと友里(ゆり)がソファーに座ってくつろいでいた。金髪に青い目をしたダイトが、片瀬と弥生に声をかける。好青年と言うには、笑顔がどこか嘘くさい。

 セミロングの落ち着いた茶髪をした友里は、胸元の古めかしいペンダントをいじくっていた。童顔のせいで幼く見られがちだが、ダイトとの年齢差はあまりない。普通の人間だったら高校を卒業する頃だろう。


「こんばんは。ダイト君、外人さんみたいだね」


 弥生がダイトを見て、物珍しそうに言う。以前ダイトに会った時は、髪も瞳も黒かった。しかし、髪や瞳の色が変わろうとダイトであることに変わりはない。片瀬は、弥生ほどダイトの変化に興味がわかなかった。

 好奇心旺盛な弥生は、まじまじとダイトを観察し、質問を投げかける。


「髪は染めたとして、瞳はどうしたの?」

「カラコンだよ。青いコンタクトを入れてるんだ」


 自慢げに話すダイトと違い、隣にいる友里はどこか浮かない表情だった。


「へぇ。かっこいいね」


 余計なことを言ったな。片瀬は呆れ顔をして、そっと友里を観察する。案の定、友里の瞳に涙がにじむ。


「ダイト君は、私のこと嫌いになっちゃった?」


 呟くように吐き出された友里の言葉に、ダイトの表情が一変する。先ほどまでの砕けた表情は消え、真摯な態度になったダイトに、弥生はため息を吐く。弥生でも呆れるほど、この二人の関係は複雑で面倒くさい。片瀬もそれを分かっているだけに、何も口を出さなかったのに。


「そんなことあるわけないだろ! 俺には友里ちゃんしかいないんだ」

「本当に?」

「本当だよ。俺が愛してるのは、友里ちゃんだけ」


 二人の甘い雰囲気に、弥生が視線だけで片瀬に助けを求める。怖いものなしに見える弥生も、これだけはどうにも出来ないらしい。放っておいたら、いつまでも続きかねないな。それは片瀬の望むところでもない。仕方がなく、片瀬が話題を変える。


「いい部屋ですね」

「ああ。そうだろ」


 いつもと変わらぬ落ち着いた抑揚で、感情を込めずに聞く。友里は、男性女性に関わらず、ダイトと親しくする者に焼きもちを焼くところがある。なので、少し冷たく聞こえるくらいが丁度いいだろう。


「ダイト君が、私のためにって」


 友里も、涙のあとが残る顔に笑みを浮かべる。普通に考えたら、こんなマンションに二人が住めるはずはない。しかし二人は、一銭も払うことなく住み続けている。それは単に、タイムキーパーとレコーダーの能力があってこそだが。


「こんばんは。遅くなってごめんなさい」


 タイミングよく、(つかさ)見知らぬ青年が入って来る。二十代半ばほどに見える司は、長い黒髪を器用にまとめ上げていた。黒いミニスカートからは、しなやかな足が伸びている。いやらしく見えないのは、司の落ち着いた雰囲気のせいだろうか。

 青年は、どこか落ち着きがなく、視線を忙しなく動かしている。ダイトと同い年ほどに見えるが、服装もどこか垢抜けない。

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