15
最初の勝負も終わり、後片付けの時間となった。
思わずテーブルや椅子の移動を手伝おうとしてしまったが、今の俺はレイジョ様。
ふんぞり返っていなければならない。
きっと悪役レイジョ様は、一生猫背にはならないだろう。ふふ、健康だ。
そういえば、まだ俺のできる後片付けは残っていた。
伝統であったハーピー狩猟をぶち壊してしまったため、この場ではノリで何とかなっても、参加していた王子は面倒事が待っているだろう。
代案として、食用になる鳥でジビエを兼ねるとか、クレー射撃へと変化させるのものを送っておこう。
そして反対派はレイジョ様として権力フル活用で……ぐへへ。
「てんせーしゃん、何か悪い顔してる~」
「ん? そうか? いやぁ、何もかも順調すぎて恐い。このレイジョ様の強運が恐い! オーッホッホ……ゴッフォゴホ、フォカヌポォ」
「むせてる上に変な声出てるよ……」
「それに、あのロギのキョドりっぷり! 最高だった! 動画に撮ってバラ撒きたいところだ!」
フーリンとロギ、謎の良い雰囲気に包まれた後、情けない事に奴は逃げ出した。
テーブルに脚をぶつけながらの後ろ姿は正に爆笑モノだ。
というところで、俺は冷静になった。
あれ? もしかして2人に恋愛フラグ……。
「な、なぁルト。フーリンは、ロギの事が好きなのか?」
「そりゃ、命を助けられたら女の子はキュンときちゃうでしょ」
はぁ、と溜息を吐かれてしまった。
え、なに。俺を差し置いて……。
この女神に騙されボディさえなければ、俺も……きっと……。
「る、ルト。俺って格好良いか?」
「格好良いというか、可愛い?」
「ぐあああああああ女の身がにくいいいいいいいいいいいい」
俺は思わず大声を上げて発狂してしまった。
その背後に、ルニルが立っている事も気付かずに。
「きゃっ!?」
彼女は、驚いて尻餅をついてしまった。
俺のせいだよな……すみません。
「ま、まぁルニル、いたの? あまりに自然すぎて気が付かなかったわ」
俺は、倒れたルニルに向かって手を差し出した。
ルニルは、申し訳なさそうな顔をし、手を取るべきか取らないべきか迷っていた。
そういえば、今はレイジョ様だった。こんなに軽々しく振る舞うのもおかしいか。
だが次の瞬間、手袋越しにだが不思議と懐かしい感触が。
いつの間にかルニルの手と、俺の手が触れ合っていた。
ルニルの手は、プルプルではなく、ガクガクと大きく震えていた。
緊張によるものだろうか、何かもっと凄まじいものを感じる。
顔は真下に向けているため、相手の真意がわからない。
わからないが、とりあえず引っ張って手繰り寄せる。
反動で、ルニルと密着する形になった。
俺は思わず生ツバを飲んだ。心は野郎なのだ! 女の子と密着万歳!
「し、失礼します!」
逃げ去るルニル。
あ、気持ち悪いオーラが出ちゃったか~。俺くらいになると同性にもわかっちゃうか~。
いやぁ、それにしても柔らかい手だった。
女の子ってお砂糖で出来てるんやで! と言われても今なら信じてしまいそうだ。
『野に咲く一輪の名も無き花』って感じの、素朴で可愛いルニルちゃん、ええなぁ~。
もう脳内はすっかりおっさん状態である。
「てんせーしゃん……」
あ、ルトが恐ろしい顔してる。
ハリウッド映画のオモシロ黒人が、後半で裏切って主人公を見下す時の顔だ。
いや、これはしょうがない。
俺の配慮が足りなかった。
もっとルトの事を思いやってやるべきだった。
……ロギは獣人の村でサンドワームを暴れさせた奴だった。
そんな奴の事を、普通に話していた俺に幻滅してしまったのだろう。
そうだ、不良が一回良い事をすれば、それだけで許されるとか違うよな! うん!
「全部、ロギが悪い!」
「てんせーしゃん、さいてー」
「え~」
それにしてもルニルの手の感触は、前に同じ事があったような気がした。
妙にしっくり来るというか、手を繋いだままでいたくなるというか。
* * * * * * * *
快勝だった狩猟勝負からも時間が経った。
非常に順調である。
あれからちょいちょい、ルトの機嫌が悪くなるくらいだ。
俺の妹でも、あそこまでの……。
あれ、俺に妹はいなかったな。
一人っ子だ。
思い違いさせる妹ギャルゲー恐るべし! おにいちゃま、おにいたま、あにくん。
そんなこんなで、準備期間である一週間は過ぎようとしていた。
ついに明日が、ロギとの菓子食い競争だ。
もちろん、ただルトのご機嫌取りをしていただけの日々ではない。
ルトには、ルニルの護衛を続けてもらったし、勝負への布石も打っておいた。
次の勝負、ロギが食べる菓子に細工をする予定だ。
「くくく……」
思い出すだけで悪い笑いが出てくる。
全レイジョ様権力を使って、台所で使い古したファンタジー的なスポンジモドキ、牛乳を拭いて放置しておいた雑巾の絞り汁、ルトが不味いと言っていたそこらへんの犬のお小水がかかった雑草。
その他諸々、死なない程度の物体エックスを混ぜて作る菓子……。
これは! もはや菓子ではない!
ちなみに、きちんとした食べ物は使っていないので、食べ物は粗末にしていない。
子供達の教育にも優しい菓子だ。
モテモテなイケメンロギに対して厳しい菓子、素晴らしい。
「ロギは、口から吐瀉物を噴水のように撒き散らし、俺の勝利を祝う虹のアーチを作るのだ……」
「てんせーしゃん、朝から汚いよ……」
どん引かれてしまった。
現在は朝。
侍女として割り当てられているルトが、部屋まで起こしに来てくれたのだ。
専属である侍女と、メイドは細かく言えば違うらしいが、そんな事は気にしないと言っていた。
ルトがいいなら別にいいが。俺もよくわからないし。
「ほらほら、てんせーしゃんはお嬢様なんだから。寝間着から着替えて~」
「ちょ、1人で出来るもん!」
「いいじゃん、女同士なんだし手伝っても」
メイド服のルトに襲われる! 助けて! いや、嬉しいけど!
たぶん、幼馴染みが朝起こしに来るシチュエーションと二分する戦略的状況だろう。
だが、こちらは猫耳尻尾の属性付きだ。
その戦力は無限大。
「ルト、お兄ちゃんと呼んでくれてもいいんだぞ」
「はいはい、てんせーお兄ちゃん」
ッシャ! 妹属性も追加する事が出来た。今の俺は上級第1位という、何か強さのパラメーターっぽいやつ相手にでも勝てる気がする!
「ガッツポーズしてると脱がしにくいから……はぁ」
あ、どん引きされてる。
調子に乗りすぎていました。
すみません、ルトさん。
というところで、俺は自分の着ている服の状態に気が付いた。
着やすいから、という理由で選んだ、遠方の国の着物っぽい寝間着。
「あ、左前だ」
「なにそれ?」
「ん~、こういう服で見頃──この前の布の部分の左が前だと縁起が悪いんだ」
「ほへー、詳しいね」
「和服は好きだからな! 特にうなじとポニテの合わせ技が……」
「あ~、何かデジャブ。……それじゃあ、あたしは護衛に行ってくるね」
前に小一時間、力説した事で逃げ出したか!
いつかルトにも着せてやろう。
着物の着付けを覚えなければ……でへへ。
俺は、ここ最近の快調っぷりに、すっかりと緩んでいた。
無理もない、レイジョ様の人脈や権力を使えばイージーゲームなのだ。
何故かこの世界では、ロギ達も直接攻撃はしてこない取り決めだし、周りにも血生臭い被害は出ていない。
それに次は、フーリンのように特殊な状況も無い。
仕込みも、ほぼ全力でロギ相手に使える。
──この人に、この国に、この世界に愛されたレイジョ様の豪運は負けるはずないのだ。
「愛は勝つ!」
そう思っていました。




