2年目と3年目
次の年
あの町に派遣される事となった時、あの神殿騎士様がいらっしゃるなら、私はご遠慮した方がいいかなと思い引率を辞退し、別の町に行こうと思っていたのですが
「ご指名……ですか?」
「えぇ、上級神官。是非いらして下さいとのお言葉よ。いってらっしゃいな」
神官長様からの驚きの言葉。神殿騎士様が代わったのかなと思って聞いてみたところ、代わっていない……まぁ、確かにまだ若いひとだったし。どうせ祭りの間だけだし、慣れている人の方が説明が楽でいいからよね?と、自分の中で結論を出した……
のだが
「……ドアを開ける練習もなさった方がいいですよ」
「…………すいません」
またもや、かの神殿騎士様を踏んづけている私
たしかに降りる際、町民のどよめきが聞こえた。何かあったのかと急いで足を踏み出したのがいけなかったのだろう、去年と同じミスをした神殿騎士様は、去年と同じように倒れこみ、去年と同じように以下略。町民の総ツッコミの中、背中に私の足跡を飾っていた
「どうして私をご指名したのでしょうか?」
「はい、あなたが良かったからです」
なるほど、説明が楽だからと言う私の考えは正しかったようです。滞在先も儀式の手順も去年と同じ、実は派遣メンバーも全く一緒だったりします
「あぁ、もう勝手知ったるってヤツですよね~、おねえさま」
「じゃあ、ベッドも前と同じでいいわよね!!」
「え~、私端っこがいいわ。くじ引きし直ししましょうよ!!」
1年たってもにぎやかな乙女達です、でも葡萄の乙女はその方がいい
「先生は祝詞を唱えないのでしょうか?」
「何時の間に私は『先生』になったのでしょうか。……今はしません」
「唱えてはいけない……という訳ではないのですね?」
「神官ですから。祝詞を口にしてはいけなくなったら、死ぬだけですわ」
神殿騎士様は私を軽蔑したのではなかったのかしら?すごく気さくに話しかけられたので、この方は神官の事を勉強したいのかもしれないと思い、さらに言葉を続けます
「上級神官は『愛と豊穣の神の乙女』であることが前提です。魔法属性が無ければ中級神官までしか上がれません、この国の『上級神官』位は誰もが賜れるものではありません。逆に言えば、魔法属性さえあれば信仰心が無くとも上級神官となれるのです」
「そう……なのですか?魔法属性を持っていて、信仰心の厚いかたがなれるのかと思っていました」
「極端な説明になってしまえば、そうです。ただ、魔法属性を持っていれば、おのずと信仰心も厚くなりますよ。だってそのお力が示されているのですから」
ここまで神の力が感じられる世界で、あえて背こうと言う人も少ないと思うのですが。神殿騎士様はまた眉間にしわを刻んで、しばし考え込んで
「先生はすでに乙女ではないとおっしゃいました。信仰心厚い上級神官であるはずのまだ年若い美しいあなたが、何故力を失うほどの恋をしたのに……お相手はどうしたのですか?俺には信じられません……」
「馬鹿だったのですよ。私は神殿育ちで葡萄の事しか頭にない、思慮浅い愚かな乙女だったので……」
話の途中で、急に腕をつかまれました
あぁ、神殿騎士様が怒っていらっしゃる……本当に愚かな私。適当に話を流せばよかったのに、つい思っていることを口に出してしまった。神聖な儀式を控えているのに、なんてはしたない事をしてしまったのだろう。恥ずかしいわ
神殿騎士様から顔をそむけながら、私はさらに告げる
「ですから、来年は私を呼ばないことをおすすめします」
不快な思いをさせるのは本意ではないけれど、どうしてここまでしゃべってしまったのだろう。多分、神殿騎士様が優しい良い人だからだろう。胸の奥の痛みに気付かないふりをして、儀式を終えた。
さらに次の年
「……どうして」
「神殿は危険な段差が多いのですね」
祭りが近づいていたある日、今年もあの町からご指名をいただいてしまった。今回こそは丁寧にお断りの手紙を差し上げ、私の代わりに素晴らしい上級神官が行き自ら儀式を行ってくれるとしたためた
なのに、神殿騎士様は何故か神殿で私に踏まれていた……
またもや背に私の足跡を飾りながら、応接間のソファーに私と向かい合って座っている神殿騎士様。なにゆえ、どうしてこうなるのだろう?まさか、考えたくないけどMの人なのだろうか、年に1回踏まれないと気が済まないとか
「ぜひ別の方に踏んでもらってくださいませ」
「は?」
「…………違いますの?」
「違います」
そりゃそうだ、私に踏んでもらいたいからと言う理由だけで神殿まで来る訳が無い……では何故?
「先生は何かご用があるのでしょうか?」
「お勤めはありますよ」
腐っても上級神官ですから
「……わが町に来られないほどのご用なんでしょうか?」
「……」
そっちか。ここまで来て理由を問うなんて、どれだけ執念深い。いやいや、説明を面倒くさがるひとではない様に、見受けられるのだけど。3人乙女が一緒なのに、引率の女が代わるのを私の傷にしたくない……とか?もう充分に傷モノなのですから、気にしなくていいのに。真摯な方なのだろう、そういう事にしておこう怖いから
「ずいぶんと昔の話になります、私は愚かな乙女でした」
私は神殿騎士様に、こう語りだします
葡萄栽培とは関係のない村に生まれたため、神殿で神官修行をしながら、葡萄栽培をする町へと預けられることになりました。そして年頃となり、その町の町長の息子と恋に落ちた気になっていました、純潔を捧げるほどに。しかし彼の方々は私の『血』が欲しかったようです。ギフトはまれに血族に多く現れる事があるそうで、彼の方は自分達専用の『葡萄の乙女』が欲しかったのでしょう。そしてあわよくば増やしたかったのでしょう
「ここまで理解していただけましたか?」
「……はい」
「馬鹿馬鹿しい話で恐縮ですか、破局は早かったです。何度目かの閨での戯言、自分達の間の子供なら『葡萄の乙女』になるだろうねと言われたので、正直になりません、と答えました。私の親戚に乙女はいませんでしたし、実際そのような事例は農業系ギフトでは前例がありません。だから切り捨てられました」
最初から好みじゃない、美しくもなく具合も良くない、頭が固い神官を妻になどしたくない、乙女が生まれないのなら無駄だ……と言われましたが、さすがにそんな事は神殿騎士様には言いません。見目麗しかった彼は、同じように見目麗しく艶やかな女性とお付き合いされていたようです。二股というか最初からあちらが本命
それから一気に冷めてしまいました。頑固で冷ややかな元『愛と豊穣の神の乙女』は、能力を著しく低下させたまま神殿へ居座っています、それが今の私
「……ご用が無ければ、是非わが町へお越しください。誰が何と言おうと俺はあなたを待っています」
そう言ってお帰りになった神殿騎士様。心配なされた神官長に大まかなやり取りをお話し、……やはり私は町へは行けないと言いました。いつも引率していた3人の乙女達も、一緒に行きたいと言ってくれましたが、いってらっしゃいと送り出しました。何故か涙がこぼれてしまったのは、多分気のせいでしょう
祭りが終わって数日後、私宛に神殿騎士様から小包が届きました。中身保護の魔法がかけられた長細い小包、開けてみると想像通り1本のワインが手紙と共に入っていました
『一昨年仕込んだワインです。『葡萄の乙女』が自ら行う『熟成』は、良いワインを育てると言います。俺は是非あなたのワインが飲みたい。どうかそれを持って来年の祭りに来て下さい。待っています、心から』
……能力の低くなった乙女のワインを望むなんて、馬鹿な人だわ。ワインを抱きしめながら、またもや涙がこぼれてしまったのは、目に埃が入ったからに違いないでしょう。