表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気自鳴式復讐喜劇『デウスの合奏』  作者: しい武田
序章:オルゴール島の敵対者
3/14

三話

 《令嬢の棺》が納められた大時計塔地下祭壇は、オルゴールの研究機関、アンティキティラ学園の中心部であるにも関わらず、静まり返っていた。外の騒乱も届かない。自分の呼吸音すらうるさく感じる。ここだけは時間が止まっているかのようだ。

 目的の物はすぐに見つかった。最奥の台座に安置されたその函は、無数の歯車と蒸気管と送音線に繋がれている。

 あとは手筈通りに、木製の外箱を物理的に破壊し、内部を義手で調律。暴走させて自壊させる。急がなければ。時間がない。至近距離で《ウォーデンクリフの塔》の最大出力を叩き込んだが、それでも効果時間は持って三分といったところ。そろそろ、第三装甲合奏団以外の警備用オルゴールも到着するころだ。《水銀時計のレヴィアタン》の暴走が終われば、後の流れは想像するまでもない。

 受けた傷は決して無視出来るものではない。行動不能になる箇所の骨折こそないものの、打撲が全身にある。歩行の振動で伝わってくる痛みからして、アバラにも一部ヒビが入っている。


「――――っ!?」


 膝の力が抜け、バランスを崩す。遅れて、左脇腹から痛みの信号が到着した。見ると、防弾コートごと抉れ、そこから赤色が溢れている。戦いの最中、何処かで傷を負っていたようだが、心当たりが多過ぎて何処だか解らない。傷口に触れると、泥のように濁った血がべっとりと付着した。指の間で糸を引く血糊は、放置すれば命に関わると理解するに十分だ。痛みに現実感がない。三半規管が仕事を放棄し、真っ直ぐ立つことすら苦労する。油汗の滲んだ額がやけに冷たい。

 ふらつく足を叱咤し、《令嬢の棺》まで辿り着く。義手を振り上げ……。


「入ってますよー」

「あっはい」


 …………………………………………………………………………………………ん?

 義手を一度下し、俺は眉間を抑えた。幻聴まで聞こえてくるとは。しかも反射的に返答してしまった。いよいよもって限界が近付いたようだ。もう一度、拳を振りかぶる。


「あ、あの、入ってるんです!」

「入ってない」

「え、え!? いや、入っ……!」


 今度こそ、全力で《令嬢の棺》を殴りつける。《水銀時計のレヴィアタン》に通用しなかったといえ、戦闘用にチューンされた機械義手だ。木製の外箱は呆気無く四散する。そして……。


「……とてもダイナミックなセクハラですね、つっくん」


 思考がフリーズした。


(幻覚か? それとも、俺はもう死んでいたのか?)


 壊れた函の中で、亡くしたはずの“彼女”が横たわっていた。

何処か繊細で儚げな瞳。泣きぼくろ。上品で形のよい唇。セミロングの艶やかな黒髪。起伏があるとは言えないが、それでも女性的な裸体。振り下ろした拳は、彼女のコンプレックスだった控えめな胸を軽く歪ませている。

 少女の側頭部にはこぶし大のボルトが突き刺さっている。その胸の内から、十六鍵盤のノスタルジックな音楽が流れている。それは少女が人ではないことの動かぬ証拠だ。しかし、彼女が醸し出す雰囲気は、あまりにも……。


「……よう、姉……?」

「いいえ」


 俺は知っていた。この底冷えする声を聞いたが最期、自分の身に何が起こるかを。


「怒ったよう姉です」


 顎から鈍い音がして、俺の意識は闇に落ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ