13
本日は晴天。
絶好の勝負日和である。
ここ、狩猟の森は館に隣接し、敷地内に広大な緑を広げている。
言わば庭みたいなものである。
貴族、それも公爵という最強に近い肩書きを持っているとこれが普通なのだろう。
その森の手前にテーブルを設置し、前座の野外立食パーティを行っている。
全く、貴族というのは本当にこういう事が好きである。
「てんせーしゃん。ドクターダックワーズの診察はどうだった?」
「ん、健康その物。あのお医者さんは家の掛かり付けだからって心配性すぎるんだよ」
「あはは。しかも、てんせーしゃんに惚れてそうだしね!」
「勘弁してくれ……。ルトの方は、ルニルの護衛はどう?」
「ロギ達は何も仕掛けてこず。逆に、あたしを姿のない悪霊と勘違いして、道具屋さんからお札もらってたよ。相手に邪念があればあるほど強力になるという霊験あらたかな10ゴールドのお札」
10ゴールド。子供のお小遣いレベルだ。
そんな報告をし合っている内に、どんどん人が集まってきていた。
暇を持て余したり、こびを売りたい王侯貴族。
売れる記事が書けそうだという記者達。
貴族ではないが、それなりの地位にある平民達。
人種は多種多様。
人間は勿論、獣人や魔族が多数参加している。
「まるでお祭り騒ぎだな……」
「渦中に居る、てんせーしゃんが何を言っているの」
あれから俺とロギの横恋慕パティ・スリー的なものは、隣国にまで噂が広がってしまった。
他にやる事がないのかこの平和な世界は……。
というわけで、ちょっとした……いや、大イベントになって、権力争いや政治的な意味まで混じったラブゲームとなった。
「あ、うん。そうだな、このために付け焼き刃とはいえ一週間近く菓子修業をやったりもしたんだ」
「ぷぷっ、狩猟なのに菓子修業なんて変なの~」
「俺もそう思う」
そろそろ人も集まってきたし、準備を始めるか。
俺はルニルを呼び、立食テーブルに菓子を持ってくるように告げる。
彼女は、普段は下女であるためになるべく人前には出ない。
だが、今日は主役の1人という事で、特別にビシッとメイド服を着て表立って動いている。
作戦を手伝ってもらうのにも丁度良い。
「それじゃあ、ルト。行ってくる」
「うん、ちゃんと見守ってるからね。あ、てんせーしゃん……むせないようにね」
「ぜ、善処します」
俺はタイミングを見計らいながら、ゆっくりと、上品にレイジョ様を演じて歩みを進める。
ただそれだけで注目を集める。
それが主役であり、華であり、悪役令嬢なのだ。
全員の視界に入るように、端に設置された特別な立食テーブルの前に移動する。
「皆様、本日はお忙しい中、お集まり頂き──あら、間違えましたわ。こんな私が勝つ茶番をご覧になりにくるなんて、暇人だらけでしたわ」
俺は、そこで高笑いを上げる。
一気に注目を集めた。
「そんな皆様を退屈から救うために、本日はダルトワ家直伝のケーキを用意しましたわ」
会場がざわつく。
この国でダルトワの名前を知らない者はいないだろう。
それ程のブランドなのだ。
「あ、あの食べられる宝石と言われているダルトワの菓子……」
「さすがはレイジョ様だ」
「おぉ、例の芸術品を見られるのか!?」
人間、ブランドには弱い。
しかも、この場にいるのは権力を手にして、著名への渇望というものが最も高い人種達だろう。
菓子の腕だけで爵位を得たダルトワの菓子、目が飛び出る程に価値が高い。
素材や手間で金がかかっているのもあるが、そのほとんどが技術料だ。
本当にちょっとした宝石のような値段だが、魔王や神々まで魅了したという胡散臭い噂もあり、購入者が後を絶たない。
しかも大量生産はしないため、年単位予約待ちのプレミアも付き倍々ゲームで価値が跳ね上がる。
「もう金も地位もあるし、働きすぎたくないからサボってるだけなんだけどね」
横にきたダルトワの息子、パンデピスの野郎がとんでもない事をサラッと小声で伝えてくる。
働けパンデピス!
そんな事を横目に、ちらりとルニルの方を確認する。
彼女の手で運ばれてきた高級な装飾の銀のトレー、それ自体も芸術品だが、主役はその上だ。
「ダルトワの真髄、この国の名前でもあるプチフール! その新作をご賞味あれ!」
複数の小さなケーキが不規則、いや、ある規則に沿って並べられている。
「プチフール。小さなケーキをいくつも並べ、目も楽しませてくれる菓子ですな」
「でも、これは並べ方が少し雑ではありませんか?」
「確かに……」
会場がざわつく。
あれだけ大見得切って、しかも大ブランドであるダルトワの名前も出したのだ。
ただのプチフールを出しただけでは、名前負けしてしまう。
だから、だからこそ、これでいいのだ。
「よくご覧になって。プチフール、いいえ、プチフール国自体がそこにありますわ」
ルニルが追加で運んできた、特殊な形状をした銀のトレー。
それが重なっていき、二段、三段と積み重なった。
観客達は気が付いた。
一見、雑多に並べられたケーキの集まり。
それは、このプチフール国の象徴である城が表現されていたのである。
わざと大雑把に作られたクッキー生地メインのケーキで石垣、可愛いとんがり帽子の屋根はベリー系のケーキ。
いくつかのブロックに分けられた小さなケーキが多数集まって、中央の大きなケーキと一体になっていた。
「ほほぉ、これは凝っていますな」
「美しい、発想も素晴らしい」
続々と称賛の声が上がる。
だが、油断してはいけない。
まだ味の事もあるし、ロギの妨害が入るかもしれない。
その時のために、クレープや他の貴族達に手を回しておいたのだ。
何かあれば、サクラとなって場の雰囲気を操作してくれる手はずだ。
汚いのは百も承知。勝負とは戦う前から勝てるようにしておくもの。
「ね、ね、ロギ。あれすごいわよ」
「あ、ああ……」
ロギもエリも、真顔でプチフールを見詰めていた。
……なんだろう、そんなに用意周到にしなくても平気だったのだろうか。
俺が考えすぎな馬鹿だったのだろうか。
若干、肩すかしを食らいながらも話を進めることにする。
「皆様、お味はどうですか?」
「ふむ……さすがはダルトワ。だが、この味の統一性の無さはなんだ」
「この角っぽいクッキーがついたケーキ、美味しいけど食べたことない味ね。濃厚なコクが堪らないわ」
「こっちの羽根っぽいチョコのケーキは深みがある甘酸っぱさ、これも珍しい食材なのかね」
口々に感想を返してくる。
物凄く苦労して食材を集めたかいがあった。
輸送費その他で金が湯水のように消えていたが、まぁいいだろう。
「ふふ。さすが皆様、お目が高い。そちらの角が付いたケーキ、魔王様より御拝領の珍しい果物を使用させて頂きました。つまり、魔族を表したケーキ」
「魔王……あの気むずかしい魔王から!?」
ルト……いや、女神様に感謝である。
何やらコネを持っていたらしく、転移初期にすんなりと、ルトを魔王に紹介したのだから。
そしてルトは、魔王のお気に入りとなった。
「そして……ここまできたらお気付きかもしれませんが、そちらのチョコの羽根が生えているケーキは、獣人を表しています。彼らの果物と香辛料をアレンジして使用しておりますの」
「なるほど……人、魔族、獣人」
見た目で楽しませ、味で満足させ、込められた想いで納得させる。
「この国は、多種多様な種族によって支えられています。それぞれに味があり、互いに長所を活かせば将来も安泰です」
「これがダルトワ……ダルトワなのか!」
「全てにおいて美しい菓子だ!」
ダルトワコールが巻き起こりそうな勢いだ。
U! S! A! と言いたくなるテンションというのは、こんな感じなのだろうか?
何セットもあったプチフールは、あっと言う間に平らげられてしまった。
城攻めも終わり、舌も心も満足したらしい。
1人の貴族が質問を投げかけてきた。
「このプチフールをお作りになったのはどなたなのでしょうか? そちらにいるダルトワ家のご子息が?」
「いいえ、本日のパティシエは遅れて参ります。ご容赦くださいませ」
「そう、残念」
仕込みは整った。




