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「待たせたわね。いえ、でも──この待った時間より短い勝負にならなければいいわね?」
観客達が沸く中で、俺とロギはリング上で対峙していた。
今回も周りの目があるため、試合中はレイジョ様口調でいく。
「その……なんだ……。なんで転生者──お前は戦う前から満身創痍なんだ?」
「愛故に……ですわ」
「そ、そうか」
何か哀れみの瞳で見られた。
あれ、もしかして俺って可哀想なの?
そんなわけないだろう……。
ちょっと女神に色々されて死にまくったり、ヤンデレに殺されかけたり、監禁されたり両手を握りつぶされそうになっただけだ。
……だ、大丈夫だ俺。
「そういえば、エリはどうしましたの?」
「ああ、あいつなら数日前から連絡が付かなかったが……今日いきなり、この世界からは撤退したと伝えてきたぞ。何かやらかしたか?」
「えーっと、ここ一週間くらい、エリに監禁されていましたわ」
「なるほどな。僕の知らない所でそんな事になっていたのか」
てっきり、ロギを勝たせるためにやっていたのかと思ったが、本人は何も知らなかったのか。
嘘を言っていなければだが。
「ふふ、安心なさい。ちゃんとお風呂は入ってきましたわよ」
「いや、なんだその全く無駄な情報は」
哀れみから、あきれ顔になるロギ。
意外と感情豊かな奴なのかもしれない。
今回の勝負、それを利用するか……。
というか、真っ向勝負でこいつに勝てる気がしない。
俺が下級第三位の強さらしいから、その基準でいくとロギは中級か上級のどこかだろう。
普通の兵士ひとりにも負けてしまう俺は秒殺されてしまう。
正直、今回は全く勝つイメージが見えない。
「まぁいい。時に今回の勝負、ハンデをやろうじゃないか」
「ハンデですって?」
「舐めプレイ、舐めプというやつだよ。常にお前と対等の力で戦ってやろう」
ありがたい事だが、意図が見えない。
エリがしでかした事へのお詫びとかいう、そんな律儀な事をする奴でもないだろう。
「どうしてだ? という顔をしているな転生者。良いだろう、説明してやろう」
上から目線うぜぇー!
だがこちらもレイジョ様、負けてはいられない。
「良いわ、説明させてあげましょう」
「ふん、相変わらずの減らず口だ」
「お互い様ですわ」
ロギは口角をつり上げニヤリと笑った。
こうやってる時が心底楽しそうだなコイツ。
「まず、前二戦で俺は気が付いた。ただ勝っても意味が無いとな」
「ん? 勝ってルニルを手に入れるのが目的ではなくって?」
「手に入れても、その心までは手に入れられない。巨人族側に従うようにしなければいけないのだ」
「へぇ、それでフーリンを助けるような事を?」
「ご名答。俺としては人の命なんてカスも同然だ。本当ならこの場にいる奴らを全て殺してシンプルに終了させたいところだが……我が王や、魔王ベルゼビュート、ルニルという制約があるからな」
やはりこいつの根本はこれだ。
エリが言っていた通り、人を憎しみながら転生者となったのだろう。
ここまで言い切れるとは、よっぽどの事を生前に経験したのかもしれない。
「というわけで、転生者──お前の心を折る。そのために同等の力で長くいたぶってやるよ。くく……お前みたいな反吐が出るような偽善者の甘ちゃんは何分耐えられるかな?」
「私の心を折るのと、さっきの話が繋がらないような気が……」
「お前……いや、そこまで説明する必要は無いな。さぁ、試合を始めようじゃないか」
やっとか、という顔で待機していた進行役のクレープ王子が手を上げる。
心配そうな視線を俺に送ってくるが、もうやるしかないのだ。
逃げても何にもならない。
「ええ、よくってよ!」
「それでは、パティ・スリー最終戦、決闘を開始します!」
今回、俺──レイジョ様の格好は、戦闘に備えて鎧を着込んでいる。
恥ずかしながら、セコンドのルト達に装着を手伝ってもらった。
騎士などが着る一般的なフルプレートアーマーを、女性用に軽量化したライトアーマー。
最低限の首、胴、肩、手、足辺りに銀色の耐エーテル装甲が装備されており、女性らしいところはシルエットが見えるようになっている。
顔に付けられたフェイスガードや、各部には細かな装飾、マジックアイテムである宝石が散りばめられている。
超高額のオートクチュールであるため、性能や見た目の割に10キロ程度の重さしかない。
俺が出来る、精一杯の抵抗である装備だ。
絶対オークには負けそうにない。
「ほう、転生者。良い鎧を着ているな。その装甲は我らの技術が使われている」
「お褒めに預かり光栄ですわ。それに対してあなたは、ただの貴族服の上にローブなのね」
ロギは王子らしい体裁のために着ていた貴族服の上に、いつもの黒いローブの前を開けてコートのように着こなしていた。
「これもハンデだ。僕愛用の武器も持ってきてはいない」
「じゃあ、そこにつけ込ませて頂きますわ! ルト、剣を下さいませ!」
「はーい」
セコンドから投げ入れられた一般的な西洋剣。
今回は殺傷を避けるために、武器類の刃は潰されている。
ちょっとした重量級鉄パイプと変わらないだろう。
「こちらもだ、フーリン」
「わかりました」
ロギのセコンドはフーリンか。
エリがあんな事になったから、ロギから頼まれたのかもしれないな。
ロギの野郎はぼっちで知り合い居なさそうだし。
「それでは、打ち込ませて頂きますわ」
「どうぞ、無力なレイジョ様」
ロギは、馬鹿にしたように貴族の丁寧な一礼をしてきた。
……ちっ、余裕綽々だな。
両者の手に渡った剣。
俺は、剣を目の前に持ち正眼の構え。
魔法無双した時や、ダンジョン経営時に一通り武器の訓練を受けたことがある。
実戦では使った事ないけど……。
「へぇ、全くの素人というわけではなさそうだな」
ロギはそう言うと、柄の中心を右肩辺りに位置させ、刃先を斜め下へ構えた。
その姿は猛獣の犬歯を連想させる。
「だが、転生者。お前は実戦慣れしていないな。斬り殺したのは何人だ?」
「誰も殺した事はないわ」
「ぷ……くくく。嘘を言うな。お前の深淵に住み着く、名も無き魔物が見えるぞ。悪鬼羅刹が何を偽る?」
「妄想は大概になさい」
何をいきなり中二病のような事を言っているのだろう。
蚊とかは叩くが、ちょっと大きいカエルとかだとヒエーッとなるレベルだぞ。
異世界へ送られても、今まで1度も……いや、サンドワームは一緒に自爆したか。
「お前にその気があれば、俺と同じようなことをしようと誘ってやったのにな。まさか本人に自覚無しとは」
「あいにく、あなたと違って……そんな揺さぶりじゃ動揺しないのよ! 例え心折れてもあなたと同じ道を歩むつもりも無い!」
その言葉を皮切りに俺は、ロギへ踏み込んで剣の間合いに収めた。
剣同士の近接戦の場合、よっぽどの力量差がなければ、如何に相手の隙を付くかになってくる。
真っ正面から警戒している相手に、一撃で勝負を決めるなんて早々有り得ない。
まずは相手の様子見と隙を付く布石と考えて、地にしっかり踏み込みながらの一撃──。
「がぁっ!?」
一撃を食らったのは俺だった。
何が起きたのかわからない。
あまりのロギの速度について行けず、剣を見失ったところまでは覚えている。
次の瞬間、俺の身体は後方へ吹き飛び、直後に胴体を痛みが襲った。
「おや、思ったよりお前の身体は軽いな?」
ライトアーマーの胴体に装着された防御用のマジックアイテムは砕け、対エーテル装甲もひしゃげて俺の身体にめり込んでいた。
「これは殺さないように心を折るのは苦労しそうだ」
あれだ……想定が間違っていた。
身体の強さは同じでも、技量が桁違いなのだ。
ロボットアニメでもあるだろう、同じ機体でもパイロットが違えば無双できるというシチュエーション。
それが今の俺達の状態だ。
同じ武器で勝てるはずがない。
間違いなく嬲り続けられるだろう。
「くそ……」
俺は剣を投げ捨て、素手で構え直した。
「素手か。いいだろう」
こちらの思惑通り、ロギも剣を投げ捨てた。
相手はあくまでも同条件を望んでいる。
素手と油断したところで、俺のエーテルを使った攻撃をすれば幾分かは勝率も上がるだろう。
「ふふ、女を拳で殴るつもりかしら?」
「冗談言うな。お前の事を女と思った事は一度も無い」
俺は踏み込み、飛び込み、その慣性のまま右拳を思い切り叩き付ける。
それを軽々とかわすロギ。
同時に、左手にエーテルを集中させ、風刃を付け爪のように出現させて、次の一撃へ繋げる。
「風魔法か……だが脆弱だ」
左手が届く前に、リーチの長いロギの蹴りで吹き飛ばされる。
「がはぁッ!?」
「それがお前の能力か。もっと期待していたんだがな……」
俺は右手に金を……生み出す力は劣化して、少量の砂金がやっとだった。
それをちょっとずつ溜める。
「ふふ、もっと期待して私を見ていた方がよくってよ?」
「なんだと?」
ロギの観察するような視線がこちらに向けられる。
そこへ向かって、溜めた砂金を一気にバラ撒く。
「くっ!?」
視界を失った今、攻撃が当たるはずだ。
俺は獣のようにロギに向かって飛びかかった。
ロギはバランスを崩し、俺が上のマウントポジションになった。
右拳でがむしゃらにぶん殴る。
腕でガードされたら、空いているところを左拳で無我夢中にぶん殴る。
殴る拳が、相手の骨などの硬いところに当たると非常に痛い。
バンテージか手甲でも装備してくるんだった、と後悔した。
「っの、調子に乗るな!」
目を真っ赤にしたロギが、地獄の住人のような形相をして俺の片手を掴んで、もう片方の手で顔面を殴ってくる。
顔のパーツ全体が歪むような衝撃。
鼻の奥がツンとして、涙が溢れてくる。
「女の顔を本当に殴るなんて最低ねロギ!」
俺はその言葉と共に気力を振り絞り、自分の頭を相手に精一杯叩き付けた。
見事、ロギの頭骨とキスする俺の頭骨。
醜いハーモニーが響き、2人は涙とよだれと鼻水を撒き散らした。
「クラクラするような淑女のキスはいかがでした?」
「ああ、今までで最高のキスだったよ……」
ロギは、血が混じったツバを吐き出した。




