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「おっぱい柔らか~……ハッ!? ここは!?」
いつもの地球の交差点で、俺の身体も男の物に戻っていた。
ここにいるという事は、天にも上る気持ちというか、本当に成仏してしまったのだろう。
おっぱいって殺傷兵器にもなる、そんな戒めを刻んでおこう……。
「今回も色々大変だったけど、ルト達のお陰で何とかなったなぁ」
いつものように自分1人で真っ正面からぶつかっていたら、きっと悲惨な事になっていただろう。
レイジョ様としての工作なども、ちょっとは利口になった気分だ。
その反面、割と……かなり……バカな行動もしてしまっていたが。
ハニートラップとか使われたら即死確定だ。
「もう絶対にお色気には負けないんだから!」
何か負けそうな口調になってしまった。
さてと、このループな状況に戻ってきてしまったという事は、後ろからの足音はアレだろう。
「鋼鉄の幼女……」
前回は放置してしまったが、今の俺は一味違う。
そう、レイジョ様の経験を活かして、真っ正面からではない方法を試す。
「後ろにいるのは分かっているぞぉー!」
俺はバッと振り向き、幼女へと飛びついた。
即事案のように見えるが、そんな事は無い!
異常なパワーの幼女を、俺は身体全体を使って回転させようとする。
そう、方向転換させるだけなら、俺のミジンコのような力でも何とかなるだろう!
もう一度言う、見た目がやばい事になっているが、俺に下心はない逮捕しないでくださいマジで。
「ハァハァ」
服装が乱れてしまうくらいのくんずほぐれずの後、無事に鋼鉄の幼女はトラックの進路と反対に移動してくれた。
「ふふ……幼女をまわすとは、さすが俺だ」
何度も言うが、変な意味はない。
さっきの方向転換で格闘をしている時、少しだけ幼女が笑ってくれた気がした。
やはり、幼女には優しくだ。
「っと、時間を食ってしまった。このままだと、もうすぐ女神様が乗ったトラックが──」
「今日は徒歩です」
「ひぃっ!?」
急に耳元で、女神様の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには女神スマイルのダークさ50%増しといった表情。
その手には、銀色のブレスレット……別名は手錠が握られていた。
「め、女神様……ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう、悪役令嬢転生者さん」
俺は近くのガードレールに、手錠で繋がれてしまった。
今日の女神様は、いつにもまして迫力がある。
何故だろうか……。
「私は乙女ですよ?」
あっ、これあかんやつや。
「このゲベデピョンと、釘バット。どちらか選ばせてあげましょう」
「ひぎゃああああああああああああああああああ」
* * * * * * * *
与えられた答えは、強制的に両方だった。
まさか、生きながらサンドワームに溶かされるより酷い死に方があったなんて……。
「てんせーしゃん、女神様、ただいま~」
転生者達が神々と会う例の部屋。
転移陣のようなものから、ルトが入ってきて手を振ってきていた。
「恐い恐い恐い恐い恐い……」
「てんせーしゃん、どうしたの?」
俺は当然の行動をしているだけだ。
ガタガタと震えながら、女神様への恐怖を呟いているだけ。
「ルトちゃん、それの事は気にしなくていいですからね」
「う、うん」
俺の時とは、まったく態度が違う女神様。
なんだろう、この理不尽さ……。
「お邪魔します。こちらが私と天性様の愛の巣ですね」
いきなり突っ込み所満載な言葉と共に、転移陣から現れたのは──。
「ミョルニル!?」
「あ、天性様本来の御身体ですね、ルトさんから聞きました。ふつつか者ですがお世話になります」
何かどんどん所帯じみてきたな、ここ……。
いつの間にかテレビやゲーム機、パソコン等が置いてあるし。
棚にはラノベや、乙女ゲーのパッケージが並べられている。
「あの、この空間……これでいいんですか女神様」
「広間の一つだから別に平気ですよ」
これがいくつもあるのか……。
というか、女神様はいつの間にかパソコンに向かって何かをタイピングしている。
「あれ、女神様、パソコンで何を?」
「あ、前に言っていた異世界紀行を。悪役令嬢転生者さん、あなたの事も書いていますよ」
「へ~、どれどれ」
俺は、パソコンの画面を覗き込んだ。
登場人物紹介、という文字が見えたが……その内容は酷い物だった。
「あの、俺の所だけ説明が変じゃないですか?」
「そう?」
「何か次のチートを『煮卵と黒ギャルを見極める能力にしよう』とか書いてあるんですけど」
「便利だと思うんですけどね~」
ダメだこの女神、早く何とかしないと。
「じ、自分自身の能力ですし、女神様のお手を煩わせないように自分で考えますよ」
「お~、悪役令嬢転生者さんが思考するというチートを持ったのですね。偉い偉い」
くっ、このアマ……。
だが逆らうとアレだ、またアレをアレされてアレしてしまう。
さすがにきつい。
「あ、てんせーしゃん。レイジョ様からお手紙預かってきたよ。ちなみに向こうとの時差はえーっと、数日あるからね」
「……ん?」
言葉の意味が分からない。
俺からの手紙?
ルトは、女神様にダルトワの菓子をお土産として渡した後、懐から一枚の手紙を出した。
そして、それを読んでくれた。
自分の半身だった者へ手紙を書くというのも変な話ですわね。
一応、礼は言っておきましょう。
どうやらダックワーズの毒で死んでしまいそうになった私を、あなたが乗り移って魂の仮死状態のまま維持してくれたのですから。
そしてあなたが去った後、私は身体の所有権を取り戻して元気になりました。
まぁ……殴り合ったお陰で身体中がガタガタですが。
あれから数日、国としては第二王子が失脚し、クレープの地位は盤石なものとなりました。
パンデピスは、正式にダルトワの弟子としてフーリンを招き入れました。
あの怠け者も、フーリンの前では師匠として張り切っているようですわ。
ダックワーズは、相変わらず私の掛かり付けの医師でありながら、多くの人々も助けているよう。
張り切りすぎて医者の不摂生にならないか心配ですわ、まったく。
そして私は、あなたが乗り移っていた影響か、様々な能力に目覚めてしまいましたわ。
女を磨くために、転移者デビューというのも良いかもしれませんわね。
最後に……ルトと、ルニルを頼みましたわよ。
いいですこと? 私にとっては、あくまでただの屋敷の人間。
つまり、その、家族である2人なのですから。
「……そうか。俺に聞こえてた声は、本物のレイジョ様だったのか」
「ふふ、てんせーしゃんと似てるよね」
「え、いや、どこが?」
「私も、天性様とレイジョ様は似ていると思います。どちらも愛すべき御方です」
「ミョルニルまで……うーんむ……」
似ているのだろうか、自分を客観視するというのは難しい。
「って、そうじゃない! 何かレイジョ様が様々な能力に目覚めたとか言ってないか!?」
「あ、うん。あたしが会った時は、お城サイズの風の刃とか使ってた」
「私の時は、腕全体を覆う程のヤールングローヴィを見事に使いこなしていましたね」
「……本人より強力な能力になってない?」
最強悪役令嬢が誕生する日も近いかもしれない。
そういえば、ふと思い出した。
女神様にいくつか聞きたい事があったのだ。
またスルーされるかもしれないが、一応は聞いておこう。
「女神様、聞きたい事があります」
「何ですか、藪からスティックに」
どんだけ流行ってるんだよこの言葉……。
「俺は、何のために転移を繰り返しているんでしょうか?」
「んー、半分はヒミツ」
またヒミツか……。ん? 半分は?
「もう半分は、人助けのため」
「人助け……」
そういえば、最初の耐えきれなくなって自殺した二つ以外は、誰かしら助かっている。
ルトを含めた獣人達とミトラ君、レイジョ様やフーリン、ミョルニル。
「あなたは転生によって、立派に人助けを働いているのですよ」
何か女神様がまともな事を言っている。
実はツンデレなだけで、本当は愛に溢れる女神様なんじゃ……。
俺、誤解していたかも知れない。
「女神様、そんなお考えが……」
「ルトやミョルニルもあなたに感謝していますよ」
ルト……ミョルニル……。
視線に気付き、明るい笑顔を返してくるルト。
同じように気付き、恥ずかしがりながら俯くミョルニル。
今までの思い出が浮かんでくる。
何か泣きそうになってしまう。
そうだ、こんな俺でも役に立っていたんだ!
「悪役令嬢転生者さん、また罪のない女の子が危機に陥っています。転移してくれますね?」
「はい、女神様! 俺やるよ!」
「今回のチートはどうしましょうか?」
前回、俺に足りなかったのは力だ。
もうちょっと頑丈だったり、パワーがあったりすればどうにかなった場面も多い。
「俺、鋼鉄のようなボディが欲しいです!」
「ふふ、わかりました。あ、今回はルトちゃんとミョルニルは別件で動いてもらいます。現地には別の助っ人を送っておいたので合流してください」
「俺の戦いはこれからだ!」
* * * * * * * *
よし、異世界へ辿り着いた。
さてと、助っ人と合流してから、俺の戦いを……。
あれ? 身体が動かない。
変な場所に転移か転生でもしたのかな。
何か妙に視点が低い気もする。
石畳の地面すれすれの視点で、ガラスのショーケースらしき物が見える。
そこを凝視すると、小さく何かが反射して見える。
金属のネジ。
うん……?
視界的にそれしか見えない。
いやいや、まさかな。
俺は動けない状態で透明化でもしているのだろう。
光化学迷彩とか格好良いと思う。
覗きとかもし放題!
いやぁ、サイコーだね……。
さいこ……う。
うわああああああああああああ。
やっぱり俺ネジだあああああああコレええええ。
鋼鉄のボディだけどコレジャナイでしょおおお!?
あんのクソ女神があああああああ!!
女神の半分は、優しさとは正反対のモノで出来てるよ絶対に!
お、落ち着け……落ち着け俺……。
クールな鋼鉄の俺は慌てない……。
ど、どどどどどどうするよこの状況。
かろうじて五感は機能している。
この五感を使って……受動的な行動しかできねぇ。
開幕から詰んでいる。
まだバッタ人間にでも改造された方が百倍良い。
もしかしたら、エリから転職の誘いを受けた方が良かったのかもしれない。
お~人事お~人事。
「うわ……本当にネジが落ちてる」
突然、背後……たぶん見えないからネジ的な背後から、引き気味な声が聞こえてきた。
そのまま俺を拾い上げたのは、黒いローブに片眼マスク。
老齢のエリだった。




