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狩猟ルール。
獲物となるハーピーから一定距離の状態でスタート。
勝利条件は簡単、逃げるハーピーを殺した者が勝ちである。
何らかの結果で勝敗が決まらない場合は、観客達に審査員をしてもらう。
武器の使用は自由。基本的には弓や単発式の銃を使い、魔法や剣、投擲武器を使う者もいる。
追跡は猟犬。先にハーピーの臭いを覚えさせて、森深くに逃げ込んでも安心である。
なお、ハーピーは森から出た場合は、重罪人として全国へ指名手配される。
その場合は大抵、死刑だ。
「ルール確認はよろしいかな、お二方」
今回の進行を勤めてくれるのはクレープ王子だ。
決して暇人ではないが、この注目される場で手腕を発揮すれば十分なリターンになる。
そして、さらなる報酬も用意されている。
俺達は利害が一致しているのだ。
「ああ、僕はいいよ。この投げナイフを使う。猟犬はいらない」
余裕のロギ。
よっぽどの自信だ。たぶん視界に入った瞬間、あのナイフでハーピーの心臓は串刺しなのだろう。
ざわめく会場、注目を横取りされてしまって良い感じはしない。
場の流れは作るものだ。
俺は、優雅さを保ったままに、ただ一言だけ告げた。
「そうね、私は何もいりませんわ」
「はい、お二方の準備は完了ですね。では、カウントをスタートします」
会場は異様な雰囲気に包まれた。
狩猟をするのに、片方は投げナイフ、片方は何も持たず。
もちろん、レイジョ様の身体に魔法使い的なスキルはない。
それは誰もが知っている。
俺自身としても、今回は不確定要素の多いエーテルを使ってどうにかしようなんて事も思ってはいない。
あれに頼る時は、破れかぶれで、もうどうにもならない時だけだ。
エーテルの補充方法もいくつか思い付いたが、現状では実行するのは難しいし。
「おい、カウントが始まったのにハーピーが逃げないぞ?」
「どうしたんだ、耳が聞こえないのか、あの鳥女」
観客達の視線の先、フーリンは逃げずに立っていた。
「8……7……6……」
フーリンに取っては死のカウントダウン。
0になれば逃れようのない運命が訪れる。
その身を売られ、差別され、見下され、狩猟用として飼われ、命の糧になるわけでもなく酔狂で殺される。
それがこの国のもう一つの顔。
外部の人間の俺は、勿論そんな事をスルーしても良かったはずだ。
スルーした方が利益が大きい。
誰にだって損得勘定はある、それを指針にして生きるのは当たり前だ。
「5……4……3……」
普段の俺ならそうするだろう。
たぶん、ゲームやマンガのお話を見ている時も、そうした方がいいと指摘する。
だけど、今は、何というか……。
そう、ルニルに助けを求められた時、どうしようもなく胸が熱くなった。
ここぞという時に、冷静になれず衝動で動いてしまう。
俺の悪い癖だ。
存分になじれよ、馬鹿にしろよ、女神様。
「ああ、そういえば思い出しましたわ。さっきのダルトワの菓子!」
俺は、カウントダウンを遮り、わざと大きな声で叫んだ。
我ながら滑稽だ。
本物のレイジョ様がいたら怒るだろう。
「なんだ、レイジョ様が何か言ってるぞ」
「何で今更、菓子……」
会場に波紋が広がる。
後はこれを高く波立たせるだけだ。
「ダルトワの菓子! その技を受け継いだ、ただ一人のハーピー! そこにいるハーピーのフーリンですわ!」
既にカウントは中止されている。色々と仕込んだお陰だ。
「なっ、ハーピー風情がダルトワの菓子を……!?」
「ありえない……ダルトワの技を受け継ぐ者なんて数える程にしかいないはず」
「レイジョ様はジョークまで一流だなぁ」
半信半疑、それが会場の反応だった。
これはしくじったかも知れない。
ここでサクラを投入すべきか? いや、少し早いかもしれない。そう何度も使えるものではない。
どうする?
「そうか、そこのハーピー。フーリンだったか? お前が作った物だったのか」
会場の全員が注目した先。
それは、その言葉を発したロギだった。
敵である、俺の言葉を鵜呑みにしたのだ。
ありえない、何かの策略だろうか?
だが、それで流れが良い方向に変わった。
「まさか本当に、あのプチフールをハーピーが……」
「狩猟用に身売りされた者が……しかもハーピー」
よし、このタイミングだ。
ダルトワ家のご子息様、頼んだ!
俺は合図を送った。
「えー、あのハーピーがダルトワ直伝というのは誤解があります」
わざとらしい口調で、パンデピス・ダルトワは話を進める。
面倒臭そうな顔をしているが、演技ではなくてそこは本当なのかもしれない。
働きたく無い、その他大勢に教えるの面倒臭いのダルトワ家の血。
「この技を、ダルトワの技術を盗み見られていたのです」
「まぁ、なんて……いやしい!」
「これだからハーピーは」
これだから三下貴族というのは……。
野次を飛ばしてるのは地位を引き継いだだけのボンボンや、金だけで成り上がった者達だった。
一流の貴族達は、訝しげな顔をしながらも場の雰囲気を読んで、精査してどちらに付くか考えを巡らせている。
そんな状態だ。
「あー、ですが。ですが~、技は完全に盗まれてしまいました。このまま努力を続ければ、この国有数のパティシエになる事は保障します。ダルトワは菓子に関してだけは嘘を言いません。女関係は嘘だらけですが」
「つまらないジョークも交えながら、さすがね」
俺は小声でパンデピスに囁き、肘で小突いた。
「えっ、渾身のジョークだったんだけど……父も不倫で焼きごて当てられた事もあるし」
「そ、そう」
捨て身のネタだったらしい。貴族恐い。
ここで最初の勝負は決した。
ダルトワに菓子職人の腕を認められれば、おいそれと殺す事も出来ない。
かといって代わりのハーピーを連れてくる事も出来ない。
なぜなら、その手の手配ルートは事前に観光ついでに潰しておいた。
だが、勝負が決しても少しでも何かをもぎ取ろうとする輩もいる。
「な、何を言っている。そのハーピーは奴隷同然なんだぞ!? 審判であるクレープ王子は、こんな事をお認めになるのですか!?」
「そ、そーだそーだ! 責任問題ですぞ!」
第一王子であるクレープの脚を引っ張りたい、第二王子側の人間達。
本当に権力がある場所というのは面倒臭い。
だが、それによってクレープとの利害が一致したとも言える。
ここで、クレープや俺、張本人は何も語らない。
「どうした! 何も言えないのか!」
調子に乗って大声になる野次。
「何か第二王子派の人間だけが騒いでないか?」
「そういえば、そんな共通点が……」
「あ、これってもしかして」
そんな指摘の声が、会場のあちこちから上がる。
それに合わせて、記者達がペンを走らせる。
「ち、ちがっ。私達は一個人として」
「すみません。プチフール魔新聞社の者ですが、インタビューよろしいでしょうか? さっき、菓子を称賛しながらバクバク食べていましたが?」
「あ、あれはダルトワ家という名前で……」
「なんと!? 菓子を、この国の象徴である菓子を名前だけで評価していたと!?」
「違う、言い間違いだ! 私は忙しい……」
そそくさと逃げ出してしまう第二王子派の人間。
人間、動揺している時に、さらに揺すりを入れればボロが出やすいものだ。
仕込んでおいた客、記者を使いきっての露払い。
今の俺は悪役だ。何をしてもいいだろう。
「えー、ハーピーのフーリンさんが、このような状況になったため~、今回の狩猟は勝敗が決まりません」
芝居めいたクレープの声。
全てを知っていた彼は、さぞ退屈であっただろう。
俺としては、刺激的な展開というのは、巻き込まれる側なのでごめんだ。
大体はぐっちゃぐちゃのバラバラとか、ロクでもない最後が待っている。
なので、こうやって静かに勝負が決まるのも悪くは無い。
後は、観客達によって勝敗が決定される。
入れていたサクラの数はそう多くないため、万が一の事も考えなければならない。
俺が負ける事はもちろん、フーリンを生かす事への反対。
その意見が多かった場合は、再びフーリンを殺す事が前提になり、再スタートとなるだろう。
その場合、もちろん俺に敵対するロギは大賛成だろう。
さっきもロギの言動はおかしかったし、何か企んでいるはずだ。
こういう意見集めは、声を出していない人間の事が最後までわからない。
出来る事は全てやった。
後はただ、祈るだけだ。
「勝敗が付かない場合、観客の意見により──」
「いや、いい。この僕、ロギの1敗にしてくれ」
先手を打たれた。
この状況で引き分け狙いすら捨てるのは予想外だった。
だが、ここで俺の方の支持をさらに上げるのを防いだのだ。
これで表面上のロギ株も上がってしまう。
相手もよく考えている。
裏で、この一手を布石にして仕掛けてくるかもしれない。
最大級の警戒をしなければ危ない。
「その、なんだ。フーリン。美味かった。この先も生きて菓子を作って、また食べさせてくれ」
外見だけは爽やかイケメンなロギは、若干頬を赤らめ、照れくさそうに言った。
そして貴族の礼節有る、膝を曲げて頭を下げる挨拶を、ただのハーピーであるフーリンに向けた。
まさか素かよ! こいつ!
「だが、レイジョ。次はどんな事をしても僕が勝つぞ。貴様の姑息な手段でも、どうにもならないくらいにな!」
姑息と言われた。悪役としては嬉しい限りである。
それにしてもロギの野郎、好きな物に対してだけは素直になるタイプなのか。
ちょっといじっておくか。
「ふんっ! ロギ、貴方は結果的に、ナイフを持っていたのに素手の私に負けたのよ? とんだ三下のモブキャラね! ああ、プチフールと私の栄光を褒め称えるだけのモブキャラだったわね」
「れ、レイジョ。モブキャラってなんだい?」
クレープが不思議そうに聞いてくる。
そうか、この世界だとモブキャラというのは通じないか。
モブキャラクターと言えば通じるのだろうか。いや、ダメかもか。
「くっ、てんせ……レイジョ! 言わせておけば! そうだ、くく……。そんなに僕に勝って、女になりたいのか? くくく……ふははは!」
ロギには通じたのか。
こしゃくな事に、こちらの弱点も突かれた。
俺はロギなんかとくっつきたくはない。
せめて、エリとかいうグラマラスな子なら良かったのだが。
こうなったら、もはや子供の喧嘩である。
小一時間、罵倒合戦でお互いの心の傷を広げ合った。
「あ、あの。本当にありがとうございました!」
清涼感のある美しい声。フーリンだった。
ぜぇはぁと俺とロギは息を切らせていたが、その声に気が付いて振り向く。
俺達は声が枯れ、ゲロを吐いた後のようなテンションで話しかける。
「ふ、ふん。貴女は、ただの名声上げの踏み台よ。丁度、踏みやすかっただけよ!」
「ふふ、分かってます。分かってますよ、レイジョ様の事」
ぐあぁ! 一点の汚れもない菩薩様のような笑顔や!
眩しい、眩しすぎる!
フーリンは、次にロギの前に立った。
「僕の顔を見てどうした? 物珍しいか?」
「ロギ様もありがとうございました。その……お優しい気持ち嬉しかったです」
「は?」
ロギは素っ頓狂な声をあげる。間抜けだ。ザマァ見ろ。
「お二人の、いえ。皆さんのおかげで私は助かりました。この御恩は決して忘れません。これからも切磋琢磨して、この命をもって返させて頂きます……!」
後日、ハーピーを使った狩猟は廃止となり、種族自体の地位もフーリンによって徐々に向上し始めたという。
どこの世界でも種族問題というのは根深いものだが、少しずつでも変わっていくのかもしれない。




