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あたしの名前はルト。
滅び行く運命にある獣人の少女だ。
既にこの星の人間は滅び、生き残ってるのは人外のみ。
人間が法の外でオモチャにするために獣人を作ったのに、その獣人だけが生き残るというのは皮肉な話だった。
最近は水工場の調子も悪いし、どうして村から出て行かないのかと疑問に思う事もあった。
だって、このままだと死を待つだけだと子供でもわかっていた。
それに、妹のプラノも外の世界を見たがっている。
大人達が言うには、砂漠の外に出ようとすると、人間が置き土産として残していったバケモノに食われてしまうとの事。
だけど、それが本当かはわからない。親世代で人間が生きていた頃も銃で脅されて、徒歩で村の外に出た事が無かったからだ。
もしかしたら、獣人達を逃がさないための嘘かも知れない。あたし達姉妹はそう思った。
だから……あの日……外へ……出た。
村から出てしばらく二人で歩いた。
大きな岩が砂漠に埋まっていた。
それを冒険気分できゃいきゃいと妹と指さしながら歩いた。
その岩の先、一歩。
その一歩で妹は消えた。
サンドワームと呼ばれる、巨大なミミズのバケモノは存在していた。
妹は一口で飲まれ、外の世界を見ることなく死んだ。
あたし達は、未だに人間の呪縛から逃れられていないと察した。
あたしも大人達のように、滅び行く運命を受け入れた。
それから数年。
あたしは、妹に呼ばれるように、あの岩の近くまで歩くのが日課となっていた。
ついに水工場も止まってしまったし、死ぬ時は妹と一緒の方法がいいかなって。
そんな時、彼を見付けた。
人間。
プラノを間接的にでも殺した人間。
だが、その倒れている人間の顔には絶望が張り付いていた。
ふと思った。
彼も、あたし達と同じで世界に取り残された存在なのだと。
特に人間は独りぼっちだ。
酷く弱々しそうな彼を見て、あたしは助けずにはいられなかった。
「人間さん、だいじょーぶ?」
あたしは、プラノに胸を張れるお姉ちゃんなのだ。
* * * * * * * *
「よう」
「よーう!」
人間さんは変だった。
初めて出会う種族だけど、明らかに変だった。
言葉は一種類しか喋れないのに、こちらの言葉はしっかり理解する。
背負っていたバックパックには食料が入っていた形跡もなく、起きた後も空腹を訴えない。
本当に人間という種族なのだろうか? と思ったが、両親達は苦々しい顔を浮かべながら、人間だと言った。
何はともあれ、悪い人では無さそうだった。
時々、私の胸に視線を感じるが、村の男の子達もそんな感じなので慣れている。
もっとも、母はすごく警戒した顔をしているが。
だが、数日で彼への評価は変わった。
文字を知っているし、人間達の知識を持っていた。
それに、壊れて諦めていた水と食料の遺跡を救ってくれたのだ。
まるで魔法のように、あたし達が長年諦めていた事をやってのけた。
大人達は彼に聞いた。
対価は何だ? と。
彼は、ただ首を横に振った。
逆に、あたし達に文字を教え始めた。
後で母に聞くと、水工場を盾にされ、あたし達全員を差し出す事になるかもしれないと覚悟していたそうだ。
この人間さんのお嫁になるのなら、悪くないかもしれない。と思っていた事はナイショにしておいた。
* * * * * * * *
人間さんは、村に残っていた遺物のパソコン? という四角い箱を使ってあたし達に文字を教えてくれた。
最初は、水に手を触れさせて、ホワイトボードに文字を書いて。
「じょーじょ!」
とかやっていたが、訳が分からなかったためである。
パソコンを使うと、文字と音声が同時に出て理解しやすかった。
遺物をいとも容易く扱う人間さん、彼はいったい何者なのだろう。
パソコンを使うと意思疎通できるようになったため、色々と聞いてみた。
「人間さんの名前はなんていうの?」
「……う」
少し考えた後、パソコンを操作して答えてくれた。
『有能転生者』
「ゆうのうてんせいしゃ……長い!」
あたし達の名前は短い。だから、人間さんの長い名前は違和感しかなかった。
あたしは考えた。
長いし、折角だし親しみを込めて呼びたい。
「て、テンさんとか?」
『何か目が三つありそうなので却下』
よくわからない理由で却下された。三つ目の種族なんてあたしも見た事が無い。
「じゃあ、てんせー、っしゃん」
噛んだ。噛んでしまった。
てんせーさんと言おうとしたのに。
「無し! 今の無し! レディは噛まない!」
だが、彼は満足げな顔を見せていた。
むしろ──。
『一生、その名前で呼んでくれると悶えるくらい嬉しい』
と返してきた。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。
あれ、でもこれって……一生って……。
もしかして……。
一瞬、未来を想像してしまった。
さらに恥ずかしくなって、床を転げ回った。
てんせーしゃんは、それを不思議そうに見ていた。