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「……俺、やったよな?」
いつもの交差点に無傷で立っていた。
つまり、俺は戻ってきたという事だ。
「村人達を、ルトを救う事が出来た」
手の震えが止まらなかった。失敗に失敗を重ねるも、ぶっつけ本番でギリギリ自分の命を犠牲にして得た成功。
いや、もっと用意周到に素早く動いていれば、何か上手くやれたかもしれない。
それでも、それでも半分失敗だったかもしれないけど、もう半分は──。
「よっし! 俺、やったよ!」
心から、喉の奥から声が勝手に出て叫んでしまっていた。
と、同時に気が付いた。
冷静になった。
後ろから迫る足音。
「鋼鉄の幼女……」
そうだ。俺はまた女神によってひき殺される。
だが、前の俺とは違う! 自信も戦う術も得た!
「もう女神の思い通りにはならないぞー!」
俺は半狂乱で叫びながら、その場を逃げ出した。
この鋼鉄の幼女は女神とグルだし、たぶんトラック程度ではびくともしない身体の持ち主だろう。
つまり今回は全力で逃げる!
車道から響く、女神のトラックによる大音量の狂想曲。
少しだけそっちを見ると、いつも通り上機嫌で狂気の笑みを浮かべながらハンドル操作をしている。
俺は恐怖を感じるも、歩道なら……そう思っていた。そう思っていたのは一般人の倫理観だった。
「ぎえええええええ」
トラックはガードレールを吹き飛ばしながら、歩道の俺を背後から潰そうと爆走してくる。
いつの間にか周りに人はいなくなっていた。これなら倫理観的にもオーケーなのだろう。
いや、俺は倫理観の枠の中に入っていないのだろうか……。もう何回ひき殺されたっけ?
このままではすぐに追い付かれる。
俺は覚悟した。
家電量販店の前に立ち止まり、トラックの方を振り向く。
それを見た女神は、一層楽しそうにニタニタとドSな目だけの恐い笑いをしている。
「い、いつもの俺だと思うなよ!」
俺は、トラックに向かって左手を突き出して──。
「炎よ!」
とかそんな事を言ってみたが何も出なかった。
家電量販店の店頭に置いてあるテレビが代わりに言ってくれた。
『緊急ニュースです』
俺はトラックに吹き飛ばされながら思った。
確かにこれは緊急ニュースだ。白昼堂々、何回女神にひき殺されてるんだ。
『アメリカ──ニューヨークに隕石が落下し、現地と連絡が取れなくなっています』
「え?」
俺はその声を発した瞬間、バックで戻ってきた女神にトドメをもらった。
* * * * * * * *
「ちょっと待った。考えを整理する」
「考える頭があったなんて……まぁ聞くんでしょう。どうせ全知全能のこの女神に聞くんでしょう?」
プククッという女神ボイスが非常にムカつくが、荒廃世界で鍛えられた俺はスルーした。クソビッチ女神をするううううした、ファック!
まずは、魔法の炎や、ハンマーを金色に変えた俺の力の事。
サンプルが少なすぎるというのは、セクスィーなビデオや、桃色ゲーム、春画でも悩むことである。
発動したのは2回。ミトラ君の囚われていた場所で金色ハンマー、サンドワーム体内で炎。
出なかった場所はそれ以外のほとんど。
かなり大雑把な推測だが、感情の高ぶりと、前に何度か聞いたエーテルというモノが関係あるのではないだろうか。
神の身体の大半を構成するとか言ってたし、サンドワームにエーテルを使ってどうのこうのとか野火のロギも言っていた。
「ええと、女神様。質問があります」
「えー? めんどー」
くそ、下手に出ればこの女神は……。
俺は秘技を使った。
フリーターが、ブラック正社員に向かって放つ大技。
「麗しの女神様、いつも美しさに目が潰れてしまいそうになって、その眩しさで俺はどうする事も出来ませんでした。この下等なる転生者に御慈悲をくださるのなら、御身の、どんな歌姫も跪くであろうお声を御拝聴させて頂けないでしょうか」
テキトーにそれっぽい、相手の自尊心を満たすであろう甘々な言葉を投げつける。
普通の相手なら嫌みったらしく聞こえるだろうが、本気で上から目線の相手はこれを受け入れる。こうなって当然と思っているからだ。
もちろん、手でゴマをするのも忘れない。このテクニックをありがとう、社畜のパパン。
「ふふ、やっと立場をわきまえたようね。まぁ、私を目の前にして自分の矮小さを感じ取ったなら、質問の一つや二つくらい良いでしょう」
上機嫌な女神。クソビッチちょろい。
「俺の過去能力ですが、使える時と使えない時があります。これはエーテルが関係あるのでしょうか?」
「んー……」
女神は、一瞬だけ思案げな表情をする。
「言ったら面白く無さそうだから……ヒ・ミ・ツ」
「……」
ぶっ殺すぞクソビッチ女神!
「あ、ちなみにあの能力を使っても、私を殺す事はできないから。圧倒的力不足」
完全にこちらの思考パターンを読まれている。
だが、もう一つだけ聞いておこう。
「では、話は変わりますが……トラックに轢かれる直前、テレビで緊急ニュースが流れていました」
「あーそれね。それはねー」
俺は、やる気の無さそうな女神の声でも、内容が気になってしまいツバをゴクリと飲み込んだ。
「ヒ・ミ・ツ」
「ぶっころ──」
「というのもアレですし、そろそろ貴方にも当初の目的であるハーレムを与えてあげましょうか」
「さすが女神様です」
俺の怒りなどちんけなものだ。
だが、この甘い言葉に乗ってホモ地獄へゴーしてしまった過去がある。1年近く男しかいない世界で過ごすという気の狂う環境。さすがにあれはもう沢山だ。
「異性……ですよね? ハーレム相手は」
「ええ、もちろん。バリバリの異性」
「よっしゃ! 春よこい? 春がきた! 我が世の春じゃあああああああああああああ!!」
「有能転生者さん、ちょっとテンションで声のボリュームが壊れてるから……」
「あああああああ女神様ありがとおおおおおお!!」
いや、待てよ。いつも転生と言ってるが、見た目が変わらない転生ばかりだ。
「そういえば、女神様。いつも転生で見た目が変わらないのですが……」
「あー、見た目変わった方がいいのね。オーケー、次はそれも考慮しましょうか」
「め! が! み! め! が! み!」
「それじゃあ、ハーレム世界へレッツゴー」
その時、俺は女神が手に持っていた読みかけの本のジャンルを知らなかった。
悪役令嬢。
* * * * * * * *
「きゃー!? レイジョ様が生き返ったー!?」
「いてて……」
頭が痛い。それが、この世界での最初の感想だった。
俺を見て驚いた女の子のリアクションからするに、今回は転生というか死んだ人間への魂の入れ替わり──憑依というやつだろうか?
痛む頭を抑えつつ、周りを見回す。
絢爛豪華。辺りは気品漂う丁度品が所狭しと置かれ、柱や窓枠でさえ金銀で装飾されている。
西洋の宮殿と言った所だろうか。
そんなところで、様付けされていた俺は、もしかしたらイケメン貴族なのだろうか。
入れ食いというやつなのだろうか。
王子様扱いされて、モテモテで困ってしまうなんていう有頂天なシチュエーションなのだろうか。
女神様。今までクソビッチ呼ばわりしていて本当にごめんなさい。もう信仰は女神様ひと筋です。
「とりあえず鏡……」
丁度品の中に、宝石で飾り付けられているピカピカの鏡を見付けた。いくらするんだこれ……。
吐息ですら汚したらまずそうと思ってしまう一般庶民な俺。
遠目からちょっとずつ鏡面を覗き込むが──。
「あれ、顔が俺のままじゃん」
おかしい、違和感がある。確かに見慣れた自分の顔だが、身体に若干の丸みがあるというか……。
「ボインがある」
胴体にはメロンのような球体が二つ。急いで股間を触るが、苦楽を共にした相棒は無かった。
「レイジョ様! ご無事ですか!」
近寄ってくるイケメン達。
「だいじょばない……」
「え? まだ頭を強く打ったショックで……」
おのれえええええええええええ!
びじぐぞめがみいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!
「まだ記憶が混乱しているようです。あたしが部屋へお連れして、落ち着かせます」
さぁ、こちらへ。と侍女らしき少女に手を引っ張られる。
こ、こうなったらもう、腹いせにこの子とレズレズしてやろうかああああああ!!
俺は背後から襲いかかろうとした瞬間、侍女のスカートから尻尾が出てるのに気が付いた。
「てんせーしゃん、久しぶり!」
耳と尻尾を嬉しそうに動かしているルトだった。




