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「あの女神、ぶっ殺してやる!」
普段だったら口にしないような言葉だが、もう転生から抜け出るにはそれしか手がない。
「やってやる……やってやるぞ!」
現代世界、いつもの夕暮れ前の交差点。
ふと思い出した。
それにしたって、幼女は助けないといけない。
この直後に幼女が危険な目に合う。
その前に助ければいいのではないか。今までは、そんな簡単な事すら思い付かなかった。
「後ろのー……幼女!」
俺は振り返り、元気よく走ってきた幼女を受け止めた。
事案発生である。
「あれ……?」
不思議だ。幼女を受け止めているはずなのに、大の大人の身体が押されている。
この幼女、馬力が段違いだ。
そのままズルズルと道路中央まで引きずられてしまう。
そして嬉しそうにトラックを運転する女神。
「ぅゎょぅι”ょっょぃ」
一度、言ってみたかった。
* * * * * * * *
「なんですか、その目は?」
「いや、幼女強いんだけど……」
「轢かれて脳みそが取れたままですか? あ、元々ですね!」
「……」
お馴染みになってきてしまった女神部屋。
もう、この真っ白な部屋を、俺の排泄物で汚して嫌がらせでもしてやろうか。
そんな幼児向けコミックでもしないような、底辺中の底辺の考えまで浮かんでくる。
人間としてどうなのだろうか。
「あ、ちなみに私の事は殺せませんよ」
「!?」
ば、バレている……。
「ほら、モロに口に出していたじゃないですか。そりゃ私も、あんな事を言われたらトラックのアクセルをベタ踏みですよ」
「いや、それは元からじゃ」
「私達、神の身体は大半が精神体──エーテルになっていて、あなた達が持つ近代兵器では最大火力でも、蚊に刺された程度しか感じませんよ。いい加減、絶対服従を理解してください。私のオモチャ……もとい、異世界紀行出版のための転生社長さん」
何その無駄に強設定。
思わず、バケモノかと抗議したくなった。
だが、後が恐いので発言をオブラートに包んだ。一応は相手もレディなのだ。
「大魔王のセリフにしか聞こえません」
「……タピオカと間違えられたあげく、踏みつぶされるカエルの卵に転生はどうでしょうか?」
「冗談です女神様。あなたの美しさは魔王級と言いたかったのです」
「ふふ、そんなに私を褒め称えたかったのね」
こいつが祭られた神殿とかあったら、絶対にハンマーで壊してやる。
そう心に固く誓った。
「ふぇぇ……」
突然どこからか、か細くも甘い声が聞こえてくる。
この声は……。
「幼女!?」
俺は振り返る。そこには、いつもトラックに轢かれそうになる幼女がいた。
「おにーちゃん……いつも……」
いつも助けてくれるという感謝だろうか。
俺は感激で涙が出そうだった。身体を張って守ったかいがあったというものだ。
「幼女、幼女言ってて気持ち悪い……」
30年生きてきて、幼女に気持ち悪いと言われたのは初めてだった。
妙齢の女性に言われるのは慣れている。
だが、幼女。されど、幼女。
「よし、俺死のう!」
「ちょっと待った。転生社長さん、死ぬの早すぎ。まだ私は何もしてない」
「女神様、この幼女はいったい……?」
「仕込みです。今回は密着していたので一緒に転移しちゃいました」
「では、死にます!」
その後、幼女に猿ぐつわを噛ませられ、自殺を止められた。
どうやら幼女も神の眷族の一人で、最初から俺の転生を進めるためのサクラだったのだ。
俺は何のために死んだのだろう。
誰を信じればいいのだろう。
前回のダンジョン経営の人間不信はさらに広がった。
傷口に塩とレモン果汁と唐辛子をすり込まれ、強火で炒めて水分を飛ばし、仕上げにブイヨンを入れて煮込まれたようだ。
「このおにーちゃん、変な事をぶつぶつ言ってる……恐い」
「あれ、もう壊れちゃいましたか?」
どうやら口に出してしまっていたらしい。
いつの間にか猿ぐつわは外されていた。
「鉄の幼女……」
「ひっ、何かこのおにーちゃん、こっち見てる」
「幼女! 鋼鉄の幼女!」
俺は身体をよじらせ、反動でビクンビクンと暴れ回る。
何か心地良い。
「チッ。面倒だけど、心のケアが必要なようね……。じゃあ、次の転生先は、転生社長以外の人間は無能という、転生社長に優しい世界にしましょうか!」
「幼女! 幼女ー!!」
* * * * * * * *
世界は滅びていた。
数年間、世界を見て回った。
目に映ったのは廃墟、白骨死体、野生動物達。
一時は高度な文明が築かれていたようだが、謎の病によって世界が滅びたのだ。
人類の傲慢でも、戦争でも、科学的なウイルスでもない。
女神の呪い。
突如、有能な人間が無能になる。
バカの世界。
産業はエロ関係ばかりに力入れ、エリート社畜達はニートになり、なぜか宗教は女神を崇めるものだけになった。
そして男は、女神以外見向きもせず童貞のみ。
世界は滅びた。
俺はチートのせいか、何も食べなくても生きている。
この世界のショックで、言葉は一種類しか喋れなくなっていた。
「……じょ……」
俺は広大な砂漠の中心で、絞り出すように声を発する。
「……よ……うじょ……ようじょ……」
何かを表す言葉だった気がする。
なぜ歩いているのだろう。
何を探しているんだろう。
俺は誰だったっけ……。
ゆ……う……の……。
昔、何か言われた気がする。
「……ようじょ」
もういい、死のう。
どうせ死んでもリセットだ。
俺の命の価値なんてそんなもんだろう。
全身の力が抜け、俺は砂漠の真ん中で砂埃と共に倒れた。
確かここは、文献でバケモノが出る砂漠と書かれていた。
何も食べなくても平気な身体でも、バケモノに食ってもらえば死ねるだろう。こんな俺でも餌として役に立てるのだ。
俺は、死ねることを祈りながら眠った。
「人間さん、だいじょーぶ?」
眠る直前、少女の声が聞こえた気がした。