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「ちょっとゲベデピョンを買うために出掛けてくるわ」
「ブホッ」
俺の言葉を聞いて、執事が吹き出した。
いつもはダンディで通っているはずなのに。
このゲベデピョン、地球には無い類のモノだ。
頑張れば食べられるが、誰も食べようとはしない。
海難事故にあった船で食料を争って殺し合いが起きた時も、積み荷のゲベデピョンだけは残っていたという逸話もある。
決して毒物ではないが、いつまで経ってもビチビチと活きの良い、形容しがたい黒光りする凹凸を見ると無理らしい。
ちなみに動物ではないし、味も外見そのままだとか。
この世界一不味いゲベデピョンが今日、大量に仕入れられたという情報が舞い込んできた。
「い、今なんと!?」
「だからゲベデピョン。あ、もちろん私のじゃなくってよ」
「は、はぁ。そうでございますか。では、誰か使用人を──」
「その必要はないわ。私一人で行くんですもの」
「レイジョ様ともあろう御方が……」
「ふふ、今の私は無敵なのよ。1人で出歩いても、幸運の星の下にいる私は大丈夫」
すっごい呆れられた。
まぁ、ロギは神々の約束どーたらこーたらで手を出してこない、とか言えないからしょうがない。
それに、たまには1人で出歩いてみたいというのもある。
この世界に来てからずっと、レイジョ様として誰かと一緒だったからだ。
ノビノビと異世界を歩く。
素晴らしいじゃないか。
そして、ノビノビとゲベデピョンを選ぶ。
あのロギに食らわせるために……これが一番の理由だな!
──と、テンションを上げていたら、急に足下がふらついた。
何だろうと見てみると、靴紐が切れていた。
「まぁ? 古くなっていたのかしら」
俺は新しい靴に履き替え、館の外へ出掛けた。
* * * * * * * *
「一ヶ月モノのこれと、これと……ああ、もうそこのゴミ箱に入ってるやつもお願い」
薄暗く狭い店内。
いわゆる裏の店……ではないのだが、イロモノしか扱っていないためにこうなってしまっている。
そこにはありとあらゆる、役に立たなさそうなものが並べられている。
口が開かなくなって腐臭漂うようになったミミック、伝説の老女戦士が着ていたという守備力0のビキニアーマー、異世界の幸運の女神像。
って、最後のはあの女神じゃねーかよ! こんな所まで広めるな!
「まいどー。随分とあるけど、後で送ろうか。レイジョ様だよね?」
「ええ、明日までにお願い」
とりあえず、目的のモノは100体……、いや、個? 匹? とにかくいっぱい買えた。
これは煮詰めるか、乾燥させて全てロギに食わせるとしよう。
他にも口で言えないようなものが沢山手に入った。
この前の物体エックスと合体させて、無敵の菓子モドキにしてやろう!
「オーッホッホッホ!」
レイジョ様の高笑いは、このシーフギルド並に薄暗く汚い店内に似合う。
正に悪役。
と、その時──。
「あっ」
何かの陶器が割れる音。
この狭い店内、高笑いしたせいで棚に身体をぶつけてしまった。
そして、そこにあった異世界の幸運の女神像が落下し、派手に粉砕されていた。
「あ、お怪我はありませんか。その壊れたのは気にしないでください」
店主の優しいフォロー。
暗い店だが、明るい心を持っているようだ。
「それ、幸運ってついているけど、不幸になる女神像なんですよ」
「え?」
「たはは、役に立たないものナンバーワンでさぁ」
俺は嫌な予感がした。
* * * * * * * *
ま、まぁ着物が左前で、靴紐が切れて、知り合いの外道女神に似ている像をぶっ壊すくらいよくある事だろう。
例えるならそう、全国アンケートしたら、たぶん小学生なら誰しも卒業済みの経験みたいなものだ。
ファーストキスみたいなものだろう……あ、俺まだ……。
って、どんな例えだ俺。
「おおおお、落ち着け。女神像がなんだっていうんだ……」
「あ、レイジョ様。丁度よかった、寄っていきませんか?」
客引きらしき女性店員。
街を歩く俺は目立つのか、名指しで呼ばれてしまった。
「あら、ご機嫌よう」
「今、オープン13万日目記念なんですよ! サービスしますよ!」
「れ、歴史あるわね……でも、なんで13? キリがよくないけど」
「ここ、今はカフェですが、その前は貴族の首を落としに落とした絞首台だったんです。だから13階段にちなんで……」
「ひぃぃっ!?」
「しかも、レイジョ様は4444人目のお客様です! 全然、お客がこないんです!」
俺は恐くなり逃げ出した。
ちなみに、13万日やって客が4443人しか入っていないというのも恐い。
走りに走った。
だが、冷静になって、徐々に速度を遅めていく。
「そ、そうだ……偶然、偶然だろ」
占いでもある。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
ようは、良い事だけ信じればオーケーなのだ。
「新商品のフォーチュンクッキーっすよー。イカァーっすかー」
移動式の古い屋台。
こんなところにもフォーチュンクッキーとかあるのか。
異世界の情報交換恐るべし。
まぁいい、気分転換だ。
「1つもらおうかしら」
「お、レイジョ様。どうも! うちのは、よく当たりますよ!」
「ふふ、どれどれ……」
クッキーを半分だけ食べ、中の紙を取り出す。
さすがに客商売だし、良い事の1つも書いてあるだろう。
「ええと、神凶。絶望の羽根、漆黒の不幸、虚無の幻想、全てがあなたに降りかかる災いとなるでしょう。逃れる術は、天命を知る者に頼る事のみ」
神凶って何だ。初めて聞くレベルの運の悪さだぞ。
内容も拗らせすぎた中二病のような言葉で、悪い事しか書いていない。
何か人に頼れってあるな……。
いや、神凶だとかも凶の一種だ。
悪い事は忘れよう。
俺は占いなんて信じない男だ……今は女か。
気を取り直し、一歩進む。
カラスがバサバサと群がってくる。
その次に、黒猫の大群が足下にじゃれついてきた。
「……は、はは」
「おーい、割れ物だから気を付けろよー」
引っ越し屋のような男達が持つ、鏡。
それが2枚合わさった。
合わせ鏡。
「ふうううううワッアアアアアアアアアア!?」
俺は自分でも分からない悲鳴を上げ、数十歩も後ずさった。
ドンッと小さなものと当たる感触。
「なによ?」
「え、あっ、その、ごめんなさいね」
見ず知らずの少女。
不吉な黒いドレスを着て、大きなクマのヌイグルミを小脇に抱えている。
背は俺の胸辺りまでしか無い。
見た所、ルトよりかなり外見年齢は幼い気がする。
小学生……いや、ギリギリ中学生くらいだろうか?
アンティークの西洋人形のような少女だが、その眼光は鋭い。
顔も表情を作れば可愛げがありそうだが、今の何に対しても興味無いという顔をされると、何か恐ろしいモノを感じてしまう。
不運連鎖中の現在なら、死神と言われても信じてしまうだろう。
「別に。気にしてない……あれ? ニオイが似てる」
「ニオイ?」
不思議な事を言う少女だ。
その雰囲気に飲まれ、この空間だけ切り取られたような感覚に陥る。
「ふーん」
俺の頭からつま先まで観察されている。
もしかして、レイジョファンなのだろうか?
ちょっとアピールの仕方が変だけど。
「変なエーテルの枯渇の仕方してるね。分けてもらうといいよ」
エーテルを知っている? 何者だこの子。
いや、だがチャンスだ。これの解決方法を知ることが出来れば……。
「ど、どうやって分けてもらうの?」
「ちょ、ちょっと。顔近い。そのニオイが無かったら、内蔵を地面にキスさせてるところだよ……。今、あなたにエーテルをあげる事は出来ない。誰か心を許してくれている人、つまりあなたを好きな人じゃないとダメ」
俺が考えていた仮説の補給方法、そのピースがカチリとはまった。
基本的な考え方は合っていたが、それを試すにはリスクが大きすぎた。
彼女の言う事が正しいのなら、補給で失敗して死んだりする事も減りそうだ。
「ありがとう! ええと、君の名前は?」
「二姫──黒田二姫」
「地球……日本人?」
一瞬驚いたが、これだけの知識を持っているのだ。転生者か、それに近い者でも不思議はない。
「てっきり、さっきの黒猫の大群が化けて出たのかと思ったよ」
「あはは。二姫は地球生まれでもあるっぽいけど、今は地獄で一番強い狼なの。猫とは違う」
何かの比喩だろうか。
何はともあれ、エーテルの情報は助かった。
「それじゃあ、二姫はもう行くね。この世界へは叔母ちゃんのお使いで来たの。ついでにお菓子も食べられるし。あ、死んだら地獄を案内してあげてもいいよ」
バイバイ~と軽く別れの挨拶をされたが、言っている事は随分と物騒だ。
まぁ、俺達、転生者は死んでも平気だ。
地獄に行くという事はないだろう。
俺は、有益な情報を得た満足感から、一歩を力強く踏み出した。
足の下には犬の糞があった。




