1年目の葡萄の乙女と
近くて遠い4つの世界のお話
世界の始まりはスープ皿に満たされた粘度のある命の水
天から落ちた滴りが水面を押し出し、それは王冠へ、王冠から神へと変化し
波紋は大地となった
波紋から成った大地は、大きな大きな輪の形をしていて
それを四柱の王冠の女神達が、それぞれ守護している
これはそんな世界の《3の国》の話
忠誠と深秘の国、王を頂点とした国
王族・貴族・騎士・魔法使い・神官・庶民が生きる国
《3の国》といっても、さらにいくつかの国に分かれていて、そのなかでも5番目を自負するのんびりとした国が私の住む国です。ビリではないと思います
農業国としてのんびり作物を作り、家畜を飼う。わが国の食べ物は上質で美味しいと評判で、休暇を楽しむために旅行客がやってくるくらいで、特に争いもないゆったりとした国なのです
軍隊が無いので国力としては低い順位をつけられそうですが、特に困ってもいません。あ、自警団は一応あります。羊が迷子になった時の捜索要員とか、刈り入れのお手伝い要員とか……自警団の仕事じゃない?わが国では昔からそうなのですよ
私はそんなのんびりとした国の『愛と豊穣の神の乙女』……いわゆる神官をしています。特に農業系ギフトを持った者は上級神官として、国と民に奉仕するのです
ギフトとは女神様が贈って下さる魔法属性。わが国では農業系ギフトを授かる人が、他の国に比べて多いのが特徴です。私のギフトは『葡萄の乙女』、その証の赤葡萄色の瞳を持ち、神に祈り感謝をし葡萄を踏みまくると、上質のワインが出来上がる……かもしれないギフトです
もちろん大事にお世話をしなければ、いいものはできません。でも、心を込めてお世話をすれば、必ず芳醇なワインが出来るのです。そのきっかけとなる葡萄を踏んで祈りをささげる『葡萄の乙女』達のまとめ役をするのが私の上級神官としての務め……なのですが
「私、あなたを踏むための神官ではないのですよ?」
「俺も踏まれるためにきたわけではないのですが……」
『葡萄の乙女』、現在男の方を踏んでいます
私の足の下には神殿騎士様、町での世話役となる方で他国のような戦闘に従事する騎士様とは違います。なんちゃって騎士……なんて言ったら怒られるかもしれませんが、剣術を修めている人は少ないそうです
その神殿騎士様が、私達の乗った馬車のドアを開けてくれたのはいいのだけど、緊張していたのでしょうか、普通は蝶番のある方に立ちドアを開けるのに、何故か開く方に立って開けた彼。しかも取っ手から手を離さないまま、勢いよく倒れこみ……私に踏まれるという事態に
「失礼しました、今回が初めての神殿騎士のお勤めだったもので……」
「ケガが無くてなによりです」
背中に足跡がありますけど
私の後から『葡萄の乙女』が3人。私よりも年若い、まさしく乙女な彼女達。飛び切りの笑顔で町民たちにサービス、周りで歓迎してくれていた町民からは歓声が上がります。神殿騎士様に案内され、祭りの間お世話になる町長の屋敷へと案内されました
ひとまず腰を落ち着かせ、日程の確認。若い娘はちやほやされて羽目を外さないよう、お小言を添えて
「町の見学もできないのですか~、おねえさま?」
「案内人が付けば可能ですが、夜間は駄目」
「つまんな~い!!」
「遊びに来たのではないのです、『愛と豊穣の神の乙女』として身をわきまえなさいな」
わきまえないと私の様になってしまうわよ、なんて、さすがにそこまでは言いませんけど。彼女達もわかっているのでしょう、小さくブーブー言っていますが、おとなしくお茶とお菓子をいただいています
「見事な葡萄です、これなら良いワインが出来るのではないでしょうか?」
祭り会場には大きな桶が搬入され、麻袋がかかっている。清めの泉で足を清めた乙女が、神殿騎士様に横抱きにされ会場である広場まで走る、桶に腰掛け神殿騎士様の手を取り祝詞を唱えながら足を踏み出す……これが正式な儀式
この町は祭りの規模が大きいので、清めの泉からバケツリレーで汲んだ清水を、魔術師でもある私の聖別魔法でさらに純化し『仮の泉』とする事となっています。3人の乙女達が手を取り輪となって、祝詞を唱えながらクルクル踏むという形式
私は不参加、何故なら……乙女ではないから
『愛と豊穣の神の乙女』は乙女である事が1番魔法属性を高める状態なので、乙女でないものは能力が格段に下がってしまう。だからといって一生結婚しませんという訳ではない、能力が下がるだけでなくなってしまったという人はめったにいない。その後は人間の努力次第で、良くも悪くも出来るものです
「『葡萄の乙女』は女教師のような格好なのですね」
神殿騎士様は私だけ違う服を着ていることに疑問を持ったらしい、まさか能力が強いから違う服を着ているとか誤解されるのも嫌なので、軽く説明をしておきましょうか
「私は『葡萄の乙女』ですが、乙女ではないので」
「……え?どういう意味ですか?」
「そのままの意味です」
「あ、あぁ……既婚者という事ですね!!」
「いいえ、未婚で乙女ではない……意味解りますよね?」
目を驚きで丸くして口が開いている状態の神殿騎士様。折角の端正な顔立ちが残念になっていますよ?
「付き合っている方が、あ、婚約者がいるという事で……」
「いません」
「…………そ、そうですか」
こんな馬鹿な乙女は一人でいいのですよ、そう言うと神殿騎士様は眉間にしわを刻み考え込んだ。そう、お勤めを疎かにしたつもりはないけれど、思慮が浅かった若い頃(今も若いのだけど)、処女を失って魔法属性まで弱めてしまって、それでも神にすがることしかできなかった、愚かな私。軽蔑されるのも仕方のないことです
「えぇ、良く仕上がっていますね。しかし、少し音程がずれましたよ?最初の祝詞だけは正確にゆっくりと。後は流れで、盛り上げていきましょう」
「はい、おねえさま!!」
「で、おねえさま。先程は神殿騎士様と何の話を?」
「凄く気になります、気になって音程が外れるほど!!」
どうやら追加の練習がしたいようですね、と問いかけると、蜘蛛の子を散らすように走り去って行ってしまった。本番は明日、今年も良いワインが出来ることをお祈りいたします。