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Bounth High  作者: 水波
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第二話  真剣勝負

仮入部期間、つまりはいろんな部活を体験して入部する部活の下見をする期間であり俺のような入る部活が決まっているタイプの生徒には関係ないが最初から部活に入るつもりのない生徒にはもっと関係ない期間である。

だがこの二週間という期間、二、三年生の現役部員にとってはこの先の大会の結果すら左右しかねないほどに大事な期間である。特にラグビー、サッカー、野球、バスケのようなチームスポーツの部活は最低でも試合ができる人数を確保しなくてはならないわけであり、クマコーのような全校生徒の人数が少ない学校では各部活の部員争奪戦が相当に白熱する。

その中でもラグビー部は試合人数が多い上に怪我が少なくないスポーツでありギリギリの十五人ではかなり心細い。その上野球、サッカーに比べると明らかに不人気スポーツでありイメージも良くない。

つまり他の部活以上に部員確保に熱が入るわけだ。


仮入部一日目。

俺は柿崎と二人でラグビー部に仮入部するためにグラウンドへ向かったがグラウンドにラグビー部らしき人影は一人もいなかった。

勧誘に行っていることはすぐに想像がついたがそれにしても全員が出動しているとは少し意外だった。俺たちみたいに真っ直ぐグラウンドに来るやつがいたらどうするんだよ。

でも好都合ではあった。これなら邪魔が入らずに柿崎と勝負できる。


「柿崎、各自アップして15分後に勝負でいいか?」

「うーん。僕も久しぶりやしできたら今日は一日感覚戻すために使いたいんやけど……」

それはしょうがないな。

「別にええよ。じゃあ着替えて始めるか」

そんなことをしゃべりながら着替えるためにトレーニングセンターの中に入ろうとするとトレーニングセンターの中から人が出てきた。

でかい。多分180は超えている。ガタイもいい。ラグビー部か?FW?ロック?いやエイトか?など瞬時に頭を回転させていると

「おおおお!!お前もしかして西神か?」と言い出した。柿崎に向かって。

柿崎は困惑している。

「西神は俺です」

助け舟を出したつもりではなかった、ただ単に間違えられたことが不愉快だっただけである。

「そうか!そうか!すまんな!いやー思ったより小さいんやな。U15のキャプテンっていうからもう少しタッパあるんかと思っとたわ」

人が気にしていることを……。

「じゃあそっちは誰や?」

「ぼ、僕は柿崎です!西神君に誘われてきました!」

柿崎はがちがちになりながら応える。こいつ先輩の前では緊張するタイプなのか。

「入部してもないのに勧誘してくるとは抜け目ない奴やな西神」

その人は笑いながら言う。

「俺は藤原和樹(ふじわら かずき)三年や。一応キャプテンでポジションはナンバーエイト。フジさんって呼んでくれたらええよ」

ナンバーエイト。FW、いやラグビーの全体で見てもかなり重要ポジションであり花形。なるほどこの人がそうか。

フランカーの俺にとってはある意味では相棒と言ってもいい。そういうポジションにあたるこの人に早いうちに会えたのは悪いことじゃない。

「俺は西神涼平(にしかみ りょうへい)です。元U15スクール選抜のキャプテンでポジションはフランカー志望です」

「志望?中学ではどこやったんや?」

「中学では十二人制になるのでロックというかエイトみたいなことをしていました」

なるほど。とフジさんが言う。

「そっちの君は?」

「いや、そいつは入部希望じゃないんですよ。俺の練習相手として無理言ってきてもらったんです、一応ラグビー経験者らしいんで」

柿崎が申し訳なさそうに頷く。

「おおおおおおおい!!まじかよおお!!!」

突然フジさんが叫んだ。びっくりしたが横の柿崎は寧ろ怖がっている。

「頼むから入ってくれよ!」「なあ!」「頼むから!」「ラグビー楽しいじゃん!!」などいろんな言葉を並べて柿崎を引き止めようとするが当の柿崎はその迫力に縮こまっていて耳には何も入ってきていないようだった。

「フジさん、こいつビビってるみたいなんで勧誘はまた今度にしてください」そう言って俺はトレーニングセンターの中に入り着替え始める。フジさんは明らかに落ち込みながら外に出ていく。

着替えながら柿崎が言う。

「ラグビーは楽しいか……」

さっきのフジさんからの勧誘を引きずっているのかと思ったがどうもそういう雰囲気ではなさそうだ。

「西神君はラグビー好き?」

「好きじゃなかったらこんなに何年も続けてねえな。それにいろんなスポーツしてきたけどラグビーが一番俺に合ってる気がするんや」

柿崎はそれを聞きため息をついた。

「僕もラグビーは好きなんや。でもいつまで経ってもへったくそでな。チームメイト、特に先輩から怒鳴られるのが怖かったんや。タックルやコンタクトはそこそこ熟せるけどパスやキャッチがどうも苦手でなあ。それでもう怖くなって辞めたんや」

「だからさっきフジさんに詰め寄られてビクビクしてたんか。」

コクリと柿崎は頷く。

こいつがラグビーを辞めた理由はそういう事情だったのか。

だがそんな理由はスポーツを辞める理由としてはよくあることだ。故に復帰させる方法がないわけではない。

つまるところこいつの辞めた原因は「ラグビーに対する楽しさ」を「自分の才能の無さ」や「先輩に対する恐怖心」が上回ったというだけのことだ。つまりそれをもう一度逆転してやれば、こいつはラグビーの楽しさに気づくはずだ。

だけど簡単なことじゃない。中二の時に辞めて一年以上は確実に経っているのに未だに「先輩」や「年上」に対する恐怖が残っているわけなのだ。トラウマと言っていいほど強烈に。

それでも俺はこいつにラグビーの楽しさを思い出してもらいたい。今戻らないとこいつはきっとこの先後悔する。

そんな三年間を送るくらいなら柿崎には俺と一緒に「負け戦」に付き合ってほしい。ただその気持ちだけが俺を柿崎との勝負に駆り立ててくれる。

結局その日は二人でゆっくりと体を動かし俺も柿崎もあのふざけた形のボールに慣れるために放課後を丸々費やし、勝負は明日になった。


仮入部二日目。

昨日もそうだったが俺と柿崎は先輩たちが連れてきた新入部員候補の生徒とは別に練習をしていた。仮入部期間だから好きにしていいとのことだった。そのあたりは仮入部というよりはただの体験やお試しという期間に近い。

仮入部に来ていた一年生は俺達以外は完全に未経験者らしく初めて触るであろう楕円球の新鮮さに目を輝かせてそれなりに楽しそうにしていた。背がでかい奴や小さい奴、細い奴もいればデブもいる。いろんなタイプの同級生が一緒になって笑いながらラグビーボールを追いかけているのは俺にとっても新鮮だった。

今日も昨日のように柿崎と二人でアップから始める。準備体操からランパス、ラダー、コンタクト、中学時代からやってきた練習を徐々に体を暖めながらこなしていく。

「そろそろ準備できたか?」

俺は自分の体の芯が熱を持ってきたことを感じてきたくらいのタイミングで柿崎に声をかける。

「うん、大丈夫。じゃあしよか」

そう言った瞬間確かに柿崎の眼が変わった。中学時代から試合をするたびに見てきた戦闘用。臨戦態勢の眼だ。

俺は少し笑う。なんだよ……しっかりラガーマンじゃねえか。

「ルールはどうする?」

「縦横15メートルでDFはトライされずに相手を行動不能、つまり倒すかコートの外に出せば勝ち。OFはトライすれば勝ち。OK?」

「OK」

二人でトレーニングセンターの中にあったコーンを借りてだいたいだがコートを作る。

できあがったコートをみて少し広いかなと思ったがまあ問題ない。

「じゃあどっちからOFする?」

俺からでいいか?と言いながら俺が聞く。

「ええよ」

柿崎はそう言いコートの反対側に向かう。

「じゃあ俺がボールを上に投げるから、それをキャッチしてからお互いにスタートな」

「OK」

柿崎は屈伸しながら返事をする。そういう俺もさっきからそわそわして落ちかない。これは真剣勝負だ。体の隅々までその命令を行き渡らせる。へそのあたりが熱くなっていくのを感じる。試合前の独特の緊張感によるものだろう。ダメだ、にやける。

「さあキックオフだ!」

俺はそう叫ぶと同時にボールを自分の真上に投げた。ボールは螺旋の回転をしながら高く舞い上がり5メートルほどで地球の重力に逆らうのを止め落ちてくる。俺はちらりと柿崎を見る。腰が落ちた良い構えだ、踵もあげている。横の動きには強そうだな。冷静に分析し、どう動くかを考えるがすぐに止める。

ボールに目を戻すとまだ自分の頭上3メートルくらいの場所にあった。

時間が凝縮されて音が聞こえない。久しぶりの感覚だ。こういう時の俺は絶好調だ!

ボールを捕る。前を見ると柿崎がこちらに向かって動き出している。良い動きだ。俺の左側のコースをつぶしながら距離を詰めている。タッチラインから出す狙いか?でも甘い。

俺は一歩左側にステップをきった。俺のやや左前5メートルほどの位置にいた柿崎はまさかの左へのステップに意表をつかれ過剰な反応をする。

「ここだ!」

柿崎が左側に少し寄ったところで俺は右に大きく切り返す、ほとんど前には進まずにただ右に、柿崎は俺を追う、だがそこはもう手の届かないとこらだ。

スワーブ。ステップの技術の一つであり相手を“振り切る”ための技術だ。

柿崎を置き去りにして俺は15メートル先にボールを置く。

「OFは俺の勝ちやな」

「くっそお!!」

柿崎は相当悔しがっている。いい傾向だと思った。

「じゃあ二本目はお前のOFやな」

そう言い俺は柿崎にボールを渡す。

正直思ったよりずっといいDFだった。詰めもコースもかなりやりづらい。これはOFも気を抜けないなと思い気を入れなおす。

お互いが示し合わせたかのように深呼吸をする。

息を吐き切ると同時に柿崎はボールを投げた。

さっき俺が投げた時と同じようにボールは螺旋状に回転して舞い上がる。

さあ、どう出てくるかな。右か?左か?コンタクトが得意なら正面っていうのもあるかもしれない。瞬発力も反射神経も俺の方がある。抜きにくる線は捨ててガン詰めして一気に倒してボールを奪ってやる。

考えがまとまると同時にボールが柿崎の手に収まる。と同時に柿崎は真っ直ぐこっちに向かってくる、俺も同時に駈け出している。やっぱり正面突破か?

しかし柿崎は俺にコンタクトする直前ギリギリのところで半歩ほど左にズレた。柿崎の右肩が俺の右肩に当たる形になる。こいつ馬鹿じゃねえぞ。

コンタクトの瞬間におけるイニシアティブを取られた俺は不安定な姿勢になり倒されそうになる。だがこういうことは初めてなわけじゃない!!

俺は右手で柿崎の服を掴み自分の体を視点にして強引に“引き倒した”。

柿崎はそのまま倒れる。コートのほぼ真ん中の位置だった。俺の勝ちだ。

「やられたー!!スマザーとかずるいわ!」

柿崎は寝転がり笑いながら言う。

「いや、あんなんスマザー言うほどの技術ちゃうで。ただ握力と引き付けで強引に倒しただけや」

ふう。と息を吐きながら俺も笑う。

「それよりお前こそ小癪な手使いやがって!」

「言うたやん。コンタクトはそこそこ得意やって」

快活に笑う柿崎に俺は手を伸ばす。柿崎もその手を掴む。

「もう一回しよや」

起き上がり服についた土を払いながら柿崎は言う。

「いややわ。疲れた」

俺は返す。そして続ける。

「正式に部が始まったらいくらでもできるやろ?」

服や顔に土のついたままの柿崎は気持ちよさそうに笑っている。

その顔はまぎれもなくラガーマンの顔であり、俺は改めてラグビーというものは簡単に離れられないものだということを思い知る。



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