9
お義父さん、そう呼んだ方がいいのだろうか……。
藁っぽい植物のベッドの中で色々と考えを巡らせている内に、いつの間にか朝になっていた。
昨日は村長を含めた大人達に、サンドワームの事を話したりしてバタバタした事もあって、全然眠れなかった。
12歳のフィアンセが出来ました。そんな話、自分でも信じられない。
いや、そもそも獣人の成長速度は違うのだから、16歳辺りと見ていいのではないか。
……それでも犯罪臭が凄まじい。
でも、ルトはまだまだ子供だ。
そんな時期の馴れ合いで30歳の俺とフィアンセになるなんて、本人の幼さによる判断力の甘さもあるだろう。
ここはしっかり大人として、ルトが成人するまでは見守ってあげる優しいお兄さん枠でいよう。
ルトが大人になったら、たぶん俺の酷さに幻滅して、どこかの性格イケメンにもらわれてくれるだろう。
顔だけイケメンだった場合は全力で阻止するが。
よし、この考えをルトパパに伝えよう。
「てんせーしゃーん」
おっと、サンドワーム対策の爆薬の最終チェックもしなければ。
これは、空腹でも死なない俺がどこかで動けなくなった場合、半永久的に苦しむかもしれないと思い、廃墟となった街から唯一持ってきた武器になるものだ。
大きさはティッシュ箱くらいで、長めの導火線がついている。
他はほとんどが雷管で起爆するという方式だったが、素人の俺にはよくわからないし、もしもの時に使えないと思って消去法でこれになった。
これを下着にでも巻き付けてサンドワームに飲み込ませれば、腹の中から爆発して一撃だろう。
即死とまではいかなくても、腹の中を焼かれれば数日で死ぬ可能性は高い。
「てんせーしゃん、寝惚けてる……ていやっ」
ルトに水平空竹割りチョップを食らった。
ふふ、ういやつめ……。あれ、衝撃で俺の頭蓋骨が揺れて、ルトが分身して見える。
どうやらチョップが当たった瞬間、凄まじい衝撃で脳が揺さぶられ、脳震盪を起こしたらしい。
「ど、どうしよう……てんせーしゃんが口から泡を吹いてる……。うわああああ、ご、ごめんなさいいいぃぃぃぃ……」
よし、二度寝だ。きっとこれはただの二度寝だ。
俺の意識は深いところに落ちた。
違う! いや違う!
俺はハッとして目を開けた。
プロレスラー並の技を受けて気絶していたのだ。ルトの身体能力は常人を遥かに超えている。次にじゃれられたら、俺が秘孔を突かれて破裂していてもおかしくないレベルだ。
「あ、起きた! 起きたー!」
「う……?」
目の前にはルト。いや、俺が身体を投げ出して見上げるような格好になっている。そして柔らかい太股が頭に当たっている。
これを一言で表すのなら膝枕。ザ・ヒザマクラ。
たぶん、気絶した俺を看病してくれようとしたのだろう。
最高の気分だが、12歳の子にされていると思うと複雑だ。だが、身体は女子高生並の成長。
神よ! あなたは残酷だ!
あ、ここの神はショタ神だった。
「てんせーしゃん、ごめんね。パパ相手には、いつもこれで起こしてるんだけど……」
あのルトパパはこれを軽々受けるのか……恐るべし獣人族。
いや、もしかしたら超痛いが、娘からだから我慢しているのかもしれない。
「あ、それで起こしに来たのはね、外からお客がきたからなんだ」
俺は訝しげな表情を浮かべる。
外からの客? おかしい、この世界の人間は絶滅したはずだ。
いや、可能性はいくつかある。
一つは、ルト達と同じ様に生き残った獣人。この場合は喜ばしい事だ。
そして二つめは最悪のケース……。
「真っ黒い格好をした人間さんが二人、村長さんやパパ達と話してる」
ミトラを封印した黒い転生者達。
* * * * * * * *
俺は爆薬入りのバックパックを背負い、村長達がいるという広場を目指した。
ルトは事態の深刻さがわからないのか、いつもの通りに話しかけてきていた。
さっきの膝枕を見たルトパパは、何やらガッツポーズをしていたとか伝えてきた。
いつか本当にお義父さんと呼ばなければいけない日がきてしまうのだろうか……。
そんな話を聞いていると落ち着きを取り戻せた気がする。
もしかしたら、ただ服が黒いだけで、ミトラを封印した黒い転生者とは関わりがないのかもしれない。
そうだ、思い違いの可能性も高い。
「へ~、人間が滅びてからここで暮らしてきてたんですか」
広場に辿り着いた俺は、和やかな談笑が耳に入ってきていた。
人の良さそうな表情で、楽しそうに村長と話している黒ずくめの高校生くらいに見える少年。
それをつまらなさそうに眺める、スタイルの良い大学生くらいの年齢の黒ずくめの女性。
いきなり敵対行動を取るような相手ではない。これは平気かもしれない。
俺はそのまま歩いて近付いた。
すると、黒ずくめの少年はこちらを一瞥し──。
「おや、わずかだがエーテルがある……配置的に転生者かい、君は?」
バレてる。見抜かれてる。ここで、いいえと嘘をついても無駄だろう。
俺は、緊張しつつゆっくりとうなずいた。
ここでしくじれば終わる。その場合は、村人達と関係無いとアピールして一人で……。
「ふーん」
黒ずくめの女性は、少しだけ興味を持ったようにこちらの顔を値踏みしてくる。
「エリ、君の好みかい?」
「いいえ。パッとしないもの」
何かひどい事を言われた気がする。
よく見ると、黒ずくめの女性の方は、フードから見える顔に片眼だけのマスクをしている。
少年の方の特徴といえば、優しそうな爽やかイケメンというところだろうか。
「じゃあ、心置きなく殺せるね」
少年の顔は、炎のように苛烈な悪意へと変わった。
「なっ!?」
村人達は、その豹変ぶりにざわめいた。
だが、俺は覚悟していた。だから小さく祈った。
下手に反応して、俺以外の人達が巻き込まれないように。
「ヘルヘイムへ送られるんだ、折角だし名乗っておこう。僕は──野火のロギ」
「わ、私は……その……のエリ」
「んん? エリどうしたの?」
「だって恥ずかしいし……」
「あ、そうだったね。老齢のエリちゃ~ん」
「てっめ! その名前は私自身が歳食ってるように聞こえるから嫌だっつってんだろ!」
漫才をしているのだろうか。
意外と良い奴らで、頼めば俺以外は助けてくれるかもしれないな。
「て、てんせーしゃんは殺させない!」
ルトが俺の前に出て、両手を広げて精一杯の威嚇をする。
それは嬉しいけど、俺の望みじゃあない。
ルトを掴んで後ろへ引っ張ろうとした瞬間、野火のロギから信じられない一言が発せられた。
「あ、だいじょーぶ。本当は村人の信頼を勝ち取ってから、裏切って殺した方が楽しそうだったけど、その転生者と一緒に皆殺しにするから」
野火のロギは楽しそうにケラケラ笑った。
性格の悪さでいえば、俺となんて比べものにならないレベルらしい。
俺ですらガチの悪党プレイをするのはゲームでNPC相手にしたりするくらいだ。
頭で考えたり、フィクションでやるのと、実際に言葉にしたり実行するのは別物だ。
そしてこいつは、心底楽しんでいる狂った人殺しの顔をしている。
どうする、どうしたら村人達を、ルトを助けられる?
ミトラはいないし、一度封印されている。
爆薬もたぶんきかないだろう。
俺が精一杯挑発して引き寄せて、村人全員を逃がして……ダメだ。外にはサンドワームがいる。
また転生すればいいや。そんな事を考えられたのは、死ぬのが俺1人だったからだ。
他の誰かが死ぬのを止められなかったら一生後悔するだろう。
もし、目の前でルトが殺されてみろ。
自分を慕ってくれた12歳の子供の未来が完全に無くなってしまうなんて、そんな重責に堪えられるはずがない。
くそ! どうするんだよ女神様!
「ん? フギが飛んできたわよ」
一匹の大きな鳥が羽ばたき、老齢のエリの肩に止まった。
どこから飛んできたのだろう、その姿はいきなり現れたように見えた。
「なになに……え~今すぐ戻れってマジかよ。王様もタイミングわっるいなぁ」
水をかけられたように、テンションが鎮火したロギ。
助かった……のか?
「それじゃあ大急ぎで帰りますよっと。あ、そこの転生者。外にいたサンドワームにエーテルを込めて、ここを襲わせるようにしておいたから。後はがんばってね~。ばーいばーい」
野火のロギ、老齢のエリ、大きな鳥は淡い光に包まれた後に消え去ってしまった。
その直後、村の入り口から大きな破壊音と砂埃があがった。




