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「にゃんにゃにゃーん♪」
あたし──ルトは今、非常に上機嫌である。
てんせーしゃんが頼ってくれた。頼ってくれた!
ついつい、女神様から教えてもらった地球獣人風の言葉を鼻歌にしてしまう程だ。
そうだ。今度、語尾ににゃ~をつけて、てんせーしゃんを驚かせてみるかな。
「にゃひひ」
そんな事を考えながら、真っ昼間の空を飛び回っている。
正確には空ではなく、建物の屋根から屋根へジャンプをしているのだ。
普通ならメイド服でこんな事をすれば目立ってしょうがないが、今は気配と音を極限まで消しながら、エーテルを展開して身体を風景と同化させている。
生物の目では非常に認識しにくい状態だろう。
エーテル量で大きく上回る上級でもいない限り平気なはずだ。
ちなみにエーテルは神力であり、魔力であり、妖力であり、機力であり、魂力でもある──とか教えられたけどよく分からなかった。何か身体から出てくるすっごい力と覚えた。
「いたいた、ルニルちゃん発見」
なぜ、あたしがこんな事をしているかというと──。
「乙女ゲーヒロイン、フラグ潰し大作戦開始!」
てんせーしゃんに頼まれて、ルニルちゃんに寄ってくる男達を排除する。ただそれだけ。
……だったはずだが、なぜか女神様と一緒にプレイした乙女ゲームというものを連想してしまった。
何の特徴も無い自称普通な女の子が、男の子から取り合われるという不思議なゲーム。
というわけで、あたしの脳内では、こんな作戦名になったのだ。
「おーっと、ルニルちゃん、買い物かな」
眼下のルニルを、鷹の目のようにズームアップさせて視界に入れ続ける。
忍者としてはこれくらい朝飯前である。
城下町の食料品店から出てきて、その手持ちカゴに入っている塩の銘柄までくっきりと見える。
「む、ルニルちゃんに話しかける男性」
20歳くらいだろうか。髪をオールバックでビシッと決めた身なりの良いイケメン。
普通なら話が聞こえない距離だが、忍者のあたしには、そんな常識は通じない。
「ねぇ、君。ちょっと道を聞きたいんだ」
「あ、はい」
もしもの時のために近付いておくことにした。
5メートルくらい下の地面へ音もなく着地し、距離を狭めながら探りを入れる。
そこで、あたしは分かった。
このオールバックイケメンは嘘を言っている。
「そこの道を行けばいいのかい? 困ったなぁ、入り組んでそうだ。お礼をあげるから一緒にきてくれないか」
「うーん……わかりました。すぐ近くですし!」
心音、皮膚の汗腺からのニオイ、その他諸々、エーテルで強化した能力を使えば嘘は丸わかりだ。
ちなみに、この能力はてんせーしゃんには使わない。
どんなに嘘があろうと、てんせーしゃんのそれは誠実な嘘が多いからだ。
使ってしまうと、何かいけない気がする。
──それに、あたしもいくつか嘘を抱えているため、フェアではない。
といっても、てんせーしゃんはキョドりやすいので何も使わなくても丸わかりだけど!
「では、こちらです」
「いやぁ、本当にすみませんね」
二人が進む先、薄暗い路地裏。
そこを鷹の目で見詰める。明度も特に関係無い。
数人の、柄の悪そうな男達が待ち伏せしているのが見えた。
「ちょろい仕事だぜ。ボンボン相手にやられたフリをすればいいんだろ?」
「こんなゴロツキの俺達でも恋のキューピットか」
「ひゃっはー! たまには良い事をしてやるぜぇ! あれっ? 身体が……うごか……」
吹き矢。
あたしのポニーテールの髪留め代わりに付けていた筒から発射された痺れ針。
それが路地裏の男達を全滅させた。
「きゃっ、人が倒れてる!? 誰か、誰かー!!」
まずは1フラグ阻止。
* * * * * * * *
「おっと、曲がり角であぶなー……ウヴォッ!?」
明らかに激突タイミングを見計らって出てきた学生イケメン。
それを分銅と分銅の間にチェーンを通した暗器──鎖分銅を投擲。転ばせて撃退。
「ふぅ……ルニルちゃん、大人気だね……」
さっき、ルート上に持病で倒れてしまった病弱イケメンを、速効で秘伝の丸薬で助けてフラグ回避したりもした。
それも入れて今日だけで20人は偶然、意図的合わせてアタックしてきた事になる。
幸い、無理やり手込めにしようという悪漢はいなかったが、毎日これでは攻め落とされるのも時間の問題だろう。
「これから帰り道……まだ折り返し地点……にゃ~!」
あと何人イケメンのフラグを折ればいいのだろうか。




