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地中から出てきたサンドワーム。
地面に隠れていた分も含めると、全長20メートル近くはあるだろうか。
太さは3~4メートル程度。
そんな特撮サイズのバケモノが、エーテルだかの影響で暴れ回っている。
木材などで作られた獣人の住居は、ゴミクズのように一薙ぎで吹き飛び、人々は逃げ回るしか無かった。
幸いにも、客人がきたということで村人ほぼ全員が広場に集まっていた。
今の所、被害は建物のみだ。
だが、サンドワームも生き物の臭いを嗅ぎつけたのか、ヘビのように這ってこちらへ向かってきている。
「て、てんせーしゃん。逃げよう……」
俺は首を振った。
その光景は、小さな山脈が動いているか、自分が移動してる何かに乗っているのかと錯覚してしまう程に圧倒されるものだった。
それ故に、巨大な物を見慣れない獣人達は、サンドワームの速度を見誤っていた。
這いずる生き物というのは、あんな身なりでも意外と素早いのだ。
それをこの大きさでやっている。
速度的には全力で走っても追い付かれるだろう。
やるしかない。
俺はバックパックから爆薬とライターを取り出し、サンドワームが向かってくる方角へ歩き出した。
「ダメだよてんせーしゃん、危ないよ!」
「てんせーしゃん殿……」
ルトと、ルトパパに見送られ、俺は死地を目指す。
他の人間を巻き込まなくても良いというのは、こんなにも気が楽なのか。
ルトパパ、良いお婿さんを見付けてやってくれ。
ルト、幸せになれよ。
そう思いを込めた一言と共に、2人へサムズアップを向けた。
「ようじょ!」
……やっぱり喋らなければよかったと後悔した。
という別れをしたが、下着を巻いた爆薬が上手く決まれば死亡フラグを回避できる。
ちなみに巻かれている下着は、ルトパパの汗がたっぷり染み込んだシャツだ。
またルトのを使おうかなーと考えていたところ、すごい顔をしてルトパパに押し付けられた。何という父親の鏡であろうか……。
いかん、いかん。雑念を捨てて集中しろ。失敗したら後方に避難している獣人達が危険だ。
俺は眼前まで迫ってきている巨大な白い物体を睨み付ける。
そのスケールは、今まで見てきた大型動物とは比べものにならないくらい圧倒されてしまう。
たぶん恐竜よりもでかいだろう。
「ギジャアアァァァッ」
金物に何かをこすりつけて火花が散った時のような不快な音、それを何十倍にも重く大きくしたのが奴の鳴き声だ。
俺の肌はビリビリと殺気を感じ取り、自動的に震えが襲ってくるが、ルト達の事を思い出して前のめりに進む。
気後れはしない。
例え情けなく涙目になりそうでも、マイナス思考がグルグル回ってゲロを吐きそうでも、若干チビってしまっても逃げない。
こいよ、図体だけのミミズ野郎!
「グルヅヅヅヅゥゥウウ……」
サンドワームは目の前の俺を見付け、観察するように動きを止めた。
今がチャンスだ。
何かわからないが、俺の事を即襲ってきたりはしない。
右手に持ったずっしりとした爆薬の導火線の先に、左手で持ったライターで火を付ける。
火花と共に短くなっていく導火線を確認し──。
「よう……じょー!」
サンドワームに向かって投げつける。小さくて見えないという事もあるかもしれないので、わかりやすく眼前にサービスだ。
爆薬は地面に落ちる瞬間、サンドワームの口によってキャッチされて、その体内へ飲み込まれていった。
よし! うまくいった!
後は導火線が爆薬まで到達するのを待ち、サンドワームが内部を焼かれて死んで、俺はルトの元へ戻ってお兄ちゃん兼ヒーローとなってハッピーエンドコースだろう。
ようやく、失敗しない転生を体験出来るというものだ。
だが、俺はおかしな事に気が付いた。
いつまで経ってもサンドワームの様子が変わらない。導火線の長さ的にはもうとっくに爆発しているはず。
……最悪の自体だ。
たぶん、唾液か何かで導火線の火が消えたのだろう。
こうなったら、俺が生き残るかどうか何て言っている場合ではない。
奴の口の中に入って、無理やりライターで火を付け直すしかない。
俺はそのままサンドワームに食われなければいけない。
だが奴は、俺の事を無視して進んで行く。
「サンドワームがくるぞー!」
後方の獣人達が悲鳴をあげる。
しまった……人間より、獣人の捕食優先順位の方が高かったのか……。
これでは俺が食われる時は、ルト達が全員食われた後だ。
どうする……どうする……。
俺の心臓は早鐘のように鳴り響き、脳内の血流を限界まで働かせようとする。
そして思考とは別に、両足は勝手に動いていた。
何が出来るかわからないが、サンドワームを全速力で追い掛ける。




