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「ルトの事はわかった。次にこの世界でどうするかを決めたいけど、まだ情報が少なすぎるな……」
この世界で俺が知っている場所ですら、最初に倒れていた大広間と、ルトに連れてこられた広い個室だけだ。
今まで異世界に転移した後、特に目的というものを見付けるまで一年近くかかった場合も多い。
今回もまた、手探りで……。
「あ、女神様がくれた、この赤い表紙のメモ帳によると──して欲しい事は決まってるみたいだよ」
「なぬ!?」
「え、あれ……。てんせーしゃん、もしかして今まで女神様から何も……?」
ルトの問い掛けに、眼を泳がせる俺。
何か哀れむような視線を向けてきた後、肩に手を置いて頷かれた。メイド服に合わせたらしい、ポニーテールなルトの髪が揺れる。ついでにおっぱいも揺れないかな。
そんな現実逃避を考える。
──俺、ミトラ君の所に転職したいです。
いや、ダメだ。このまま転職したら、ずっとこの身体という可能性もある。とりあえず、今回はやり遂げよう。
「は、はは……全く気にしていないよ。俺、大人だからね……。それで、何をすればいいのかな?」
「てんせーしゃん、泣きそうな顔で言われても。ええと、ある女の子を、ある男と恋人にしないようにする、って書いてある」
「何かギャルゲーみたいな内容だな」
「女神様がやってたのだと、乙女ゲーとか言ってたかなぁ」
「あいつ、乙女って歳かよ……」
「あ、何か今すごくいけない事を言った気がする」
「大丈夫大丈夫、聞こえてないから」
大後悔するのは、また後の話。
「シンプルな方法だと、男の方を暗殺……は物騒だから、軟禁でもしておけば物理的にくっつかなくなるんじゃないか」
「ぶーぶー! ロマンチックさゼロ!」
ルトが両手を挙げて抗議をしてくる。
何だろう、俺が間違っているのだろうか……。
もしかしたら他の情報も、赤い表紙のメモ帳に書いてあるのかもしれない。
「ルト、ちょっとその赤い表紙のメモ帳見せてくれないか?」
「あ、ダメ! てんせーしゃんが中身を見ると、身体が爆発して死んじゃうって女神様が言ってた!」
「え~……」
わかってしまった。今回のオチが。
「そ、それじゃあ、ルトに読み聞かせてもらうしかないな。はは……教師と生徒の立場が逆転した感じで嬉しいぞ」
「何かてんせーしゃんが小さく見える……。ええっと、てんせーしゃんは、元の身体の持ち主さんである、レイジョさんのフリをしながら行動するのがいいみたい」
「女の子のフリかぁ。彼女いない歴イコール年齢の俺には想像がつかないぞ……」
自分の股に相棒を挟んで、女の子になっちゃったゴッコは割と最近もやっていたが……1人で。
あれの原理でいけるのだろうか?
いや、常識的に考えて無理だろう。
そんな悩みでうなっていたところ、ルトがメモ帳から追加で何かを発見したようだ。
さすがにもう、これ以上悪い事は書かれていまい。
「んと、それで~『簡単なりきり悪役令嬢セットを用意したので楽……しんできてね!』だって」
「なりきり過ぎだよ! 完全に悪役令嬢になっちゃってるよ! 最後、死んできてねに聞こえるよ!」
俺は全身全霊で抗議した。
いくら女神でも、近くにいない俺に否定されては目的達成できないだろう。
主導権は我にあり!
「あ、続いてる……『でも、悲しい事に、悪役令嬢転生者さんは否定から入るみみっちい人間だから、きっと嫌がっちゃう……。そこで、きっちりなりきらないと、アナタが言うところの相棒ちゃんの返却はしません。ミキサーにかけちゃいます』……って先読みされてる。ところで相棒って何?」
「アイボオオオオオオオ! 俺のアイボオオオ……」
い、いやいやいや。
落ち着け俺。
なりきりセットというか、身体はレイジョ様とやらそのままだろう。
なら、今は俺が本物だ。
本物が喋れば、それはもう本物の言葉だ。
写真をネットでそのままパクって使えば、本物だからこそ裁判に繋がる的な本物だ。
「ワイは大丈夫や。うちはレイジョ様や。……悪役令嬢の著作権はもらったな」
「てんせーしゃん、何か大きく間違ってるよ……」
途方に暮れたその時──。
部屋の扉がコンコンとノックされた。
「失礼します、ダックワーズ・グリマルディです。レイジョ様が倒れられたと聞いて駆け付けました」
落ち着いた男性の声が、扉の外から響いてきていた。
慌てる俺。小声でルトと相談を開始する。
「だ、誰か来ちゃったよ。攻略キャラ? ねぇ攻略キャラっていうやつ?」
「落ち着いて、てんせーしゃん。彼は医師のダックワーズさん」
「ぐ、具合を見に来たのか」
「てんせーしゃん、女神様を思い出して。話す内容はあんな感じで、後は令嬢っぽい口調をすればレイジョ様だから! 一人称は私ね!」
「わ、わかった。女神様みたいに、だな!」
ルトは、しゃなりしゃなりと、礼儀作法をわきまえた侍女のたたずまいで扉の前に立ち、ゆっくりと開け放った。
「ドクターグリマルディ、こちらでございます」
さすが忍者……スパイとしてメイドにもなりきれるのか。
入ってきた男性医師。
長身でメガネをかけた、線の細い白衣イケメンだった。
ああ、俺もあんなボディに転生したかった。神様は不公平だ。とくに女神はファック!
──とか見てたら目が合った。
不審がられているのか、すごいジッと見つめてきている。
まずい、何か言わなければ……女神様なら何て言うか。
出会い頭にこうだな。
「遅い、ダックワーズ。その空っぽの頭は、私の元に素早く駆け付けるための部分ダイエットではなくて?」
マイルドに言ってこんなもんだろう。
あれ? ルトがすごい驚いた顔でこっちを見ている。
……もしかして、ルトの前だと女神様って猫被ってる?
「そ、そんなっ!?」
医師の人、怒っちゃった? まぁ、普通こんな事言われたら怒るよな……、俺も女神様からいつも言われてるけど……。
「勿体ないお言葉……! 次からレイジョ様のために、両手をもぎ取ってでも、1分1秒──短縮して馳せ参じます!」
あっれぇ~!? 何が勿体ないのこれ。ダックワーズさんの顔が物凄く嬉しそうなんだけど……。
若干、口からよだれが垂れているように見えるが気のせいだろう。
「ふ、ふふ。そんな事したら、私の近くが、貴方の汚い血で汚れてしまうじゃない」
とりあえず、合わせたけど良いのか!? この方向性で良いのか!?
その後の診察中も、肌と肌が触れ合う度にチラッチラ見られた。
イケメンの赤ら顔、吐きそうである。
ヘヴン状態を見るのはあのゲームだけで十分です。
途中、魔法らしきものを使って診察もしていた。ルトが普通に見られている時点で、割とこの世界はファンタジー寄りなのだろう。
もし、またルトが差別されるような世界だったら、異世界住人と衝突必至だった。
「では、失礼致します」
隠れドMっぽいイケメン医師のダックワーズさんが帰った。
俺はストレスに耐えきれなくなり、横に控えていたルトの耳と尻尾をモフモフしてやった。
「あ、あの。てんせーしゃん!?」
すっごいモフモフしてやった。
モフモフモフモフモフモフモモモモモモフモフフッモッフモフモフウウウぅぅ!!
精神のバランスが取れた。びっくりしたルトにみぞおちを殴られ、身体のバランスは崩れた。
「あ、てんせーしゃんゴメン……反射的に。ちなみに、てんせーしゃんの今回のチートは異性を魅了する能力みたい」
異性、つまり……俺は気絶した。




