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※番外編 横浜 中華街

時期的には卒業式のちょっと前辺りです


久しぶりに休みが合った有岡先輩とちーちゃん、水原と私で横浜散策に行った。

私はフランス土産を渡すことが目的だったので(フランス最高だった、いつかまた行きたい)近場で良かったのだけど、卒業旅行を羨ましがった先輩が、俺だって異国情緒を味わいたいとごねた。


そのため、わざわざ横浜まで赴くことになった。

千葉からは小旅行の距離だ。

 

お昼には少し早いので、ぶらつくことにする。どこに行こうかーと無料のパンフレットを見ながら小会議。


「横浜と言えば元町・中華街だな。中国に行った気になれてお得だ」


「あら、山下公園や港の見える丘公園もいいわよ。外人墓地にも興味あるわ」


「私は八景島シーパラダイスに行ってみたい」


「そこはちょっと距離的に難しいだろう」


「ですよね。水原は?」


「天津甘栗」


 そんな風にぐだぐだと話し合いをした結果、山下公園をぶらついて、中華街でお昼を食べることにした。

 下調べもせずに適当に入ったお店だったけど、さすがは激戦区。


 麻婆豆腐も、肉まんもエビチリも、どれも美味しかった。

 さて、デザートはどうするかとメニューを見て即決。杏仁豆腐。


 中華おいしいんだけど、デザートはちょっと微妙。ゴマ団子とかがっつり食べたあとじゃちょっときつい。


 ちーちゃんはお腹一杯でパス。先輩と私は杏仁豆腐。水原はあんこがたっぷり入った饅頭。

味見させて貰ったけど、うん、甘い、としか感想が言えなかった。

 

お腹がパンパンに膨れたので、中国茶を飲みながらまったりと食休み。

 ゆったりとした空気が流れていたので


「ところで野田。ミシェルとは結局どうなったんだ?」


 有岡先輩におもむろに切り出されて、お茶を噴きそうになった。

 口元をティッシュで押さえつつ先輩を見れば、好奇心にみち溢れていますと目をしていた。


「……」


「……」


「……というか先輩。どこまで知っているんです?」


「ん? 詳しくは知らないぞ。ミシェルが野田に告白をして、野田が断ったことくらいしか。ちなみにミシェルからの報告だ。諦めませんから、という意思宣告もされたぞ」


「……」


 先輩がさらっと言うものの、こういうのに慣れていない私は気恥ずかしくなって、ちょっと赤くなってしまった。

 ミシェルが私を好きなんて、しかもそれを私が断ったことを知って、先輩はびっくりしたんじゃないだろうか。


 私だって、かなりびっくりした。

 そう言えば、先輩は


「ミシェルが野田を好きなことくらいずっと前から知ってたぞ」


 驚いた様子もなく、淡々と。

 その言葉にこっちがびっくりしてしまう。


「ただ野田が断ったのは意外だった。野田の中でもミシェルは特別な位置にいると思っていたからな」


「……」


 当たっている。

 ミシェルはわたしにとって特別な存在だった。


だけどその特別は、恋愛とは違うものになってしまった。

ミシェルの悲しそうな目を思い出して、ちょっと気分が沈んでしまう。

ミシェルが向けてくれるものとは違うけど、私だってミシェルが好きだ。同じ気持ちを返せたら、と思う気持ちがなくもない。


そんなことをつらつら考えていたら、先輩に頭をわしわし撫でられた。


「落ち込むことはなかれ。野田にとっても、ミシェルにとってもいい経験になったんじゃないのか?」


 珍しく茶化すことなく、励ましてくれる先輩。

 こういう所、大人だよなぁと思いながら、素直に頷く。


「騙されちゃだめよ、さーちゃん。この人、大人げないところあるわよ」


 ちーちゃんがあきれ果てたという目で有岡先輩を見ている。

 何のことだ? と首を捻っていれば


「さーちゃんは全く気付いてなかったけど、有岡君、ミシェル君のアプローチに対してかなりの妨害行為をしていたわよ」


「……へっ?」


 間抜けな声を上げつつ先輩を見れば、そっぽを向きながら吹けもしない口笛を吹いていた。

 その反応から察するに、ちーちゃんが言うことは本当なのだろうか。


 いや、でもそんなことあったか? 記憶を探っても心当たりがなく、考え込んでしまう。


「ミシェルは完璧な王子様だからな。野田には合わんと思っただけだ」


「……そりゃー私はお世辞にもお姫様とは言えないですけど……」


「完璧な王子ってのは、良い男という意味ではないんだなー」


「……?」


 何が言いたいのか分からず、眉を寄せてしまえば、先輩はそうだな……と呟いて話を続けた。


「例えば、今にも落ちそうな状態で野田や木下さん、他の空手メンバーが崖にぶら下がっているとするだろう? そうするとミシェルは真っ先に、木下さんに手を差し伸べる。それは誰が一番大切かと言うよりも、誰が最も力がないかと言う所に焦点を当てての判断だ」


「……?」


崖の下にメンバーがぶら下がって呻いているって想像だけで嫌なんだが。

それはさておき、ミシェルの選択はダメなのか?

その状況なら私でも、木下さん一択だ。


「それはそうするんでは? 私だって這い上がったらすぐに、木下さんを助けますよ」


「なんでさーちゃんは崖下からスタートするのよ」


 空手サークルのメンバーと、木下さんなら迷うまでもない。


「か弱いものを真っ先に助けるのは、王子としては満点だ。ただ一人の男としてはどうなんだろうな、と思うわけだよ」


 先輩のいうことは良くわからなかったが、有岡先輩の認める良い男は、誰が一番弱いかではなく、誰が一番大事かで動ける男のことを指すらしい。

 うーん、よくわからないが深い話のような気がする。


「だがミシェルも良い男になったな。野田のことも諦めてないようだし、数年後は野田の心が傾くくらいの男になっているかもしれん」


 そう言いつつ、先輩は月餅の写メを撮っている水原に目を向け


「水原君ならどうする?」


 もし空手サークルのメンバーが崖にぶら下がっていたら、という質問を投げた。

 水原は月餅の写りを確認しつつ


「有岡さんに駆け寄って見下す」


 淡々と見殺し発言。

 その新しい選択肢に、1,2秒沈黙が走った。


「……もしかして水原、まだ怒ってんの?」


 その回答から察するに、さっき先輩が水原のマドレーヌを食べようとしたのをまだ怒っているらしい。

 根に持つなぁと思いながら


「水原のお菓子を取ろうとするから」


 再犯なので先輩を咎める言葉を口にすれば、以前と同じように


「待ちたまえ、野田君。俺にも言い分がある」


 先輩が言い訳を始めた。この流れには覚えがある。


 数カ月前に、水原と先輩は一緒に車の車検の話を聞きに行ったらしい。

 仲が良いのか悪いのか、この2人もよく分からない関係だ。


「俺と水原君、同時に車買っただろう? 車検の時期も一緒でな。これもまたディーラーの友に、2台やるからデスカウント! デスカウント! と交渉したわけだ。平社員有岡、まだまだ薄給でござる。情に訴え、力の限りデスって貰えたぞ」


「うぇぇ……そのディーラーさんに深く同情します」


 絶対しつこい先輩に相手が根を上げたんだと思う。


「いやはや、俺だけの功績ではない。水原君の心理攻撃は中々のものだと認めざるをえんな」


 心底感心したように言う先輩。


「……うわぁ…」


絶対相手にしたくない。このコンビ。

 水原の心理攻撃が効果的だと言うのは、学園祭の時のクッキー販売で証明されているので、ますますディーラーさんに同情してしまう。


「その時にだな。水原君が、美味しそうなバターサンドクッキーを持っていたんだ。すちゃっと奪い取って、やーい、食べちゃうぞ、食べちゃうぞとやったらまさかの無反応だった。寂しい…」


「まーたそういう子供みたいなことを……」


 先輩は無反応の水原に驚きつつも、バターサンドクッキーを食べたらしい。


「いやはや、まさかのリアクションなし。あれー? おかしいな、よし、それならばと今度は食べてるぞ、食べてるぞ、と本当に食べたのにやっぱり無反応だった。悲しい…」


 やーい、とやってる先輩が目に浮かぶ。

 先輩は反応をしてほしくてちょっかいをかける子供っぽいところがあるから、無反応は一番堪える返しだ。


「その常にないリアクションが心に引っかかっていてな。今日水原君がマドレーヌの袋を持っていたので、反応を伺おうとすちゃっと奪い取って食べちゃうぞ、とやろうとしたら、食べ…と言い切ってないところで速攻しばかれた。この間とは違い、大層ご立腹のご様子。あれー? と疑問に思っていたところに、駆け寄って見下し宣言だ」


 先輩曰く、様子見を兼ねたお菓子強奪だったらしい。

 しかしこのマドレーヌは兼ねてからの水原のリクエストなので、お怒り持続中だ。


「悪気はなかったらしいよ」


「悪気があったら、手を踏んでやる」


「水原君、さーちゃんはどうするのよ」


ちーちゃんの言葉に、私と水原は顔を見合わせて、同時に首を捻った。


「俺は必要か? 一応這い上がっているか確認してから有岡さんのところに行くつもりだが」


「自分で脱出できるから気にしないで平気」


 だらだらとそんなことを話していたら、結構な時間が経っていたので、お店を出て横浜散策を再開。


 中華街をぶらついて、赤レンガパークとか回って、夕方頃にランドマークの展望台に登った。


 私は180度パノラマの夜景に大興奮だったけど、三人はあまり興味がないらしく、ちーちゃんと有岡先輩に至っては


「一杯だけ飲んでくるわね」


 スカイバーに行ってしまった。

 せっかく展望料金を払っているのに、飲むなら地上でいいじゃんと思ったが、夜景を見ながら飲めるバーのようなので、それはそれで楽しいのかもしれない。


「ちょっと、ちょっと水原。見てよ、あそこ、東京タワーが見えるよっ」


 アルコールは飲めるが、スカイバーには興味はなかったらしく、水原は私の夜景ウォッチングに付き合ってくれた。


「おおおっ、スカイツリーも見えるっ」


 あそこを見よ! と指さすも、水原は私を見たままで


「君、こういうの好きだったか?」


 意外そうに呟いた。

 あまり来たことがないから楽しいだけかもしれないけど、普段と違う視点から見るのは面白い。


 都庁やらベイブリッチやら、知っている建物を見つけては大興奮し、水原を引っ張りまわしていたが。

 長々付き合わせたあとに気付いた。


 眼鏡っ子の水原、全然見えてなかった。


「そうか。水原は眼鏡かけても、わたしの視力に及ばないもんね」


 見えてなきゃ楽しくないだろう。

一杯だけと言いながら戻ってこない二人、まだ飲んでいるんだろうと、バーへ行ってきたら? とすすめてみたが。


「別に良い。見てて、楽しくないわけじゃない」


「見えてないんじゃ?」


 私が指さす建物ははっきりと見えてないようだが、本人が良いというので、展望散策に付き合ってもらう。


 結局終了時間までちーちゃんと有岡先輩は戻らず、私と水原は展望台をぐるぐると回っていた。


 こうして夜の夜まで横浜を満喫し、大満足で帰路に着いたのであった。


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