攻略対象だからって無条件に好意向けられると思ってんじゃないわよ
※一部作中に過激な発言が含まれますが、乙女ゲームを批判する意図はありません。たぶん。
世は大婚活時代。
「まさか王子だからってなにもしなくてもモテると思ってたりしないわよね!?」
今日も今日とて罵声の響きわたる城内に、それはそれは麗しい美貌の王子様方がそろい――
「そんなんだから良いのは顔だけ男なんていわれんの!」
――もそろって正座させられていた。もちろん石床ダイレクトである。屋外には粉雪舞う季節柄、なんとも寒々しい。
キッと目尻を釣り上げた少女は、いやに大ぶりな扇子をピシャリと閉じた。
「あんたたちクズよ。人間のクズ! イケメンはイケメンな時点で普通の人間より圧倒的に高いアドバンテージと、同時に高いハードルを与えられてるのだと自認しなさい。一歩間違えたらアドバンテージ失うどころか見損なわれるわよ? 乙女の幻想舐めると痛い目見るんだから。身の振り方ひとつで天国から地獄よ? その辺わかってるの?」
見る者が見ればわかる。あの扇子は、職人が粋を凝らして作り上げた魔具だ。閉じればあらゆる障壁を無効化し、開けばあらゆる魔術を跳ね返す。骨は鉄扇の軽く百倍という強度を誇り、されども永続的な軽量化の加護により、所有者の腕を痛めることもない。反発するはずの魔術を二重三重に施した、まさしく職人技としか言えない至高の逸品である。
哀れ、その製造過程から試験風景まで立場上すべて見届けてしまった王太子は、べたりと床に脛をつけたまま震えあがった。嬉々として開発を進める職人たちに、それは平和条約に違反する凶悪兵器なのでは、と問わなかったあの日の自分を殺したい。
いやむしろ、少々はしゃぎすぎましたが召喚者さまは無国籍であらせられますのでノープロブレムですよね、と満面の笑みで提出してきた職人を殺したい。
「……その、あ」
「オドオドしない!」
「く、ぅあ……あし、が」
「目を逸らすな! はきはきものを言え!」
「あああ足がしびれました感覚がありません無理ですもう無理です立ち上がることを思うだけでゾッとします耐えられませんどうかこのあたりで許――」
「早口で話せって言ってんじゃないわよ。聞いて欲しけりゃ聞き取れる速さでわかりやすく話しなさい」
「ッですから足が!」
「ああん?」
「足が……も、むり…………」
「わかりやすくと言ったのよ、私は」
「ひぅっ……」
涙目で震える第四王子を横目に、そろそろ無我の境地にいたれそうだ。
凶悪兵器の威力を正しく認識している私には、あのような口答えはできそうにない。……プライド? 二ヶ月前に捨てた。
「ゆっくりでいいの。間延びしてちゃ格好つかないけど、理論武装で予防線張り巡らせるよりはみっともなくないわ。高圧的に感じられたら最悪。中身がない自慢を馬鹿にされたらもっと最悪。いい? 年下こそ目上のように丁寧に接するのが夫婦円満の秘訣なのよ」
年下というが第四王子は十歳である。いったい何歳の幼女を娶らせようとしているのか疑問だが、無論声には出さない。『まぁ泣き顔は及第点ね……いっそ嗜虐趣味のお姉様キラーに育てるか』などという不穏な呟きまで聞こえた気がするが幻聴ということにせねば私の身が危ない。
包容力に満ちた優しげな笑顔を浮かべながら、少女は、魔扇をパシンと打ち鳴らす。
「返事は?」
「うぁ、は、……はい……っ」
「爽やかさが足りない」
「はいぃい」
「声を揺らすな馬鹿者!」
「グズッ――はい!」
「うん、いいお返事ね」
「っあ……ありがとうございます……!」
涙目どころか大洪水もかくやという有様。ぐしゃぐしゃの顔で声を張り上げる第四王子の頬は、……ほんのりと紅潮していた。
――落ちたか。
陥落した第四王子のとなりでは、青ざめた第二王子が存在感を消そうと必死で俯いている。『こんなの耐えられなぁいぃ!』と聞いたこともないような悲鳴を上げて出奔した第三王子を除けば、城内でわずかばかりのプライドを保ちつづけている貴重な青年だ。……単に、第四王子の教育に忙しい少女の標的にされなかっただけとも言うが。
「じゃあ演習ね。『ねぇ聞いてよー。また馬鹿宰相に小言いわれてさぁ、超ウザイ。しかも、なんかもらったお菓子おいしかったし、まじウケるんだけど。むかつく』――はい、返事」
しかし、少女が次なる標的に定めたのは、皮肉にもまさしくその第二王子だった。ビクリと肩を跳ね上げた彼の喉元へ、閉ざした魔扇を突きつける。
「な、なんという文脈のなさ」
「どうでもいいのよそんなものは。早く答えなさい」
「……あの方の趣味に口出しすべきでは」
「はいアウトー。女は話を聞いてほしい生き物なの。あんたの意見は求められてないの。適当にうなずいて肯定してりゃいいんだから一々口を挟まない!」
「なんと理不尽な」
「いい? 相談と愚痴を見分けなさい。意見が聞きたいのか、ただ吐き出したいだけなのか、見極められないなら黙ってほほ笑んどくのが無難よ。もしも本当に頼りたいときなら、もっとわかりやすく聞いてくるでしょうよ」
「はあ……」
「このあたりは個人の性格があるから加減が難しいけどね……とにかく話は聞くの。話半分だっていいけど、すくなくとも話題くらいは把握していなくちゃ。女子トークの主題は目まぐるしく移り変わるのよ。まちがった相槌うってごらんなさい? 一瞬で地獄をみるわ。回避できる地雷はとことん回避するの。磨くべきは口説き文句よりスルースキル。わかった?」
「はあ……、ッ!?」
返事をしそこねた第二王子を襲った魔扇制裁は、口にするのも憚られるほど凄惨なものであったが、……この二ヶ月間で磨きぬかれた私のスルースキルをもってすれば、なんのことはない。
遠い目をしてすべてを受け流した王太子を、魔扇で口もとを隠しながら少女が嘲笑った。
「あら、イイ顔するじゃないの。朱雀」
なお、私の名にそのような単語は含まれていない。
◆
すみません事故なんです、と言われて、ああそうですか、と素直に納得する人間がいるだろうか。
まして私は、この『召喚』が事故でもなんでもない人為的な通過儀礼だと知っている。そうでなければ設定が成り立たないのだ。身寄りのない天涯孤独な少女が城に保護されるところからすべては始まる――。実際に私の精神が飛ばされちゃってるのは大問題だけど。
元凶は、友人に手渡された一枚のディスクで間違いないだろう。
うつむいて思考に沈んでいると、煌びやかな容姿の男が腕を伸ばしてきた。まっさきに接触する、赤を基調とした美青年――南方の貴公子だ、と認識した瞬間に鳥肌が立った。
『攻略対象だからって無条件に好意向けられるとでも思ってんの?』
よりにもよって機嫌最悪な私の前に、むざむざと現れた、一番嫌いな攻略対象を睨みあげるのは当然の判断だった。
初対面で許可もなく抱きしめる(※未遂)とかさ、そのまま耳元で囁く(※未遂)とかさ、私からしたら拷問ものだし、俺が守ってあげる宣言(※未遂)は犯罪だ。殺意が湧くレベルで。
ひきつった顔で固まる、見た目だけは麗しい美青年を前に、喉奥から笑いがこみ上げてきた。やってくれたなぁ、友よ。こうなったら。
『思う存分、矯正してやる……!』
デフォルトの性格設定はいただけないけど、時間だけは腐るほどあるんだ。私の精神の安定のために、朱雀だけはなんとしても叩き潰すと心に決めた。
――どうやら朱雀が貴公子ではなく王太子に変えられているらしいと気づくのは、かなり後のことである。
* * *
本日の仕事を終え、与えられた自室の鏡を覗けば、そこには見慣れぬ少女の憂い顔が映る。
儚げだとか薄幸とか、そういう形容詞をつけられそうな、頼りなさげな美少女だ。もともと守られヒロインなんだからしかたない。私の柄では断じてないので、中身を合わせてやる気はさらさらないが、外見を変えるのは難しかった。
もともと存在していたゲームアイテムの値を捏ねくりまわして作り上げた『魔扇』とはちがって、設定をゼロから創るのはNGってことらしい。
「まどろっこしい……直接コードいじらせなさいよ」
キーボードが恋しい。現実は、コーディングどころかマウスクリックよりも遥かに面倒くさい。こんな世界に入りたいなんて誰も頼んでないってのに。
このゲームの原型は、王城に訪れる貴公子たちと恋愛するものだった。イベントは常に城内で発生し、外に出る機会はない。東西南北に領地を持つはずの貴公子たちは甘いセリフを吐くばかりで、領地運営の話など一切しない。
女の子の夢と理想だけがつまった、砂糖菓子のような世界――。
ようするに情報源が一切ない。使えねぇ。
そもそも、本当に城の外が存在しているのかすら怪しい。むしろ製作者の頭の中にすら存在しない可能性が高い。
それどころか最悪なのは、これはオリジナル製品ではなく、私の友人が悪意をもって魔改造したバグの温床だったということだ。
「王太子が朱雀なら、第四王子は玄武ね……真っ先に逃げた第三王子が白虎、あのヘタレっぽい第二王子が青龍か……ぐっちゃぐちゃにしやがって」
なぜかショタ化していた第四王子はさておき、他の三人は結婚適齢期にも関わらず、まったく女性の影がない。そりゃね、奴ら原型が恋愛シミュレーションの攻略キャラなんだから、放っておいたら私以外とのイベントなんて起こりっこないわけで。
気づけば国王夫妻から是非にという依頼を受け、ストレス発散がてら恋愛指南をすることになっていた。驚くべきことに自由恋愛なのだ、ここの王族は。身分のつりあいうんぬんで話がまとまる政略結婚など存在しない。乙女ゲーム様々である。
ここでひとつ重大なポイントが、この世界のベースは、『恋愛ADV』じゃなくて『恋愛SML』だったってことだ。
おかげさまで物語性もへったくれもない平穏無事な日々を送っているし、行動の自由度はかなり高い。……城から出られないことを除けば。よりにもよって『貴公子』を『王子様』に変えてくれやがった友人のせいで、世界は城内だけで完結してしまった。窮屈な苛立ちは、とりあえず王太子にぶつけることにしている。
そもそも私がこの世界に喚ばれて一番に確認したことは、内側からどれだけシステムに干渉できるか、だったんだけど。
……結論から言えば無理だった。
はじめこそ受け答えしてくれた案内役も、再三コンソール画面を要求したら逃げられた。ちょこっとソース見せて、ちょこっと条件式いじらせてくれるだけでいいのに。好感度表示のGUIとかどうでもいいっての。もっと実用的なもん開かせろ。
使えない案内役だけど、まあ最低限の情報は手に入ったし、魔扇製作で立証もされた。好感度表示画面に並んでいた「0」――変数が有効ならこっちのもんだ。世界そのものを書き換えさせてはもらえなくても、変数値をいじることは許されるんでしょ? だったら話は簡単。
友人によって作られた攻略対象を、システムにのっとって育てるまで……!
それからは素敵なリアル恋愛SMLの毎日である。
朱雀はゲーム時代から一番嫌いだったから最優先に叩き潰した。見た目だけは好みなんだけど、ナルシーな俺様フェミニストって生理的に無理なんだよね。ぶっちゃけ鳥肌もの。
それがいまじゃ見る影も無いくらい大人しくなっちゃって、飲み込みも早いし、なかなかイイ表情を見せてくれるので気に入っていたりする。友人に書き換えられた影響かもしれないけど。じつは性格確認しないまま潰しにかかっちゃったんだよね。悪いことしたかも。ごめん朱雀。でも、いまのきみが好きだから後悔していない。私よければすべてよし、である。恋シミュの主人公とはすなわち創造神なのだ、あきらめろ。
そこそこ好みだった玄武は子供だし、私にショタコンの気はない。出奔中の白虎に至ってはまさかのオネェ疑惑。連れ戻す気にもなれない。とくに期待せずに青龍はどうかなぁと思ってたけど、原作朱雀由来っぽい鼻持ちならない感の片鱗が見えた段階で切った。うん、ねぇわ。
だいたいにして、私は乙女ゲーの攻略対象が嫌いなのである。だからこそ自由度の高いシミュレーションでの調k――育成を好んでたわけだし、恋愛アドベンチャーにいたっては、ムカつく野郎どもをひれ伏させる目的のためにプレイしていた。
いや、そもそも友人に持ち込まれなきゃやんないけど、それくらいしか楽しみ方がないというか。腹抱えて爆笑するのがデフォなんだけど、たまに笑えないレベルで無理な奴もいるんだよね。原作朱雀とかさ。
「さーて、次はなにしようかなぁ……?」
気は進まないけど第三王子をなんとかしようか。そろそろ第二王子に手をつけるべきか。この世界に明確なエンディングは存在していなかったから、その点は安心してるんだけど、友人の魔手が及んでいない保証はない。
エンディング後に帰れる可能性があるなら期待もするけどさ、無理でしょ確実に。だって私の友人だもの。作ってあったとしてもバッドエンドだ。
……だから、期待はしないで待っている。このくだらないくり返しが終わる日を。
時間だけは腐るほどある。
この世界には年月日の概念がないから。
この城には『何日目』という考え方しかない。延々と、同じ日、同じ場所で、条件さえ満たせば一定確率で生起する出来事をくり返すのだ。
それって、すっごく――
つまらない。
どれだけ好みの見た目をしていたって、どれだけ好みの性格に育てたって、王太子を好きになるつもりはない。
だって、王太子は朱雀だから。王太子のベースが朱雀であるかぎり、彼は私を愛するだろう。『私』がなにをしたって、私以外を愛しはしない。そういう運命だから。
だからこれは遊びなの。ただの調教ゲームなの。
……割り切ってなくちゃ、虚しすぎてどうにかしてしまいそうだ。
すこしずつ彼に惹かれはじめている自分を誤魔化すように、スパルタ恋愛指導に熱を入れる。プライドを叩き折って、散々に罵倒しても、彼らは私を許すのだ。ひとえに私が私だから。私のために作られた世界だから。くだらない。くだらない世界に本気になりかけている私がなによりくだらない。ああもう最悪。
「攻略対象だからって無条件に好意向けられると思ってんじゃないわよ……」
いまの貴方だから、私だから、……なんて言ったって、どうせ伝わりやしないのだ。
ばっかみたい、と呟きながら、凶悪兵器になりえると知りながら与えてくれた魔扇を開いては閉じて。大きな魔力の動きに様子を見にきた朱雀に八つ当たりするまで、あと10分。
朱雀と本名を教えあって、キャラクターの枠を超えた会話ができるようになるまで、――――あと。