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ミシュラン

作者: 黒猫酔いすけ

このお話はあくまでもフィクション…で…未成年は飲酒してはいけません。法律でそう定められています。守りましょうね。

 4月も半ばを過ぎ、桜も葉桜になると思い出す事がある。

もう何年前になるだろう?


 あれは…大学に入って直ぐの事だ。大学にも一応学籍番号順のク

ラスらしきものが有り、その親睦を深めると言う意味合いも込めて、

飲み会をすることになった。


 ある花の金曜日の夜、大学に近い大手飲み屋のチェーン店で、そ

の飲み会は開かれた。僕の隣には、学籍番号が僕の次の奴が座った。

 そいつは見るからに色白の優男で大人しく、これまで彼が口を開

いたのを見た事がなかった位だった。ただ、同じ出身高校の奴から

(そいつは付属高校から来ていた)「ミシュラン」と呼ばれていた

ので、食通なのか? と変な尊敬と憧れにも似た感情を抱いていた

のも事実だった。

 そう、田舎から都会の大学に入学したばかりの、自分の様な者に

してみたら当然だ。ミシュラン星付きの料理店はおろか、外食も殆

どした事が無かったのだから。こいつは相当のボンボンで、普段か

ら美食をしているのだろうと勝手な想像していたのである。


 我々は殆どが十八歳ではあったが最初はビール、と言う事で乾杯

をする事になった。当然、未成年なのだが、当時は大学生になれば

ある程度はKOと言う風潮もあったのだ。

「じゃ、とりあえず、よろしくというコトで。乾杯!」

 ビールを飲むのは初めてではなかったがまだその旨さも分らなか

った僕は、ええい、とばかりにコップに注がれた黄金色の泡立つ液

体を一気飲みした。隣に座っていたミシュランが僕を見て「やるね」

とにっこり笑った。え? こいつ、こんな風に笑って喋るんだと不

思議に思った事を覚えている。


 酒が進むにつれ、場はリラックスしたムードに包まれ、飲む酒も

ビールからチュウハイやウイスキー、果ては日本酒(といっても合

成酒だろうが)になっていった。所謂ちゃんぽんである。ちゃんぽ

んは悪酔いするというのは話には聞いてはいたが、お酒を飲み慣れ

ていない当時の僕らには真実味の無い、概念のひとつに過ぎなかっ

た。しかし現実は現実。僕も相当酔っていたと思う。

 ほどよく酔った皆も自分の席を離れ、思い思いの場所で、飲みな

がら好きな話に花を咲かせている。

 そんな時だった。


「おい! お前、アイツには気をつけろよ!」

 ポンと肩を叩かれ

「それじゃお先に」

と、その場から逃げる様に離れていった者がいた。後姿からミシュ

ランと同じ付属高校出身の奴だと分った。アイツ? 今ミシュラン

の方を見てそう言ったのか? 酔いの回ったスッキリしない頭でそ

う考えていた僕は、次の瞬間わが目を疑う事になるのである。


 ガシャーン! というコップの割れる激しい音がしたと思ったら、

まだ料理が載っているテーブルの上で、一糸纏わぬ裸の男が仁王立

ちしていたのである。

 きゃー! 女の子達は喚き出し、残りの男達は正反対に、無言で

彼の行動をただ見ていた。人は自分の想像外の出来事が目の前に展

開すると、どうやら無口になるらしい。


 ミシュランは割り箸を二本口に咥え、鼻からも二本出し、おまけ

に尻からも三本(ここは敢えて二本ではない処に彼のユーモアを感

じるのだが)出して、激しく腰を振りがら叫んだのである。

「ふざけんな!」


 えええ? 滅相もありません。ふざけてなんかいませんよ、どち

らかと言えばふざけてるのは貴方ですよね? という事は当然言え

るはずも無く、お店のスタッフが騒ぎを聞きつけてミシュランを止

めようと数人集まった処まではまだ良かった。

 ミシュランは普段からは考えられない素早さで逃げ回り、おまけ

に捕まえようとしたスタッフを投げ飛ばしたのである! テーブル

は倒れ、お皿やコップは割れ、スタッフは流血していた。


 その後の事は記憶があやふやである。人間は記憶から消去したい

ものを上手くそのように処理するらしいとは聞いてはいたが、それ

はどうも事実のようである。

 後から聞いた話だと、後れてきたクラスの担任に当たる助教が拝

み倒し、警察沙汰だけは許してもらったらしい。ただ、その店は当

分の間、我が大学の生徒は出入り禁止になった。


「おまえらさ、あの後、酷い目にあったらしいな」

 土日を挟んで三日ぶりに会った、あの時先に帰った付属高校出身

の奴がニヤニヤ笑いながらそう言った。次の授業の移動の間の事だ。

「アイツ酒乱だからな。普段は居るか居ないか分らない位に大人し

いくせによ」

「ええ?」

「アイツの渾名知ってるだろ? ミシュランって。普段は大人しい

し、酒乱じゃないみたいだから未・酒乱でミシュランって言うんだ

ぜ? 俺らも随分奴には酷い目にあってだな」

「ミシュランって、あの三ツ星のじゃなくて 未・酒乱かよ!」


 次の授業はクラス別に受ける英語の授業だった。三日ぶりに見る

ミシュランは、黙って教室に入るとみんなの前で深々と頭を下げて

「申し訳なかった」

と、蚊の鳴く様な、聞こえるか聞こえないか位の声でそう言った。

僕達はただ

「お、おう…」

と言うのが精一杯であった。女子達は立腹してると思いきや、概ね

彼に同情的で、

「いいのよ」「ミシュラン君って意外性あるわね」

などとかえって人気者になったのである。


 授業の始まる直前、何事も無かったかのようにミシュランは僕の

隣に座った。相変わらずの大人しい、優男のミシュランである。そ

の姿を見ていると、あの晩の出来事は幻だったのか? とさえ思え

るのだ。


 そんな僕の視線を感じたのか、ミシュランが僕の方を振り向き、

「~クン、君、お酒好きなんでしょ? 今度一緒に飲みに行こう

よ?」


 そう言って恥ずかしそうに笑ったミシュランの鼻には、割り箸で

出来たであろう切り傷が二箇所、ほんのりと赤く、あれは事実だっ

たんだよ、と主張しているのであった。


 

お酒は二十歳になってから! ね? 

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