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蒸気自鳴式復讐喜劇『デウスの合奏』  作者: しい武田
一章:不本意ながら転入生
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七話

 最初の衝撃が学園に響き渡った。大型輸送用多脚列車が、建造型を撥ね飛ばしたのだ。

 赤銅色の巨体が上下に分断された。下半身は店二軒を潰して倒れ、上半身は上空数百メートルを舞った。音からして、何処かに落ちたようだが、目で追う余裕はなかった。手すりにしがみつくのに必死だったからだ。二号は柵に思い切り顔面をぶつけていた。

 グラつく頭を振って立ち上がる。多脚列車は一度速度を落としたものの、再び加速を始めている。数キロ先には第二講義棟。衝突まで五分もない。大規模災害は目前だ。

 購買街のスピーカーからサイレンが鳴り響く。緊急、暴走、避難など、単語が微かに聞き取れる。聞こえたところでどうしようもない。俺の避難先はあの世だけだ。


「さあつっくん、暴走は明白ですよ。どうするのです!?」

「ドミンゴフーズはアメリカ人が社長だからな。ロスの日常を再現したんだろ。明日には訴訟だな」

「偏見の汚泥で現実逃避している場合ですか!」


 オルゴールは暴走する。それは世界の常識だ。しかし、対策は出来る。

 総重量1000tを超える大型オルゴールは、三機以上の合奏によって意思決定を行わせること、動作制御用オルゴールと蒸気圧制御用オルゴールは切り離した別機関とすることが、法律で義務付けられている。高信頼性と高信頼性の乗算。同時に暴走することなど、通常あり得ない。


「……天文学的確率だ」

「悪い星の下に生まれたのですよ。キミも、ボクも」

「……仮に暴走だとしても、処分は学園警備隊の領分だ」

「あと五分は授業中です。それに、ボク達以外の誰に止められるのです?」


 現状を解決する手段は二つ。一つは多客列車を物理的に解体すること。しかし、圧力系に一切傷を付けずに、全長二百メートルを超える巨体を解体し切るなど、マルティナクラスの演奏者が万全の状態でも出来るかどうか。少なくとも、設計書を読み込ませる必要はある。

 もう一つは、行動を統合管理するオルゴールを修繕し、正常な圧力制御をさせること。だが、これも不可能だ。超複雑系である大規模オルゴール三機を、僅か数分で修繕出来る音子技術者など、世界中駆け回っても片手もいまい。

 そう、不可能なのだ。学園の人間には。もし、それを為し得る者がいるとすれば、音子ならざる技術を使う人間だ。オルゴールの意識を奪う人間。《ウォーデンクリフの塔》の使い手。つまり、俺だけだ。

 三机詰は復讐者だ。音子文明の敵対者だ。碩学になる夢など捨てた。学園は憎むべき敵の総本山だ。だが……。


『転入ついでに自爆テロか、テスラの怨霊ォ! 列車を止めろ! そして脇を嗅げェ!』


 下で馬鹿が喚いている。

 胸の内で、地平線の彼方まで響く舌打ちをして、マイクを手に取る。


『なら、お前は指をくわえろ』

『き、貴様、女を捨てた私にセクシーを注文だと!?』

『助けてやるから指くわえて見てろ』

『……………………何を言っている。正気か?』


 どうだろうな。俺は施錠された扉を義手で殴り飛ばし、多客列車内部に駆け込んだ。

 扉の先はだだっ広い倉庫の一角だった。8m×8m×20mサイズのコンテナが整然と積み重なっている。迷路という程複雑ではないが、身を隠す場所は多い。

 普段は静かな空間なのだろうが、今は鉄のジャングル状態だ。呻き声のような金属の軋みがあちこちで木霊している。流れる旋律はどれも不安定なリズムだ。にわかに信じ難いが、まともなオルゴールは一台も残っていないと考えるべきだ。


「つっくん、中央管理オルゴールは一つ前の車輌です。お隣に向かいましょう」

「根拠はあるのか」

「その列車だけ、お腹が少し膨らんでいました。響きを考えた構造です」

「……気付かなかったな」

「お姉さんは天才作曲家で、天才オルゴール職人ですよ? お姉さんを侮る無かれ。あ! 姉どる無かれです」

「フザケている場合か。いい加減にしろ」

「キミに言われると納得いかないのですが……」


 二号を信用する気はサラサラ無いが、理屈は正しい。他に手掛りもない。従う他ない。

 コンテナの影から辺りを伺う。赤く光る単眼が獲物を探し、徘徊している。

敵は大別して四種類。

 単眼二脚型の物資運搬用オルゴールが六機、車両型の物資運搬用オルゴール一機、球型の警備用オルゴールが四機。そして、甲冑型の軍事用オルゴールが一機。甲冑型はお馴染みのガトリング砲を掴んでいる。ドミンゴ社のチーズがやたら穴だらけな理由が解った。

 視認は出来ないが、倉庫の奥、いくつかコンテナを超えた先には、同数かそれ以上の暴走オルゴールが待っているだろう。また、天井からは物資運搬用のクレーンが四本垂れ下がっている。挙動からして、あれも暴走中だ。

 列車の制動距離を鑑みると、残り時間は三分ない。迂回ルートはない。隠密行動は時間がかかり過ぎる。正面突破一択だ。敵の練度は第三装甲合奏団と比べて三枚落ちだが、俺にはバイクがない。装備もない。あるのは、どうしようもない苛立ちだけだ。


「厄介ですね……。急いで作戦を立てましょう」

「プランBだ」

「B?」

「ボコる」


 これ以上、隠れてやるのも、構えてやるのも馬鹿馬鹿しい。無造作にコンテナの影から出る。紅色に発光する単眼六つが一斉に振り向いた。

 人の逃げ道塞いどいて赤い目しやがって。泣きたいのはこっちだ。


「つ、つっくん、危ないです! プランBはバカのBです! きちんとした作戦を! と言うか、ボクの演奏を!」

「お前、武器でもあるのか」

「え、えと、笑顔?」

「足手まといだ。肥溜めに微笑め」

「ひ、酷いです! 意味はよく解らないですけど、酷さだけが伝わります!」


 始めに仕掛けてきたのは、単眼で二脚の運搬用オルゴールだ。トン単位の荷物を持ち上げる脚で走り、拳を振り上げる……が、遅い。首を曲げて拳を躱す。義手を握る。オルゴールの顎に、鋭角なカウンターを入れる。首を260度捻った単眼二脚は、二三歩後退り、木箱を押し潰して倒れた。床にトマト缶が散乱する。拾い上げてみると、大男に掴まれた人面トマトのデフォルメイラストが描かれていた。無表情に見えて、なんとも言えない悲哀を感じさせる。コイツが握り潰されて梱包されたらしい。俺の末路か。


「……何の悪夢だ、これは」


 缶を握り潰し、突進して来た車両型のカメラに投げつける。視界を奪われた車は、そのまま単眼二脚一体を撥ね飛ばし、コンテナに突っ込んだ。


「どうして!」


 前方から単眼二脚が鉄骨を振り回して襲い来る。右からはクレーンのフック。どちらが当たっても肉が弾ける。……が、だからなんだ。寝転ぶように鉄骨を躱し、単眼二脚の股ぐらを蹴り上げる。フックが単眼二脚の腹部を貫く。


「俺が!」


 床に落ちた鉄骨を掴み、走る。立ち塞がる単眼二脚四体。一体の腕を鉄骨ではたき落とし、一体の滑り込みを跳んで躱し、一体はごく普通に無視して、真正面から体当たりしてきた運搬用の単眼に鉄骨を突き刺す。義手の蒸気噴射を利用し、棒高跳びの要領で飛ぶ。


「学園の為に!」


 高さ15メートルのコンテナ上に着地する。鈍重な単眼二脚、車輌型は撒いたが、安心は出来ない。

 コンテナの上には、直径五十センチ程の球体が四つ転がっていた。六本の小型アームを生やした球型警備用オルゴールだ。一見非力だが、アームの先から暴徒鎮圧用の神経毒を発射する。捕まれば一巻の終わりだ。

 それは球状の体とアームを活かし、右に跳ねたと思えば左に転がり、攻めに来たと思えば急にバックする。抜群の敏捷性だ。変則的で挙動の予測がつかない。……音を読まなければ、の話だが。

 無意味なフェイントをかけ続ける球型一体を鉄骨でヒットする。打ち上げた球型はそのまま、左斜め前方でガトリング砲を構える甲冑型に直撃した。ピッチャーフライだ。ピッチャーの定義はどうでもいい。

 続いて現れた球型オルゴールを蹴り飛ばし、義手からワイヤーを発射。体勢を崩した甲冑型の首に巻き付ける。


「こんな真似を!」


 第一圧力弁、解放。調律開始。

 青白い光が倉庫を照らす。ワイヤーを伝い、稲妻が甲冑型の演奏を侵食する。

 ガトリング砲が唸り、暴走オルゴール達を次々と蜂の巣にしていく。物陰に隠れていた二号が、悲鳴を上げて頭を抱える。コンテナ数箱が巻き添えを喰い、生鮮食品や缶詰の数々がぶちまけられる。食べ残しを混ぜあわせたスープの臭いが立ち込める。

 ……思い出した。以前ドミンゴのフルーツ缶を買った時、中に虫が入っていたことがあった。その上クレーム入れたら『作業機械のバグのようだね。バグだけにね! HAHAHA!』とかつまらんジョークをかまされた。だからアメ公の飯屋は嫌いなんだ。益々腹が立ってきた。


「お、落ち着いてください! クール大事、冷静にですよ!? あと、無表情でキレるの怖いです!」

「黙れ! 俺こそ冷静だ! 冷静の凝固体だ! その上表情豊かだ!」

「そうは見えませんが!?」


 制御を奪った甲冑型は、五機の単眼二脚と車両型一台を蜂の巣にしたところで、クレーンに殴られ、首を飛ばされた。

 俺は次々と仲間を呼ぶ球型を鉄骨でいなしつつ、コンテナ上を飛び移って更に奥へ。扉まであと十五メートルのところで、コンテナの道が途切れる。

 足元を覗くと、単眼二脚が十一機。群れをなして解体ショーの開催を待ち受けている。管理室に続く扉の手前には、番人を勤める甲冑型。ガトリング砲の砲塔を持ち上げている。義手の蒸気残量は29%。先の事を考えると、第二圧力弁までの解放は一発が限界だ。第一圧力弁も連発は出来ない。

 俺を囲む球型オルゴールの数は、既に十を超えていた。コイツら、一体誰の許可で丸くなったんだ。ふざけた形状だ。丸みのない女の事を考えたことがないのか? よう姉に謝れ。


「今失礼なことを思いませんでしたか!」


 ガトリング砲の空転音が聞こえた。狙いを定められたが最後、トマト缶の仲間入りだ。迷う暇はない。コンテナから飛び降りる。鉄骨を投擲し、車両型一台を串刺しにする。単眼二脚の肩に飛び乗る。カメラレンズを踏みつけ、叩き割る。闇雲に振り回される拳をバク転で躱し、球型一機をサマーソルトで蹴り飛ばす。

 単眼二脚の股を潜り、突進する車両型を飛び越える。暴走オルゴールの間を縫って立ち回り、ガトリング砲の射線に盾を常備する。


「つっくん、上です!」


 足元に広がる影。顔を上げる。頭上に薄緑の直方体。8m×8m×20m。食料品用コンテナだ。クレーンが持ちあげたのか。質量は判断がつかないが、例え中身が綿菓子だったとしても、コンテナの重みだけで即死出来る。前後左右何処を向いても赤い単眼。逃げ出しても蜂の巣。が、だからどうした。

 掴みかかってきた単眼二脚の腕を潜り、首筋の送音線に右中指を突き刺す。


「手を貸せ、デカブツ」


 第一圧力弁、三分解放。

 義手の指先が微かに光る。電流が送音線を伝い、演奏を浸食する。調律開始。異音鎮圧。ターゲット変更。耐久テストモード起動。燃料配管リミット解除。内燃機関出力230%。右腕部圧力弁閉鎖。左腕部全圧力弁強制解放。

 赤い眼を明滅させ、単眼二脚が痙攣する。背中の零細蒸気管一つが破裂し、甲高い悲鳴を上げる。


「打て」


 落下するコンテナ。迎え撃つアッパーカット。激突する重力と圧力。軍配は後者に上がった。内容物の調味料をまき散らし、コンテナが跳ね上がる。その軌道はコンマ数秒で落下に転じ、甲冑型に直撃する。大したダメージにはならないだろうが、一時的に行動は封じた。十分だ。

 潰れたコンテナから紫色のジュースが滝のように溢れだす。それは潰れたトマトや缶詰の中身やらと混ざり合い、たちまち倉庫中を毒々しい原色で埋め尽くした。

 密集したオルゴール。通電性の液体。条件は整った。

 第一圧力弁、解放。

 重いトルクが骨を揺らす。

 第二圧力弁、解放。

 皮膚がチリ付き、毛が逆立つ。義手が青い稲妻を纏う。


「か、感電っ! 感電しちゃいまっ!」

「1.1アンペアまでなら問題ない。訓練はした」

「ボクはしてな……っ!」


 倉庫全体が青白く発光した。



 中央車輌は二階構造になっていた。上段は乗組員の居住区だ。看板の指示に従って階段を降りると、下段は一部屋丸ごとオルゴールになっていた。床面は教室一つ分程度の広さだが、上に長い。天井まで二十メートル以上ある。前方と左右の壁にはパイプオルガン型の1024枚歯巨大鍵盤三台が取り付けられていた。それぞれ、ドラム缶サイズのシリンダーが一本ずつ組み込まれている。それらが放つ水色のオーロラ光が、唯一の光源だ。三つのオルゴールが協調して意思決定を行うことで、暴走の可能性を極限まで落とす構造なのだが、今は全てが狂っている。

 微かな灯りに照らされる場所で、作業服やスーツを着た男達が祈っていた。膝をつき、胸元で手を組み、天を仰いでいる。歯軋りは聞こえるが、意味のある単語を発する者は居ない。


「みなさん! 神頼みはお終いです! つっくん頼みのお時間ですよ! 祈るのならつっくんに……!?」


 二号が手前の男に駆け寄り、肩に手をかける。振り返った男は、赤い一つ目をしていた。


「ひゃっ!?」


 整備用オルゴールだ。人間ではない。胸元で組んでいるのも、四本指のマニピュレータだ。

 暴走オルゴールの曲調が激しくなり、オーロラ光が明度を増す。二号が小さく悲鳴を上げる。足元に服を剥ぎ取られた男の遺体が転がっていたのだ。目を凝らせば、遺体は一つではない。頭部を潰された者、首を締められた者、腹を撃たれた者、バラバラに引き裂かれた者……。状態は様々だが、恐らく十三名。祈る暴走オルゴールと同じ数だ。単なる逃げ遅れか。最期まで職務を全うした英雄か。


「ぶ、不気味ですが、急ぎましょう! ブレーキ用圧力弁の手動開閉はボクがやります。キミは調律を……って、聞いているのですか!? 怖がっている場合ではありませんよ!」


 左腕に鳥肌が立っている。気圧されているのではない。死体は見慣れている。暴走オルゴールにも興味はない。祈るオルゴール人形の異様さは肌で感じるが、些細なことだ。どうでもいい。それよりも。


「……どう、して……」


『ボクは香箱ようこ。いずれ、この街を作曲する天才お姉さんですよ』


 あの日、よう姉はそう言った。俺は《街の唄》を解き明かし、よう姉の曲で街を満たすと誓った。だから、よう姉は時折二人の為だけに曲を書いてくれた。街を唄うに相応しい曲を。

 三台のオルガンを主旋律として、パイプの破裂音、ギアの軋む音が混ざり合う。狂ったオルゴール達の奏でる音が協調し、一つのメロディーとなる。

 ……聞き間違えるはずがない。よう姉の曲だ。俺達、二人だけの曲だ。


「つ、つっくん! 後ろ!」


 振り返ると、甲冑型がガトリング砲を構えていた。紅色に光るカメラは、怒りと嘆きに満ちて見える。

 稼動音は聞こえていたはずなのに、気付けなかった。曲の一部として聴き入ってしまったのか。

 殺される。逃げろ。躱せ。

 理性が訴える。しかし、身動きが取れない。腕が、脚が、全身の力が抜けている。意識が音楽に吸い込まれて、離れられない。

 もう、間に合わない。

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