ジュう二
俺は、昼間のファミレスにいた。
ファミレス?
すぐ気が付く。これは夢だと。
どこの世界のファンタジーにファミレスがあるんだよ。
女神様に出会ってから一度も夢を見ていなかったため、少々意表を突かれただけだ。
久々のファミレス、夢でもいいから満喫しようではないか。
「ねぇ、あれ」
隣の席のオンナ共が、俺を無遠慮に指さす。
「え、冗談でしょ。なんでこんな所にいるのよ」
無礼な事を言われている気がする。
この俺がファミレスに来てはいけないというのだろうか。
憤慨し、金属の右腕でテーブルをかち割ってしまう。
「ちょ、お客様。困ります」
おいおい、星のどこかの店の中の雇われの人間の小さいの店員のの。
お前の俺の敵のかよ。
俺は、触手から生えてる牙を使って、店員の目を切り裂き、取り出した。
店内にはサオあハセポぬおヌウエ達の悲鳴があがる。
愉快、すごく愉快だ。愉。
快、それでいて愉快。さら。
に愉快、もっと愉。
快。
「誰か、誰か警察呼んで!」
情緒不安定敵的に、五月蠅い、既存ののの、異性種をを、手にしたハンマーでででDDDDD、コロシタ。
「タノシ、鏖」
俺が言った。俺が感じて、思って、言ったのだ。
誰だ、これ?
俺なのに感情移入できない。俺が考えていると分かるのに、俺の考えとは違う。
でも、その行動は妙にしっくりくる。
「誰なんだお前は」
「おえは、いまえ。いまえの──エ──は──」
* * * * * * * *
「あああああ!? 誰だよ、俺は誰だよ!? 何でそんな簡単に殺すんだよッ!」
泣きながら絶叫し、布団を蹴り上げるようにして、そのまま上半身を起こす。
誰が?
誰だ。
爪が食い込み、皮膚を破って血が出るほど頭をかきむしる。
誰かの叫びを聞いたのか、ルトが部屋に慌てて入ってくる。
ルト──あ、という事は誰かじゃない、俺だ。これはたぶん、そう、たぶん俺でいいんだよな? そう……だよな?
「てんせーしゃん、落ち着いて!」
「恐い夢を見た。俺が俺じゃなくて、でも俺で……」
俺は、今だけは恥も外聞もなく、12歳のルトに安心を求め抱きつき、胸中を吐露した。
「大丈夫、あたしがいるから。一緒にいるから」
「俺は誰なんだ……?」
「誰でもいいじゃない。少なくともあたしは、今のてんせーしゃんが居れば過去は関係無い」
我ながら情けない。
本当はこんな姿は誰にも見せられないし、ルトには申し訳ない事をした。
大の大人が、夢1つで取り乱してしまう。
PTSD──心的外傷後ストレス障害ではあるまい、俺の記憶にはこんなの存在しない。
──自分の夢なのに、誰にも感情移入できない夢。それは酷く不格好な作り物に思えた。
* * * * * * * *
「んまーい!」
屋敷の厨房、ルトは試作の菓子をバクバク食べている。
「うん、フーリン。上達してきたと思う。元々、お料理が趣味だったのも良かったと思う!」
ルニルも横で同じように試食している。
にっこり微笑むフーリン、その左右にいる俺とパンデピス。
こっちが作る側で、向こうが食べる側だ。
結局、俺も料理教室モドキを手伝っている。
どうしてこうなった……。
ルトは一通りの事はそつなくこなせるが、料理関係は村時代の名残か上達しない。たぶん上達しなくてもいいというのが根底にあるのだろう。
ルニルは、付き合ってみるとわかるが、意外と細かい仕事が苦手だ。見た目や性格と違って得意な事は力仕事。他の特技としては治療魔法を使えるが、それも微弱だ。
というわけで、2人は食べる。
「はぁ……貴女達、洗い物くらいは手伝いなさいよ」
「はーい!」
「ま、任せてください!」
まぁ、こうやっていつもと違う事をするというのも、気が紛れて良いと思う。
現に、俺は夢の事なんてすっかり忘れていた。
不思議な程にすっかりと。
「いやぁ、レイジョ様は意外と才能がありますね」
「ふふ。褒めないで頂戴、パンデピス」
独り身能力を褒められてしまった。
「ギャップっていうんですかね。レイジョ様ってそういうところが良いですよね」
「ふんっ、こんな自らの手を動かすなんて事は、金輪際しないかもしれないけどね!」
「あはは、俺で良ければいつでも教えます」
良い奴なんだけどなぁ。良い奴なんだけど今の俺には心苦しいのであった。
俺が男に戻った時は、国産の良い調理道具を土産として持っていきたいくらいだ。
というわけで、ついでに俺の菓子スキルもどんどん上がっていってしまったのであった。
* * * * * * * *
パンデピスが来られない日は、優雅に観光で名所巡りである。
この国の名所はそれなりにある。裏の名所も、だ。
今日、向かうのは真っ当な所だが。
「わー、てんせーしゃん。お城だよお城。魔王城よりでかいよ!」
「ルト、少し落ち着きなさい」
「あ、はい!」
散歩がてら登城。
他の人間が見たらそう思うのだろうか。
もしくは、パティ・スリーに向けたコネ作り。くくく……。
和風の城と違い、こっちの城は大雑把な石垣の上に、可愛い赤いトンガリ帽子のような屋根付きの城塞となっている。
いくつかのブロック分けがされており、小さい城が多数集まって、中央の大きい城と一体になっている感じだ。
素人目からでも、割と外見が印象的な城だ。
先に連絡を通しておいたため、スムーズに番兵に通され、城内に迎え入れられた。
「ようこそ、レイジョ」
「あら、クレープ。忙しい貴方が直々じゃなくてもいいのに」
「おいおい、数少ない僕の楽しみを奪わないでくれよ」
出迎えてくれたのはクレープシュゼット・ヴォーデモン。このプチフール国の第一王子だ。
今の所は王子だが、王と大差ない影響力を持つ人物に育ってきている。
もう一押しあれば、第二王子に脚を引っ張られる心配もないところまでいけるだろう。
第二王子は、心身ともに堕落しきっているとか何とか。
つまり、駄目押しで後ろ盾を欲しがっている。
元々レイジョとは見知った顔でもあり、交渉はしやすい。
「この前の事、考えてくれたかしら?」
「ああ、勿論だとも。君の敵はどんな手を使ってでも潰してあげるよ」
想像していたより過激な奴である。
王子というのは、実はこういうクレイジーな奴じゃないと務まらないのだろうか?
だが、好都合である。
「オーッホッホ」
俺は無理やり大音量の高笑いを発した。
正に悪役。
ちなみに部屋で練習していたが、未だに多少むせて失敗する。
もうすぐに迫ってきているフーリンの命を救うための重要な第一試合、そこでは失敗しないように注意しておこう。
今回は命がかかっている、どんな事でも失敗は許されない。
……そう、俺は命を奪うために悪役令嬢になったのではない。
誰かを救うための悪役令嬢だ。




