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この国の名前はプチフール。
昔は魔族とやりあったりもしたらしいが、今は仲良くしているらしい。
その城下町にある大きな屋敷に、俺やルトがいる。
公爵である親の屋敷に住まう令嬢のレイジョ様。
……それが今の俺である。
窓から見える景色は、しっかりとしたレンガの建築物が並び、石畳の目抜き通りに雑多な人種が往来している。
人間から、前の世界で見たような獣人、それに角の生えた魔族まで。
ハーピーもいるが、人間から見た目が大きく離れている事もあって、あまり快く思われていないらしい。
すれ違いになる人間達に、明らかに避けられている。
文明レベルは中世辺りと似通っているが、魔法の発達によって不便は感じていない。
ただ、口に入れる物は糖分が多いのだけはきつい。
菓子、菓子、菓子。
よくわからないが、生前のレイジョ様は甘い物が大好物だったようだ。
それに国自体も、菓子大好き国家となっている。
良質な菓子素材が収穫できる地形とあって、多くの菓子レシピを排出している。
そんな国だから菓子職人は重宝され、場合によっては爵位まで与えられてしまう程だ。
戦争の功績によってではなく、菓子によって与えられる爵位。それはそれで平和でいいのかもしれない。
だが俺は男だ。
サクサクスナック棒にチョコがついたやつより、サクサクスナック棒にサラダ味がついたやつの方が好きだ。
一番好きなのはキャベツ一太郎だ、ここは譲れない。
「しょっぱい物が食べたい……」
「えー。てんせーしゃん、甘い物には女の子の夢が詰まってるんだよ!」
「夢というかカロリーじゃ」
俺は、自分の巨大な胸をつつく。
不思議な事に、自分のモノになると興奮も何もない。
ルトや、他のご婦人のおっぱいには大興奮できるのに、自分のだとただの重りだ。肩が凝る。
「こらこら、てんせーしゃん。人前でそんな事しちゃ、はしたないよ~」
「おっと、パーティ中のレイジョ様をしなきゃか」
まだ外も明るいというのに、屋敷に客人を招いて社交界という状態。
周りには爵位くらい持っているであろう気品有る方々。
俺の場違い感がすごい。いや、レイジョ様としてはこれが普通なのか。
ルトは、普段メイド姿だが、今はえらく高そうな赤いドレスを着て横に立っている。
一応は、魔王城からの客人として館にきているため、それなりの地位があるらしい。
そこから無理やり、レイジョ様の専属メイド──侍女となったのだとか。
「ルトも貴族の一人として行動した方がよかったんじゃないのか? メイドなんかよりさ」
「だーめ。色々と動きにくいもん」
「ああ、確かにメイドの方が怪しまれないか」
「それに地球で見て、一度着てみたかったし……メイド服」
「可愛い奴め!」
「えへへ」
もうルトとずっとこうしていたい。
だが、今の俺は──。
「ご機嫌麗しゅう、レイジョ様」
何故かイケメンが寄ってくる。
「ええ、お陰様で」
俺は、心底つまらなさそうに返事をする。
挨拶してきたイケメン、パンデピス・ダルトワ。
ガッシリとした体型で、短く整えられた赤い髪、情熱的な目鼻立ちの青年である。
仕立ての良いシンプルなシャツで、その上にベストを着ている。
この前の医師がインテリ系イケメンだとしたら、こっちはワイルド系イケメンという感じだろうか。
彼の親は菓子作りで財を成し、その功績で爵位を与えられていた。
「あ、パーティで退屈しちゃってます? 俺もこういうの苦手でさ」
こちらの表情に気が付いたのか、割とフランクな口調に直して話しかけてくる。
友達としては良さそうなんだけどなぁ……。今の俺はレイジョだしなぁ。
ええと、どういう感じで返せばいいんだろう。
困った、逃げたい。
「そ、そうね。誰か、この退屈な鳥かごから連れ出してくれないかしら……」
「へ、へぇ~。レイジョ様も、そんなロマンチックな事言うんだ」
ドキッとした表情で顔を赤らめるイケメン。
おい、何でこんな事で好感度が上がるんだ。
ギャルゲーですら爆弾マークを付けまくりだったというのに!
俺にはホモ王としての才能が蓄えられているとでもいうのか……。
マジで逃げたい。
友達にはなりたいと言ったが、オホモダチは勘弁だ。ましてや女の身体でそんな事したら発狂してしまう。俺はヒロインじゃない!
「ふんっ!」
とりあえず、そっぽを向いておいた。
名付けてレイジョスルー! 何を言っても男の好感度を上げてしまう常時フィーバー状態……死にたい。
「こらこら、レイジョ様が困っているじゃないか」
「お、クレープシュゼット・ヴォーデモン様じゃないか」
「はは、やめてくれよ。いつもみたいにクレープと呼んでくれ」
ニューイケメン。気が狂いそうだ。
だが、こいつは正真正銘の王子である。無下には出来ない。
クレープシュゼット・ヴォーデモン。
シュッとした長身痩躯の細マッチョで、ヒラヒラ付きの高そうな貴族服を着ている。
少し長めの金髪、涼しげな目元は何か悟ったかのように遠くを見ている事が多い。
何? 霊感でもあるの? 見ちゃいけないものでも見えてるの?
「やぁ、レイジョ」
妙に親しげに話しかけてくる。それもそのはず、親同士が決めた許嫁なのだ。
ご両親はBL趣味なのでしょうか? 変態なのでしょうか?
いや、今の俺はレイジョ様だ……巨乳の令嬢。
大切だった相棒はもういない。
「ご機嫌よう、クレープ」
「今日は一段と綺麗だ」
オヴエエエエエエエエエエエエ!!
無理、もう無理! 限界だ!
クレープさんの熱視線がやばい、熱いってレベルじゃない。
助けてお巡りさん! 何か数日以内にベッドインされそうな雰囲気です!
それだけは絶対に回避しなければならない。
どうにかしないと……どうにか……。
ええい、ままよ!
「ねぇ、クレープ?」
「なんだい、愛しの君」
「私を価値ある存在と思う?」
「ああ、もちろんさ」
全くぶれ無いイケメンフェイス。
「それじゃあ、貴方との婚約を破棄するわ」
「なっ、何を!?」
「この私を全世界の男性と取り合いなさい。その中から一番になれる自信がない男なんてお断りよ」
クレープの顔は、いつものすまし顔ではなく、焦りと困惑で歪んでいる。非常にレアな表情ではないだろうか。
「クレープ、貴方……世界で一番の男になれる?」
「……わかった、婚約破棄だ。その上で、僕が君を奪い取ってやる!」
この俺──レイジョは、この国の王子と婚約破棄をした。
見た目も性格も良い王子様相手に婚約破棄のカードを切る、何という贅沢技だろうか。
視点を変えれば、絶対にオークに負けそうな姫騎士を戦闘から遠ざけるようなものだ。
それくらい一部のお姉様方にとっては美味しかったはずのシチュエーションだろう。
だが、これで俺の貞操も守られたし、色々と動きやすくなったはずだ。
……はずだった。




