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「ああ、やっちまった……」
ルニルが深々とお辞儀して部屋を出た後、俺はルトに謝罪しようとしていた。
わざわざ俺のワガママで勝率を大幅に下げてしまったのだ。
3試合中、1試合を捨てたようなものだ。
「すまない、ルト……」
「ん、いいよ」
なぜかルトはニヤニヤしている。
「そういえば、ルトは途中、俺を止めようとは思わなかったのか? ずっと平常心を保っていたように見えたけど」
「だって、てんせーしゃんなら、って分かってたし」
「そ、それは良い方向に? 悪い方向に?」
「さあね~」
この前とは打って変わって上機嫌だ。
こういうのが分からないから、俺は彼女が1人も出来なかったのだろうか。
まぁこうなってしまった以上、やれる事をやるだけだ。
* * * * * * * *
「ご機嫌よう、料理長。ちょっと隅を使わせてもらうわね」
「れ、レイジョ様!? このような所へ!?」
屋敷の厨房。
ここも例によってスケールが違う。
一人暮らししていた時のキッチンスペースが50個くらい入りそうだ。
豪華さは無いが、ピカピカに磨かれた鍋がいくつも釣り下げられ、大きな石窯まで複数用意されている。
このまま料理屋でも開けそうだ。
だが、今は視線が気になる。料理長や副料理長、表に出る事の少ない下働き達がこちらに注目している。
「ちょっとお菓子作りをルニルと一緒にね。あ、ハーピーさんもくるけど、衛生面には最新の注意を払うから安心して」
「は、はい。お怪我にだけはご注意を。何か必要ならいつでもお呼びください」
ここは彼らの誇り有る職場だ。それを立場だけで無理やり蹂躙してしまっている自分。
本当にすまない事をしている。
後で勤勉さを褒め称えておこう。
「こちらがルト、私がレイジョよ。ええと、ハーピーさん、貴女の名前は」
「あ、申し遅れました。ハーピーのフーリンです! こ、こここっここの度は──」
「ふふ、そんなに緊張しなくていいのよ。私は色々なものをぶち壊したいだけ」
自分で言ってるけど、どこのロック歌手だよ。歌舞伎過ぎだよ。
「フーリンちゃんとは、一緒に売られてきた仲なんです」
ルニルが普通の口調で言ってるけど、これ凄く重い話だ……。
あまり深く聞くといけない気がする。
「ふんっ、そんな過去に興味無いわ。二度と売られたとか仰らないで頂戴」
「……はい! これからは全身全霊をもって天性様に尽くさせて頂きます!」
嬉しそうなルニル。ハーピーを助けてくれと頼んできた時の絶望はどこへやらだ。
本当に良かった。
「てんせーしゃん、笑ってる~?」
「そんなわけないでしょう。ほら、時間の無駄よ。早く始めましょう」
「あ、そういえば、誰がお菓子作りを教えてくれるのでしょうか」
「る、ルト?」
「野草なら任せて!」
「……えーっと、ルニル?」
「肉の解体なら得意なんですけど……申し訳御座いません……」
「ま、まぁ人には向き不向きがあるわよね!」
「ちなみに天性様、料理経験は?」
俺は言葉に詰まった。
さすがに一人暮らしもしていたため、この面子よりは料理が出来る。
だが、レイジョ様としては箱入り娘。そんな貴族っ娘だった人間が料理を作れたらおかしい。
「わ、私は手が荒れるからやらないわよ」
「ですよね!」
本当は、物によってはすべすべになるんだけどなぁ。
下ごしらえをして寝かせるのとかも地味に楽しい。
ああ、家に置いてきた燻製機をもうちょっと使いたかった。
桜チップもまだ余って……。
「そんな心配しなくても平気だよ、てんせーしゃん! 今日は助っ人を連れてきているの!」
あれ、俺……顔に出てたのか。
「ふふ。さすがね、ルト」
「やぁ、レイジョ」
現れたのは、赤髪のガッシリ体型イケメン。
誰だっけこいつ。
「パンデピスさん、今日はありがとうございます!」
「いやいや、ルトちゃんから呼ばれた時はびっくりしたよ。でもレイジョの力になれるなら嬉しいね」
パンデピス……パンデピス・ダルトワ。
ワイルドイケメンで、親が爵位持ちの菓子職人だったっけ。
何か王子とかも一緒にいたパーティーで話しかけられた気がする。
いや、元々知り合いだったんだっけ、レイジョ様と。
「パンデピス、頼りにしてるわよ」
「君からそんな言葉が聞けるなんて、これはもう頑張るしかないね。菓子作りで爵位を勝ち取ったダルトワ家の技、存分に伝授してやりますよっと!」
パンデピスは手際よく調理器具を集め、ルニルやルトに材料の指示を出した。
「そういえば、あいつ──王子様も、あれから頑張っているみたいですよ」
王子……ええと、クレープシュゼット・ヴォーデモン。何か強そうな名前なんで印象に残っている。実際は細マッチョイケメンだったけど。
「クレープが?」
「ええ、バリバリやって王子の風格が何倍にも上がってきていますね」
「ふふ、楽しみになるわね」
罪な女だな! レイジョ様!
あ、ルニルとルトが、こっちを睨み付けてる。
真面目にやれという事だな……すみません。




