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アナザーワールドガイドブック前編

 30歳、男性、資格無し、フリーター。

 これが俺の社会的立場。

 いわゆる負け組というやつだ。


 趣味は本屋巡り。今日はラノベの良いのを見付けた。

 まぁ絵が気に入ったから買っただけの転生物だが。

 その帰り、余った小銭がポケットでうるさかったので募金箱に突っ込んだ。

 十数円だが、若干の優越感に浸ることも出来たし、募金箱を持っていた女の子も可愛かったので良しとしよう。

 何かジッと見られていた気がするけど、たぶん自意識過剰というやつだろう。

 こんな可愛い猫耳フードが似合う少女と知り合いだったら犯罪だ。

 特にイケメンでも何でもない俺が視線を感じるということは、大抵は良い事ではない。気にしないのが一番だ。


 日も落ちかけてきた交差点。

 ちらほらと近くの小学校から帰る児童達も見えてきた。

 俺もあんな時期あったな~と思いをふけらせながら、信号が青になったのを確認して道路を横断する。

 後ろから、一人の幼女が元気に走ってきて、道路の中央で転んでしまう。

 ここで駆け寄り声をかけたら、きっと事案発生だろうな、と内心で苦笑してしまう。

 すると突然、速度が上がりすぎて騒音を撒き散らしているトラックが幼女へと向かっていく。


「幼女が!?」


 このシチュエーション、何か既視感がある。

 だが、そんな事を考えている場合ではなかった。

 トラックはブレーキを踏む様子も、ハンドルを切る気配もなかった。

 この先、誰もが予想できる。


「幼女は守る!」


 ──かばって俺が死ぬという事は。

 死に際、トラックを運転していた子は美人だったのが見えたので、割と満足な人生だったかもしれない。


* * * * * * * *


「気が付きましたか」

「ここは……」


 現実感の薄い、光溢れる清潔な部屋。

 ああ、やっぱりと思った。


「えーっと、あなたは女神様?」

「はい、話が早くて助かります」


 目の前の美人さん。均整の取れたプロポーション、整った顔立ち、まるで彫刻や絵画の世界から飛び出してきたかのような白布の衣装。

 高額有料のコスプレ撮影会にでも行かない限り、こんな人物は見られな……あれ、何か違和感が。


「どこかでお会いしませんでしたか?」

「さっき、あなたをひき殺しましたよ」

「……」


 女神のスマイルは眩しかった。


「ごほん。えーっと、それっぽい書物を持っていたので、説明が色々と省けると思いあなたを選びました」

「死因はラノベ、恥ずかしすぎて死にたくなるんだけど」

「きっちり殺したから大丈夫じゃないですか」


 この女神狂ってる。


「それにカキンもしましたよね?」

「か、課金……?」

「ほら、箱に通貨を捧げたじゃないですか。オーディンだって、ミーミルの泉に眼球をカキンしてチートしましたし」


 もしかして募金箱に小銭を入れた事だろうか。

 神様の尺度だと、人の運命は随分と軽い物だ。


「というわけで、転生してチートしたい願望があると思って、あなたを選びました」

「そっすか……。別にアニメ見て、マンガ読んで、ラノベ楽しめれば結構良い人生だったんで……戻してくれませんか?」

「……というわけで、転生特典としてのチートは何にしますか? あ、これ一度言ってみたかったんですよ。神の間で流行ってて」


 こっちの事はお構いなしで、女神スマイルで話を続けてくる。RPGでいう強制イベントというやつだろうか。

 たぶん、この女神の性格がアレなだけに思えるが、イワシの頭も信心からと言うではないか。

 くだらないと思って接して機嫌を損ねたら、俺の来世は地中で死ぬセミか、カッコウに蹴落とされる卵だろう。


「はい、実は転生無双したかったんです」


 俺は、苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「まぁ、よかった! 私の眼に狂いは無かったのですね。これを元に異世界紀行アナザーワールドガイドブックを出版して、私の懐を潤す計画が実行できそうです」


 狂ってるよ、お前自身が狂ってるよ。

 誰も彼も転生したいなんて思ってはいな──。


「では、ハーレム転生はどうでしょうか。強力な魔法を使い放題でモテモテを目指してください」

「ハーレム!? 女体とか、そういうキーワードが出てくる肌色の絵の具だけが消費されていくアレですか!?」

「急に食い付きましたね……変態ですか」

「大丈夫! 幼女には手を出しません!」


 俄然やる気が出てきた。30歳童貞、転生先で春を謳歌できるのだ。

 女神様ありがとう。俺、幸せになるよ。


* * * * * * * *


 異世界に成人状態で転生して早1年。

 俺の強力な魔法は、瞬く間に大陸を支配した。

 後に異世界からの英雄伝説として語られた。


「ねぇ……転生者様……しよ?」


 現実世界で言えば、中学生くらいの子が迫ってきている。

 ここは王都の城内にある、王のための寝室。

 俺のプライベートルームだ。


「いや、わたくしめがお相手致します」


 この子は、お付きでいつも一緒にいてくれる高校生くらいの年頃だ。

 非常に礼儀正しいところと、俺に対する激情のギャップが萌えポイントなのだろう。


「ふふ、じゃあ、こっちと大人のプレイしましょうよ~」


 次に大学生くらいの歳の、いかにも年上といった甘えさせてくれそうなタイプ。

 いくらでも甘えさせてくれて、油断するとダメ人間になってしまいそうだ。


「もー、転生者様は、最初からずっとボクと一緒に戦ってきたんだから! 恋人の座は誰にも渡さないよ!」


 この子は、転生した瞬間にぶつかって、そこから運命めいたものに導かれてずっと一緒だった。

 少しボーイッシュだが良い奴だ。

 いや、かなりボーイッシュだ。

 あれ、ボーイッシュってなんだっけ……。

 違う! こいつら男だ!!


 俺は、この世界に長くいたため感覚が狂っていた。

 この世界、野郎しかいないのだ。ヤオイ穴という謎の器官で繁殖までするらしい。

 ホモ天国だ。

 あいにく俺は女の子が大好きだ、地獄だ。


「悪い、ちょっとトイレ」


 俺はトイレで自殺した。

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