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「お、ルト。大丈夫か?」
「う、うん」
さっき、いきなり雰囲気が変わったルトが、力を使い果たしたかのように倒れてしまったので心配していたのだ。
額を抑えながら軽く頭を振っているが、その雰囲気は普段のルトのものだ。
俺は安心した。
「よーしよしよし、偉いぞルト」
「ちょ、てんせーしゃん急になにぃ~……」
俺は、ルトの髪をぐしゃぐしゃと撫で回す。
ちょっと不器用なやり方かもしれないが、心底褒めたい気持ちについ力が入ってしまうのだ。
「ありがとうなルト。この世界に来てからも助けられてばかりだ」
「てんせーしゃん……」
急にうつむいて、目を逸らされてしまう。
あれ、俺なんかまずい事でも言ったか……。
それとも、やっぱりイケメン風に優しく撫でたりしたり、抱きしめながら耳元で囁いたりした方がいいのだろうか。
それが察せないから俺は童貞なのだろうか……。
「てんせーしゃん、あたし黙っていた事がいっぱいあるの。ごめんなさい、謝っても謝りきれない……」
「なんだ、そんな事か」
「え?」
目をまん丸にされ、変な声をあげられてしまった。
「ルトが黙っている事は、きっと理由があるんだろ。だから気にするな」
「……ばか」
ルトは急に抱きついてきた。
その声は涙声になっていた。
そうか! イケメン行動はルトのように自然に行うのか!
って、違う! 胸が当たっている! あたたたっている!
これは非常にまずい、セーフかアウト。どどどどちかというと大アウト!
「あたし、本当はミョルニルちゃんと、てんせーしゃんの距離を縮めさせたくなかったの」
「うん……うん?」
ミョルニルと距離っていつ縮まったのだろうか。
ずっと嫌われていたし。
「てんせーしゃんが、さっきみたいなのになっちゃうかもしれないっていうのもあった。でも、てんせーしゃんが取られちゃうのも嫌だった」
え、どういう事……。
ミョルニルと俺って良い関係だったの? いつ?
「最初にてんせーしゃんがロギに妨害じゃなくて、好意があるミョルニルちゃんを恋人にしちゃえばもっとシンプルに終わっていたと思う……でも言えなかった、言わなかった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は今──女で、ミョルニルも女だぞ? 女と女だ」
「え、もしかして……てんせーしゃん、それで気が付かなかったの?」
「い、いやいやいや……あ、あれれ~? おっかしいぞ~? ルトの話からすれば、俺はミョルニルから嫌われていない状態で、あんなリアクションをされていたの……?」
速攻で逃げられたり、避けられまくったりしていたぞ……。
ちょっと好意がある程度の状態ならそんな事はしないだろ普通。
絶対にびびってたって! レイジョ様の脅し文句にびびってたって!
「て、天性様はそんな風に思っていたのですね……」
「みょ、ミョルニル……」
話を聞かれていたのか、ミョルニルがこちらを真っ直ぐ見てきている。
視線が痛い。
「私は……最初に天性様と出会ったときから、恋に落ちていました!」
「……は?」
うまく思い出せないけど、恋される要素なんてあっただろうか。
それも女同士で、だ。
何かもう、この世界にきてから恋とか愛がインフレしまくっていて訳が分からない。
ルトが、ここは乙女ゲーに似ていると言っていたのもそういう事なのだろうか……。
ああ、俺が男主人公でギャルゲーだったらなぁ……キャッキャウフフ。
「今では殺して欲しいくらいに愛しています!」
あああああああやっぱりまたこのパターンかよおおお!!
現実逃避よカムバーック!
「お、おほほ……。おおお落ち着いてね……ミョルニル……」
「私はいつでも本心です」
真顔。
恐いよ、ボスケテ。
ルトをチラッと見る。
ハッとした顔で、何かを察してくれた。
よっし! さすがルトさんやで!
「てんせーしゃん。ミョルニルちゃんは、人間状態で興奮すると愛情が高ぶりすぎて内蔵が爆発しちゃう体質だから! てんせーしゃんから逃げたように見えたのもそのためだったんだよ!」
ルトからの追撃のグランドヴァイパでさらにダメージは加速した。
いや、グランドヴァイパってなんだ。
「はい、その事についてもいつかお話ししないといけないと思っていました。お詫び……も……ガハァッ」
ミョルニルが血を吹き出して倒れた。
何か表現しちゃいけないようなアレも一緒に出ている。
もう嫌だぁ……年齢制限物だよぉ……。
「ミョルニルちゃん……色々喋ったから興奮しちゃったのね……」
「だ、大丈夫なのこれ?」
「あ、うん。しばらくすると治るから」
「そ、そう」
血を吐くのは病弱な女の子キャラだけだと思ってたよママン。
ピンク色のテラテラしたモノも一緒に吐き出すとか、こっちが精神の病気になっちゃうよぉ。
「え、えーっと……話を戻すぞ、ルト」
「うん」
「この雰囲気の中で言うのも何だが──」
ルトは、叱られる前の小動物のような顔をしている。
ミョルニルの事で怒られると思っているのだろうか。
「ルトが隠すと判断した事は、気にせず隠しちゃってくれ」
「……うん」
「俺はルト全てを受け入れるし、ずっと信じ続けているから」
「……うん!」
「泣きながら笑うとは器用な奴だな」
「うん! うん!」
言えなくて辛かったのかな。
俺はそう思うと、自然と愛おしくなってルトを抱きしめていた。
しばらくした後、俺は1人で考えていた。
ルトにはああ言ったが、俺自身が思考停止してしまう事はないだろう。
まずは、俺の夢のこと。
最初のは本当に夢だったが、二度目は現実だった。
あの状態になるのは正直恐ろしい。
引き金となったのは、たぶんミョルニルだろう。
安易に使わないようにしなければいけない。
今回は何とかなったが、またルトや周りに迷惑をかけてしまう。
次に俺のエーテル。
最初にエリからキスでもらった時より、あの悪魔からもらった時の方がエーテル量が多かった。
金色のグローブどころか、金色の腕にまで範囲が広がったくらいだ。
もしかしたら、あのくらいのエーテル供給があれば、他のチートも強力になるのでは。
チート、そうだ。
今回のチートは異性の魅了だったはず。
それを、いきなりもう1つのチートである……名前なんだっけ、とにかく力の帯をいきなり与えられていた。
初めてのケースだ。
ここらへんを考慮しておこう。
ルトが使っていた武器や能力は……いつか話してくれるだろう、たぶん。
と、そこへ巨躯の悪魔がやってきた。
そういえば、こいつ誰だろう。ディープキスされてしまったけど。
「よう! ルトの見初めた転生者!」
「あ、ども」
とりあえず軽く挨拶をしておく。
ルトの知り合いらしいしな。
「お前! 魔王であるベルゼビュート様に向かって!」
「ははは、良い良いアスタロトよ」
魔王……?
この世界にいるらしいとは聞いていたけど、それがこの悪魔なのか。
何かいきなり食糞しそうな名前だが、それは言わないでおこう。
こんな格好良い角と翼と面で、スカトロ趣味だと打ち明けられたら吹き出さずにはいられない。
あ、でもその口で……忘れよう。
「聞いての通り、我は魔王ベルゼビュート。なに、接吻を交わした仲だ。気軽にいこう」
「は、はい……」
相手の唇を無意識に見てしまった。
傷をえぐってくるスタイルなのか……何か死にたくなってくる。
「時に転生者よ。お主、ゲームには興味があるか?」
「ゲーム……まぁ人並には地球ので遊んでいましたが……」
「おぉ、そうかそうか! では、そちらの世界でいうファンタジーなゲームを遊んでみたいとは思わんか?」
ファンタジーなゲームってなんだよ。
ゲームに詳しくない中年が、親戚の子供の気を引こうと一生懸命、知識を使って釣ろうとしている感じに似ている。
「ちょっと、ベルゼビュートさん……てんせーしゃんを巻き込むつもり?」
「お、おいおい。我は少し興味があるか聞いていただけだ。怒るなルトよ」
俺とベルゼビュートの間に割り込んでくるルト。
魔王相手に物怖じしないとは……これは大物過ぎる。
「まったく、誰彼と粉をかけるんだから!」
「ルト、貴様。ベルゼビュ──」
「ははは、すまんすまん。まぁ興味があったらいつでも遊びに来てくれ」
「は、はぁ」
状況が全く掴めない俺は、生返事をするしかなかった。
まぁ悪い人ではなさそうだ。
魔王で悪魔だけど、うちの女神様の方が悪魔らしいし。
あれ、そういえば今回は死ななかった。
女神様は、元の世界に戻る手段を用意しているのだろうか?
「そういえばルト。今回は俺死に戻りじゃなくて、普通に戻れるの?」
「し、死に戻り……あの女神らしいな、恐ろしい」
ベルゼビュートは女神と知り合いなのか。
というか、感覚が麻痺していたけど死に戻りってやっぱりアレだよなぁ……。
「あ、戻る時はこのメモ帳を使えって言ってた」
ルトの手には、赤い表紙の女神メモ帳。
確かこれ、中身を見たら俺が爆死するとか言ってなかったか……、あっ。
「な、中身を見て爆死コース……?」
「ど、どうだろう」
はぁと溜息を吐き、仕方なくメモ帳を手に取る。
そして、覚悟してページをめくると中には──。
「よ、読めない……」
ミミズがのたうち回ったような文字。
一瞬、謎の言語かと思ったが、単純な文字は読める。
脳が拒否しているが、何とか結論を出した。
「すごい下手な字だな……ここまで酷いのは見た事が無い。酔っ払いながら利き手じゃない方で眼をつぶって書いたのか?」
「あ、あはは……あたしはギリギリ読めるよ」
ルトがメモ帳を読み間違いしていたというのも何となくわかった。
「あ、身体が爆発して死ぬんじゃないのか? 平気だぞ」
「ええと……あ、最後のページに文字が現れてる」
「よ、読んでくれ」
「うーんと……うっそぴょーん、だって」
「あの年増女神ぃぃいいい!! また女神像かち割ってやろうか!」
「んと、次のところに……そのまま振り向かず、後ろへ三歩下がれってある」
「おぉ、もしかして転送魔法の座標みたいなものか。さすが女神様だ!」
手の平クルー。
俺は言われるがまま、後ろへ三歩下がった。
よし、転ばない俺すごい! こけて死亡するフラグは回避だ!
「それで次は?」
「しゃがんで、後ろに手を伸ばす」
「ええと、こうか? 地面をさわ……柔らかい」
何かほのかに暖かく、柔らかいものが手の平に当たっている。
「そして後ろを向くと──」
「後ろを向く?」
チラッと背後を振り返る。
人間形態のミョルニルが寝ていた。
嫌な予感がする。
そのまま視線を手元に移動させると──。
「ウッヒョー! ラッキースケーベ!」
ミョルニルのおっぱいにがっつりと手がめり込んでいた。
ちょっと揉んじゃっている状態だ。
グッヘッヘ! 天国じゃー!
「死ぬって書いてある」
「へ?」
手が触れている胸のポケットに、微かに顔を出すお札。
そういえば、10ゴールドで買ってきた除霊用のお札で、邪念が強ければ強い程に悪霊を……。
あれぇー……おかしいな、レイジョ様を見下ろし視点になっているぞぉー?
今流行のTPSというゲーム視点かぁ~。
俺の意識はそのまま天へと上って消えていってしまった。
「乙女な私の悪口と、女神像を壊す悪役令嬢転生者さんは成仏するといいわ。って最後に書いてある。あ、てんせーしゃんが。……もう、色々と自業自得だよ」
いつものオチである。




