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ストレス発散

「さーちゃん…なんかあったの?」


 作りすぎた菓子を捌ききれなくて、従妹のちーちゃんを呼び出した。

 鬼塚千里、私より1歳年上のおじさんの娘だ。

 家はそれほど近くないのだが、通う大学が近い。


「なんかって?」


「嫌な事があるとお菓子作りに没頭するでしょ。この量って、我武者羅に作った感じがするわ」


「…うん…まぁ…」


「何よ。何があったのよ」


 ミシェルと木下さんが付き合うことになり、木下さんは空手サークルの部室に遊びに来るようになった。

 木下さんが来ると聞いた時、メンバーは雄たけびを上げながら、大掃除。

 特にエロ本の類は即効隠していた。


「おいっ!野田。これをどこか安全な場所に隠してくれっ!」

 

 まとめて渡されたので、落ちてましたと学生課に届けておいた。今頃は拾得物の棚にあるはずだ。

 安全な場所に違いない。

 

 部室はそれなりにスペースが出来て、匂いも正常になった。

 持ち主不明のものは有無を言わさず捨てるって言う荒業だけど、自分のものはないから良いやと消臭剤を撒いて傍観していた。


「これで木下さんを迎えられる」


「俺らもやればできるじゃーん」


 木下さんが来るので部室は清潔に保たれている。


「それは良いことなんだけど…」


 可愛い女の子が部室にいることで、メンバーが舞い上がっている。

 

 そのとばっちりが私に来た。


「やーっぱり女の子がいると華やかで良いよね!」


 ルンルンのメンバーが言えば、木下さんは


「そ…そんな、それに野田さんがいるわ」


 と答え、メンバーからお前が華やか?と冷ややかな視線を浴びて。


「優衣、僕が家まで送りますね~」


 とミシェルが木下さんをエスコートすれば


「嬉しいわ。ところで野田さんは誰が送っていくの?」


 と木下さんが尋ね、え?お前送る必要ある?の驚きの視線を集め。


「木下さんに、一生のお願い。『頑張って手料理作るね』って俺に言ってみて。俺、それだけでしばらく空飛べる!」


 と言うメンバーの要求に答えた木下さん。

 語尾にハートマークがついているように、可愛い声だった。


「俺の胸にぐっと来たv」


「フライングハイ♪」


「野田さんでも良いと思うのだけど…」


「野田ぁぁ?……お前、ちょっと同じ台詞言ってみて」


「ガンバッテ、テリョウリ、ツクルネ」


「うぉぉぉぉっ!今日、人殺すって聞こえたっ!殺人予告だっ!!」


「こえぇぇ!野田、こえぇぇ」


「ちゃら~ちゃちゃ~。野田の3分クッキングー!3分、2分、1分、ドッカーンッ!!今週もデストロイヤー野田があの世にお送りしました~また来週!ちゃら~」


 天下の往来で、メンバーに強烈な追い突きを食らわす。

 有岡先輩は念入りにシメた。


 木下さんがメンバーを咎め、お前のせいで叱られたと言う不条理な不満を買った。


「今更さ、空手サークルのメンバーに女扱いをしてもらおうとは思ってないけど。木下さんみたいな可愛い子と比べられるのが苦痛。木下さんは、野田さんだって女の子だからって庇ってくれるんだけど、それをメンバーが全否定の負のスパイラルになるんだよね」


「なるほどね~」


「女扱いされるの望むわけじゃないし、今のままで良かったんだけど、木下さんがそれはダメよって強制する感じで、何かちょっと微妙で」


「ははぁ~その女、確信犯ね」


「確信犯?」


「わざとやってるって事よ」


「わざと?そんな風に感じないけど」


「空手サークルのメンバーがさーちゃんを貶すのを庇って、自分の評価を上げてるだけよ。木下さんは本当に優しい女の子なんだねって」


「そんな事ないと思うけどなぁ」

 

 やっぱり男だらけのメンバーに気が引けるのか、良く木下さんは私に話しかけてくる。 

 野田さんがいてくれると安心します、と言われるとちょっと歯がゆい。


「そもそもミシェル君が食べたクッキー作ったのは、さーちゃんでしょ。それをいけしゃあしゃあと市販のクッキーシートで誤魔化しておいて、ショコラだって名乗ってるんだから、あの女が性悪じゃなくて何なのよ」


「でもそれで私は助かったわけだし」


 控えめで理想的な女の子、ショコラさんと大々的に捜索されて、ばれたら嫌だなっと思っていたのだ。


「さーちゃん…ミシェル君のこと好きだったんでしょ」


 以前ぽろっと零したことをちーちゃんは覚えていたようだ。


「好きって言うか…ちょっと良いなって思っただけで」


 1年前のある夜、肝試しをやった。他大学の空手サークルと合同でやったので、女子が1人余った。


「すまん、野田。1人で行ってくれ」


 私が1人で行くことになった。

 怖がりではないので、まぁ良いかと思ったが、先発のミシェルが急いで帰ってきてくれて、私と一緒に行ってくれたのだ。


「それで…いいなぁって…」


「なら名乗れば良かったのに。クッキーを作れば信憑性もあるじゃない」


「いや、無理だよ。ミシェルの理想は木下さんみたいな子だもん。例えクッキーを作ったのが私だとしても勝負にならないよ」


 ちーちゃんははぁーっと大きな溜め息を吐いた。吐いた後私の全身に目をやって再度溜め息を吐いた。


「さーちゃんも少しお洒落に気を使いなさいよ。そのシャツはないわ」


「あ…やっぱりシャツダメ?」


 水原の言い草を思い出し、シャツはそんなにダメなものか確認する。


「当たり前よ。決まったシャツとパンツのローテーション。それじゃ女扱いされないのは当然でしょ」


「だからそれは良いんだって」


「良くないわよ。それにさーちゃんがミシェル君に惚れたのもそのせいよ。普段女扱いされていないから、ミシェル君がしてくれたのにキュンと来ちゃったんでしょ」


「うっ…それは…そうかも…」


「これから女扱いされるたび相手に惚れてたら良い恋愛出来ないわよ。…いいわ、私がさーちゃんのために一肌脱ごうじゃないのっ」


「…何をしてくれる…おつもりでしょうか?」


 痛いところを突かれて密かに落ち込む私を気にせず、ちーちゃんは何やら燃えている。

 ちーちゃんは世話焼きの姉御気質なところがあり、小さな頃から面倒を見てもらっていた。

 ただ間違った方向に突っ走る事もあり、その辺は注意が必要だ。


「まずは買い物ね。今、丁度セールで安くなってるわ。さーちゃんは夏休み、忙しいの?空手サークルって毎日あるの?」


「夏休みね~。最近サークルどうも行き辛くってさ。夏休みは通ってる道場の方に行くって言って、サークルにはあまり行かない予定。そもそもお遊びの集団だから夏休みはそんな集まらないしね。あとはバイトをするよ。そのくらいかな」


「結構空いているわね。良し、夏は出会いを求めて合コン三昧よ」


「は?…いやぁ…えーっと…合コン?」


「そうよ。合コンは出会いを求める場なんだから、元から男はそういう目で見てくるのよ。さーちゃんだって例外じゃなく、女の子として扱われるわ。当然」


「………何か痒くなりそう」


「外見なんてメイクと服である程度どうとでもなるのよ。木下優衣はその点、かなりの技術を持っているわね。自分に合った服、メイク。それは自分で磨くしかないものよ」


 ちーちゃんは何やらぶつぶつと呟きながら、携帯を操作している。

 都内のセール情報をチェックしているようだ。


 このシャツは水原に散々貶されたので、買い換えようと思っていた。

 ちーちゃんが付き合ってくれるなら、選ぶのも楽だし、安く買えるならそれに越した事はない。


「それにしても随分作ったわね。量が多いのかと思ったら種類が多い」


「テストとかのストレスも重なって、一気に発散したというか」


「でもそれなら余ったんじゃない?さーちゃん、学校の友達に秘密にしてるから」


「うん。でも最近、スイーツ好き、スイーツに人生かけていますって人と知り合いになってね。ちーちゃんにあげる分もなくなりそうになって、慌てて数個ずつ袋に集めたの」


 君はストレスが溜まると菓子を作るのか、そうか、ストレス万歳と腹が立つこと言われた。

 ストレスを増やした仕返しに、隠し食べていたマドレーヌを奪ってやった。


「へぇ!良いじゃないの。さーちゃん、私以外とお菓子の話しないし。……じゃ来週買い物に行くから日にち空けておいてね」


 ちーちゃんが伝票を取ってレジに向かう。

 お菓子のお礼と言って大体会うときはちーちゃんの奢りだ。

 私としては余ったものを渡してるだけなので気が引けるが、ちーちゃんはさーちゃんのお菓子すっごい好きだからまたよろしくね、と言ってくれる。

 

 素直に嬉しい。


 そういえば水原も、今回の大量のお菓子を渡したあとに、茶封筒にお金を入れてきた。

 これでシャツでも買え、とか言って。

 シャツシャツしつこいって蹴飛ばしたけど。


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