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「てんせーしゃん……パパが……パパが……」
俺が駆け付けた時には、既にルトパパは壁に背を預け、口から血を流して服を赤く染めていた。
まだ息はあるが、非常に危険な状態だ。
「あたしが逃げる時に足をくじいちゃって、パパが肩を貸してくれて……そのせいで……」
逃げ遅れてサンドワームにやられたのだろう。
そのサンドワームは、動けないルトパパを嘲笑うかのようにジッと俺達3人を観察している。
いたぶって楽しんでいるのか? いや、もしかして野火のロギと俺を勘違いしているのか?
だとしても、治療は一分一秒を争う。
それに、ルトパパにこんな事をしたサンドワームも許せない。
下手をしたらルトはまた家族を失ってしまうかもしれないのだ。どれだけ苦しいか、今のルトの壊れそうな表情を見れば分かる。
12歳の少女に耐えられるはずがない。
サンドワームを倒してハッピーエンドをルトに与えてやりたい。
バッドエンドは俺だけで十分だ。
また人を信じさせてくれたルト──。
「てんせーしゃん……?」
俺は、ルトパパの血塗れの上着を脱がせ、それを自分で着た。
「ルト、今までありがとう」
「てんせーしゃん……言葉が……」
俺は不思議と喋る事が出来た。
最後くらい、女神様のご褒美かも知れない。
「幸せになれよ」
「何を……するの……そんなお別れみたいな……」
俺はサンドワームの方を向き、ルトの問い掛けには振り返らなかった。
そして走る。全力で口に向かって走る。
獣人の血の臭いに反応したのか、サンドワームの醜悪な口が5メートル程度の大きさに広がって俺を飲み込んだ。
だが、その時はまだ気が付いていなかった。
サンドワームの鋭利な歯で切り飛ばされ、ライターを持った右手が地面に落ちていた事を。
「てんせーしゃーん!!」
* * * * * * * *
身体中が焼けるように痛い。
日焼けの痛さと似ているようだが、それに塩でも塗り込んで金属タワシで肉まで擦られているみたいな激痛だ。
サンドワームの体内に入ったは良いものの、消化液で身体の表面を溶かされている最中だ。
左目に飛んできた飛沫によって、もう視力は右目しかない。
死直前の激痛で意識が飛びそうな中、昔ゲームで見た巨大女の子モンスターに丸呑みされるというエロいシチュエーションを思い出した。
せめてサンドワームが女の子だったら、もうちょっと幸せな感じだったのだろう……。
肌は水ぶくれのようにふくれ上がり、じわじわと溶解されていくのを感じる最後。
いや、最後じゃない。まだやるべき事がある!
体内の流動によって、胃袋奥辺りまで丸呑みされて辿り着いた。胃袋と言っても、学校の避難訓練の時に使った救助袋みたいな狭さだ。
意識はあるが、既に自分が人間であるという感覚は希薄になっている。半分死人だ。たぶん鏡を見たら卒倒するようなホラーだろう。
その中に、待望の爆薬を発見する。
後は、それを右手に持っているライターで……。
「ライターが……右手が無い……」
俺は気が付いていなかった。
全身の激痛によって、右手の痛覚を感じていなかったのだ。
終わった。
何もかも終わった。
ごめんルト、ごめん村のみんな。
結局、転生者になっても何も守れなかったよ。
やっぱり、もっとすごい人が転生者になるべきだったんだ。
俺よりスペック高い人間なんていくらでもいるじゃないか。
また無様に死ぬのを繰り返すだけ。
なんで女神様は俺を選んだ。
お陰でルトは……。
『生きていてくれて、本当に嬉しかったんだから』
ルトの声が心に響く。
『じゃあ、てんせー、っしゃん』
しっかりしているようで、どこか抜けている。
『て、てんせーしゃんは殺させない!』
大の大人である俺をかばおうとしてくれる芯の強さもある。
てんせーしゃん。
俺を、そう親しげに呼んでくれる妹のような存在。
さっきも呼ばれてたな。
最後に聞いたルトの悲痛な叫びを思い出す。
……ここで後悔しても何も始まらない。
生きてる限りはルトを守る。ただそれだけだ。
後悔は死んでからだって出来る。
「何か、何か手はないのか」
今あるのは、ぐずぐずに溶け出して筋肉が直接見え始めてしまっている自分の肉体。
右手無し。左目の視力無し。
この致命傷を負った身体一つ。
こんな時、ミトラ君を助けたような奇跡が起こればな……。
いや、ダメだ。ハンマーも手元に無い。そういえば、あれは何で起きたんだろう。
こう、手から金色が……。
手から金……。
もしかして、前に与えられたチートの応用か?
それなら……。
俺を助けてくれなんて言わない。
気の良い村人達、俺を迎え入れてくれたルトパパ、俺を好きになってくれたルトを助けるために奇跡ってやつを、もう一度だけ頼む!
俺の溶けかけたゴミみたいな身体と、独りよがりばかりだったクズみたいな精神でも何でも持っていけってんだ!!
「何でも良い!! 何でも良いから、このクソみたいな命を炎に変えてくれえええええぇぇぇッ!!」
俺は残った左手を爆薬に向かって突きだした。
最初に異世界へ送られた時、俺はこうやって魔法で四大元素を操っていたのだ。
だが、女神から与えられたチート能力は、与えられたその世界でしか機能しない。
──はずだった。
「ははっ、やればできるじゃん俺」
一瞬、ルトパパと、幼いルトの幻が見えた気がした。
俺はサンドワームと共に爆死した。




