おかしげなるもの
春はあけぼの
夏はよる。
月の頃はさらなりと
清少納言は言い切るけれど、私は人の趣向は好き好きで良いと思う。
明け方の月が好きな人もいるかもしれないし、明け方の月しか見れない人もいるかもしれない。
これは想像だけれども、寝た切りの人が夏に満月をみようとして、窓から外を覗いているとする。
今か今かと待ちわびて、窓枠の縁からふっと見えたお月様はどんなにか綺麗なことだろう。
例えそれが空が白み初めて存在感を無くした月であっても、本当に綺麗なんだろうな。
その可能性多様性を彼女はスバッと否定してみせる。勝ち気な女性という一般通念はあながち間違いではないのかもしれない。
でも僕は彼女が好きだ。
僕としては、彼女の勝ち気な部分というのは強がりだったのではないかと思う 。
主観的な歴史観になってしまうが、当時の清少納言の立場は非常に不安定なものだったと考えられる。
彼女の使える定子の立場がそもそも不安定で孤立した立場であったと言われている。要は定子と少納言の二人きり。しかも少納言は家庭教師であると同時にお仕えする身という酷く微妙な立場だ。
自分の事もすごく心配なのに、10才年下の生徒に弱味は見せられない。
しかもお相手の彰子側はバックも強力、面子も華やか。
これはもう、虚勢でも意地でもなんでも張って、せめて芸術面では勝たないとって思っちゃうよね。
そう考えると清少納言さん、健気で可愛いげのある人に想えませんか?
ここで、僭越ながら自作の和歌を二つ
床に伏し
しらめどこうこう
望月の
朧気なるも
見るはおかしき
寒風に
だん取るあなたの
様みては
冬はこれぞと、
しるすつとめて
ご拝読ありがとうございました。
内容に関して、
ご意見、異論はどんどんお願いします。
ただ、反論に関しましては、蓼食う虫も好き好きということで、どうぞよしなに。




