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あたし──ルトは思わず口に出してしまった。
「乙女ゲーって、悪役令嬢ってこんなのだったっけ……」
い、いやいや! てんせーしゃんは精一杯戦っているのだ。
そんな事は気にしたら負けだ!
例え、良い所の令嬢が、王子様と泥臭く殴り合って勝負を決めても何の問題も無い!
……うん、たぶんそうだ。そう思おう。
あ、目つぶしした。
「いけー! 天性様ー! そこだ頭突きだー!」
意外とルニルちゃんは順応している。
腕を振り上げ、声を張り上げて応援。
あたしもやった方がいいのだろうか……。
最初の、女神様から教えてもらった乙女ゲーというイメージが邪魔をしてしまう。
てんせーしゃんには勝って欲しいけど……。
「さすがルトの見初めた男よの。我が来たかいがあったというものだ」
その声の主は、紅い瞳をぎらつかせ、威厳ある2本の角を頭から生やし、2メートルを超える巨躯からは12枚の悪魔の羽根が見えていた。
「あ、ベルゼビュートさんだ。こんにちは~」
「ルト、貴様! いくらなんでも魔王であるベルゼビュート様に馴れ馴れしすぎだろ!」
その横に姿勢良く立つ女性。彼とお揃いのベルゼビュート騎士団の制服をビシッと着こなし、長く美しい髪を三つ編みに束ねている。
「アスタロトさんもいつも通りだね~! 部屋の掃除ちゃんとやってる?」
「なっ!? それは今は関係ないだろ!」
主君であるベルゼビュートさんの前だと才色兼備の格好良い女性なのだが、それ以外は怠惰という言葉が相応しい悪魔なのだ。
あたしは、あそこで人の下着がかびているのを初めて目撃した。
この世界にきて、しばらく魔王ベルゼビュートの城でお世話になった思い出が蘇ってくる。
最初は、悪魔とか聞いていたからおっかなびっくりだったけど、城主であるベルゼビュートさんは非常に紳士的だった。
ただ、女神様の事は苦手そうだった。いったい何をしたのだろう……。
彼のベルゼビュート騎士団を指揮するアスタロトさんとも仲良くなった。
割とプライベートでも一緒にいる事が多くなり、その時にメイドの礼節も教えてもらった。
昔、ベルゼビュートさんの専属メイドになるためにやった修行の賜物だとか。
結局、武力方面で仕える事になってしまったが、普段の自堕落っぷりを見るとそれが正しいのかもしれない。
そのせいで、みっちりとメイドプレイをさせられて、色々と身についたから良いけど。
あたしと、布都御魂の使い方についてもアドバイスをもらったりもした。
何せ2人とも上級第一位の悪魔なのだ。
その見返り……というわけでもないが、世界樹が関係する、ある契約をした。
これはまだ、てんせーしゃんには言わない方がいいだろう。
巻き込みたくない。
「ところでルトよ」
「な~に~?」
「何を目的に2人は戦っておるのだ? 勝負は最初から決まっておるではないか」
「あ~……それは、うーん」
答えにくかった。
原因の1つは、あたしが意図的に伝えなかった事にもあるからだ。
というか、さすがにそれは自分で気が付くと思っていた。
「このアスタロトが考えるに、片方が馬鹿で、もう片方が大馬鹿なのではないでしょうか?」
「う……、たぶん合っているけど……」
普段アレなお前が言うな的なものを感じてしまう。
ただ、言っている事は正しいので肯定するしかない。
「それと、そこの……今はフロランタン・ルニルと言ったか」
「そこだぁー! 天性様えぐりこむように──。え? 私ですか?」
「うむ。我のお節介だが、レイジョに華を持たせたいのなら、もうちょっと思い出した方がいいのではないか。手を握られた時の感覚とかな」
ルニルは、何か考えるようにウーンと唸ってしまっている。
「あの、ベルゼビュートさん……ッ!」
あたしの怒気が籠もった声に、アスタロトが警戒する。
「ルトよ。気持ちは分かるが、お前が居れば大丈夫だろう? それに奴も前に進まなければいかん」
「う……」
こう言われてはどうしようもない。
数え切れない程の年月を生きてきた魔王には口で勝てない。
「もー! 分かりました! どうにかならないようにしますよ!」
「ルト、貴様! ベルゼビュート様に馴れ馴れしく──」
若干、ループしている気がする。
アスタロトは、気が遠くなる程に長く一緒にいるんだから、早く告白しちゃえばいいのに。
はぁ……どこもかしこも愛というやつは厄介だ。




