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死んでもめげない異世界紀行 ~ドSな女神様のせいで大体死亡オチ~  作者: タック@コミカライズ2本連載中
簡単なりきり悪役令嬢セットの世界

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22

 俺は牢屋の中で起床した。

 なにか……なにか恐ろしい夢を見た気がする。

 内容は覚えていないが、伏せ字が入ったりしていたような。


「何もなかった。うん、何も見ていなかった」


 それにしても、朝だというのに朝食が来ていない。

 この牢獄はルームサービスもないのだろうか。

 もしかして、エリが本当にこの世界から帰っちゃって、忘れ去られたなんて事は……まさかね!


「今日は菓子食い競争当日。後はもうルトに任せるしかないなぁ……せめて最後の決闘までは繋げないと……」


 今日の一戦を落としても、まだ一週間後の決闘で勝てば平気だ。

 ルトは気が利くし、真面目だし、周りへの優しさもある。

 今までのように冷静に対処してくれれば、そこのところは全く心配しなくていいだろう。

 うん、何も心配する事はない!


* * * * * * * *


「てんせーしゃんがいない、てんせーしゃんがいない、てんせーしゃんがいない……」

 

 あたし──ルトはパニックに陥っていた。

 館の大食堂に設営された、菓子食い競争の会場。

 今回も多くの観客達がいるが、前と違い終始ざわめいていた。

 もう勝負が始まる時間だというのに、肝心のてんせーしゃんがいないのだ。

 必死に探したが昨日、フラッと館から城下町に出て行ったきりらしい。


 ロギ達が直接攻撃を仕掛けてこないからと油断をしていた。

 あの沈着冷静なてんせーしゃんが、簡単な罠に引っかかるはずがない。

 きっと、恐ろしい程に用意周到に張り巡らされた策略に……。

 てんせーしゃんは頭は良いけど、そんなに強くはない。

 そこを突かれたに違いない。

 あたしさえ一緒にいれば……そう後悔ばかりが襲ってくる。


「ごめんなさいルトさん……私を護衛してもらっていたばかりに……」

「ルニルちゃんは気にしないで! てんせーしゃんならきっと……大丈夫だよ」


 その言葉は、自分でもわかる程に自信が籠もっていなかった。

 彼の強さも、そして脆さも知っているからだ。


「くくく……あの転生者──いや、レイジョ様は逃げ出してしまったのかな? もうちょっと僕が弱いアピールをしてやるべきだったか。ハハハ!」


 ロギは1人、テーブルに着いて菓子を目の前にしている。

 不戦勝を得て余裕の表情だ。


「ロギ。あなたが……てんせーしゃんに何かしたの?」

「いいや。何も」


 ロギの身体状況から、嘘かどうかを判断する。

 ……どこを判断しても嘘を言っていなかった。

 エーテルを展開していれば誤魔化す事もできるが、今のロギは無防備だ。


「このまま決闘にも現れなければ、僕がルニルを頂いて──」

「私、こうなったら死んでお詫びします」

「へ?」


 意表を突かれたロギの声。

 ルニルの性格をまだ知らないのだろう……。


「ふ、ふん。そんな脅しに乗るものか」

「ナイフを貸してください」


 ルニルの袖がスッとめくられ、陶器のような白い手首……にいくつものショッキングな、モザイクをかけた方がいいような跡が見える。

 女神様が言っていた。

 地球基準だとアウトに近いと。


「る、るるうるるっるるる、ルニルちょっと待て! 待つんだ! レイジョはたぶん生きている! 我が王からも中止の通達もきていない! だから落ち着くんだ! な!」

「本当ですね?」

「あ、ああ!」

「それなら安心しました。○○○ざわめきできこえないまでグッサリいってしまうところでした」


 ロギは青ざめていた。

 それも仕方が無い。

 今まで目立たなかった平凡な村娘みたいな感じの子が、いきなりこんな行動をとったのだ。


「……エリとは連絡取れないし、ターゲットはこんなのだし、どうなっているんだこれは」


 心底疲れたような呟きが小さく聞こえた。

 とりあえず、てんせーしゃんが生きている事はわかった。

 それに今の事で人質に取られたり、情報をダシに脅されたりという事も無さそうだ。


「ふふふ……。では、気を取り直して勝利の美酒……もとい勝利の菓子を味わおうではないか!」


 テーブルに座るロギの前には、数々の菓子が用意されていた。

 本来だったら、てんせーしゃんと競うために用意されたものだ。

 優雅点、速度点、重量点。

 それらを評価してもらっての勝負……だったのだが、今はもう、ただの菓子だ。

 ただのてんせーしゃんの工作が成された菓子。


「色鮮やかなケーキも良いが、この黒い大判クッキーも美味そうだ。チョコか……いや、珍しい風味が」


 あれは、行方不明前のてんせーしゃんが送ってきた謎の存在と、物体X達を乾燥させたものだ。

 あたしは、ちょっとだけロギに同情した。


「っと、その前に……ルトとか言ったか。お前、修羅に落ちたな? この僕以上に酷いエーテルを感じるぞ……くくく」

「ロギ、あなた程度に興味は無いわ。元凶である『巨人の王』への踏み台よ」


 あたしの声は心底冷え切っていた。

 それは自分で発したのかどうかも分からない。


「では、この菓子の一口分くらいは、その無謀な祈りへ捧げてやろう! ふはは!」

「あら、残念。全部じゃないのね」


 ロギがクッキーをぱくりと一口。

 いや、ぬちょりと一口だろうか。

 クッキーらしきモノからは、圧縮されていた赤黒い何かゲル状の液が飛び散り、辺りを汚した。


「くはは! こうやってレイジョも平らぁててや……ぅ……あえ?」


 一瞬でろれつが回らなくなったらしい。

 直後、カッと目を見開き、口を大きく開けて上を向き──。


「れ、れいひょおおおおげええええもばげひビョオオオオオオオオオオオ」


 女神様が言っていた。

 こういう時は他の物に変換して想像しろと。

 ええと……。

 王侯貴族達が来賓する優雅なお屋敷で、ビクンビクン痙攣する黒い噴水が、色の汚いホワイトチョコクリーム的な半固形物質を青空に打ち上げて、綺麗な七色の虹がかかっている。

 ついでに乾燥ゲベデピョンが水分を得たらしく、口の中からビチビチと活きが良い感じにダンスしていた。


「さてと、てんせーしゃんを探しに行かなきゃ」


 掃除したくない。

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