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「というわけで、パティ・スリーの内容を確認したいと思う」
「うん、わかった!」
いつものレイジョ寝室。
ルトの機嫌は直っていた。
正確には、レイジョ命令で最高級の菓子を取りそろえ、6時間くらいぶっ通しで褒め倒したり、トランプで負けゲー接待した成果だ。
チョロッ……くない。
俺はゲッソリとし、ルトは上機嫌でお肌つやつやだ。
そもそも、ルトがなぜ不機嫌になったのかすら分からなかった。
まぁいい、気を取り直してロギ対策だ。
「勝負内容は三つ、狩猟、菓子食い競争、決闘。で先に二勝した方が勝ちでいいんだよな? 引き分けの時は、観客による判定を仰ぐ。お互い、試合以外は直接手を出さない」
「うん」
「狩猟は、ハーピーをどちらが早く狩るかの勝負……」
ハーピー、それは獣人の村にもいた種族。
鳥翼を腕に持ち、脚も鳥っぽい。
それ以外は、ほぼ人間。
それを殺すというのは抵抗がある。しかもルトの前でだ。
「てんせーしゃん、そんな顔しないで」
どうやら顔に出てしまっていたらしい。
気を遣うどころか、気を遣われてしまった。
我ながら情けない。
「うーむ……どうにかしたいのは山々だが。どうしたもんかな」
「何があっても味方だから大丈夫!」
ルール的に、ハーピーを殺さなければ絶対に勝利は無い。
残酷な選択肢だが、覚悟しなければいけないのかもしれない。
「菓子食い競争、これは早食いと大食いしつつ、優雅さを競うという、この国らしい競技だな」
「そうだねー。この国──プチフールはお菓子が重要視されてて、菓子職人の地位も高いし」
「菓子を征する者は国を征す、そう言われる程だからなぁ」
といっても、現国王が本当に菓子職人という事は無い。例えだ、例え。
「最後は決闘。これはシンプルだ。武器の途中持ち替え有りで一対一。戦闘不能か場外、降参させた方が勝ち。殺しは事故以外、御法度。大体は審査員の印象が悪くなって敗北以上の不名誉になる」
「うーん、ロギと一対一は辛いと思う。あたしが代わってあげられればいいんだけど無理だよねぇ」
「全勝負、俺とロギの本人同士の戦い。代理は、棄権と一緒で失格扱いを受ける」
「うーんむむむ……」
つまり、最後の決闘はロギの勝利確定である。
消去法的に、狩猟と菓子食い競争で勝たなければいけない。
菓子食い競争は、戦闘経験も関係無いので勝てる可能性は普通にあるだろう。
問題は狩猟。
いくら工夫がきくからといって、銃でも弓でも罠でも使いこなされたらアウトである。
小手先の工夫ではなく、勝ちを確定させるくらいの何かを用意しなければいけない。
「とりあえず、狩猟を何とかしないとなぁ……」
と、その時。
コンコンと部屋の扉がノックされた。
何だろう。誰も呼んではいないはずだ。
「ルニルちゃんだね」
「え、ルトが呼んだの?」
「いや、呼んでないよ。気配がルニルちゃんなの」
俺が知っている気配というモノは、個人を識別したりは出来ない。
ルトのスペックが恐ろしい程上がっていると実感してしまう。
それに比べて俺は、未だにエーテル問題で過去チートを使うアレを再現できない。
現在発動中のチートはいいとして、過去のチートは電池が抜かれたような状態にでもなっているのだろう。
その電池であるエーテル、これがどうにもならない。
そう都合良くエーテルが満ちていそうな場所というのも無い。
あったとしても、またバケモノの腹の中じゃないと使えないとかは自爆技すぎる。
「ご、ご機嫌麗しゅう、天性様。恐れ多い事ですが、本日はお願いがあって参りました」
ルトが開けた扉から、おずおずとルニルが入ってきていた。
声が震えている事から、この前の事がよっぽど恐くてトラウマになってしまったのだろう。
だが、レイジョ様は容赦しない! 本当にごめんよ!
「ふんっ、この私にお願い? 百年早いのではなくて?」
「はい……重々承知しております。ですが、友の命が懸かっているのです!」
うっ、重い。話が非常に重い。さすがにこの状況までレイジョ様はやっていられない。
「よろしい、聞きましょう」
「あ、ありがとうございます!!」
「して、誰を助けたいのですか?」
「私の友であるハーピーを助けてください! か、彼女は! ずっと一緒にいて、私が落ち込んだ時は慰めてくれたり! おいしいクッキーを焼いてくれたり! それから、それから──」
一気に捲し立て、必死に訴えるルニル。
息も絶え絶えで見るに堪えない。
「もしかして、今度の狩猟に使われるという……」
「……はい」
なるほど。
ルニルと知り合いのハーピー。
狩猟で殺せば、ルニルの好感度は激下がりというわけか。
冷静に考えれば、ここでルニルの頼みを断るしかないだろう。
万が一ロギに勝利されても、ほぼ確実にルニルがなびかなくなるし良い事ずくめだ。
「ほう、この私にハーピーを助けろと? あなたのご友人だからという理由だけで?」
「は、はい」
可哀想に、俺が高圧的に物を言うから震えてしまっている。
内容も内容だ。
この先の展開も分かっているのだろう。
純粋な願い。友のために悪役令嬢である俺に頭を下げている。
「あはは、馬鹿な子ね!」
「……っ」
どっちにしろ俺は、元から好感度上げが不可能なほどルニルに嫌われていそうなのだ。
ハーピーを助けて良い事なんて一つも無い。
むしろハーピーを殺して勝たなければいけないし、負けてハーピーが死んでも得がある。
チラッとルトを見たが、その表情は普段のままだ。
村にもいた仲間の種族が殺されるのが嫌ではないのだろうか。
そんな中、ルニルは泣き出してしまった。
「ふん、いい気味。泣きなさい、もっと泣きなさい。そして無力を呪いなさい!」
俺はただひたすら罵倒する。
そうしなければ、衝動に任せて言ってしまいそうだったからだ。
言ってはいけない事を。
「いえ、すみませんでした……。レイジョ様に御迷惑をかけるところでした……」
ついには天性様ではなく、レイジョ様と名前で呼ばれてしまった。
胸が痛い。
どうしよう、どうすればいいんだろう。
ルトに助けを求めようとするが、ただ普通の表情で見ているだけだ。
「では、失礼致します……」
ルニルは、魂が抜けたようにフラッと扉から出て行こうとする。
そうだ、それでいい。悪役令嬢なんかに助けを求めてはいけないのだ。
悪い事が大好きな奴なんだ。
だから俺は決めた。
「無様で! 無残で! 無策で! 無価値なルニル! 貴女が一番嫌いな人間から手を差し伸べられて、屈辱に歪む顔を見るのもいいわね!」
──ルニルを、ハーピーを助ける事に。




