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スイーツ弁当


 電話を切ってから、あれこれ悶々と考えていたけど、うだうだ悩んでも仕方がないとキッチンへ移動。


 今日の礼に水原へお菓子を作ることに決めた。

 野々宮さんの言葉と、思った以上に帰省がストレスになっている水原が気に掛かる。


 明日の朝、ちょっとお邪魔しよう。そう決めたは良いものの、何を作るかが決まらない。


 バレンタインの世界レベルのお菓子も、野々宮さんのハイクォリティなお菓子でもダメとなると私だって手詰まりに近い。

 唸りながらレシピ本を積み上げていると、脇に避けていた料理本が雪崩を起こした。


 拾い上げようとして、その書名に目が留まる


「……園児が喜ぶ弁当レシピ…」


 スイーツ弁当はどうだろうか、と閃いた。

 食欲がなくても見た目だけで楽しめそうだし、何より水原はそういうのが好きだ。


 早速材料をチェックして、おかずに見えそうなお菓子を検討。

 レシピのノートに思いつく限りのアイデアを書き出してみる。


 メインは海苔巻、これは速攻で決めた。

 節分の日にママと恵方巻に似せたロールケーキを作ったので、レシピは頭の中に入っている。


 海苔をブラッククレープ、ご飯をロールケーキ、具にフルーツを代用することで、海苔巻そっくりのロールケーキが出来る。


「牛皮と白あんと、ピスタチオでシューマイとか」


 醤油入れに黒糖を入れると、更にシューマイ度が上がる気がする。

 肉が来たら次はサラダ系か。


 生チョコを刻んだドライフルーツ入りのホワイトチョコでコーティングして、ポテトサラダにするのはどうだろう。


 アルミカップに入れると、それっぽく見えそうだ。

 全体的に白っぽいので色合いを良くするため、薄焼き抹茶クッキーでバランとか。


 それから……と頭をフル回転させていると、ママがキッチンに顔を覗かせてきた。

 スイーツ弁当の話をすれば、面白そうっ! と乗ってきてくれたので


「あ、じゃあさ。この間作ってくれた大学芋! あれ作ってっ!」


 協力をお願いする。

 ママが作る大学芋は冷めてもしっとりと甘塩っぽくて、きっと水原も気にいるはずだ。


 海苔巻をメインに三品のおかず。

 やっている内にあーだこーだと盛り上がり、楽しくなってきた。


 たまたま次の日はママの公休で、私も授業がない日と知っているパパはほどほどにしなさい、と苦笑いするだけで強くは止めなかった。


 全てのおかずを作り終えて、用意していた箱に詰める。

 うん、弁当だ。弁当に見える。出来栄えに満足してハイタッチしようとしたら


「ちょっと待って。デザートがない」


 ママが言い出し、時刻は三時を回っているにも関わらずデザートを作ることに。


 ここまで来ると妥協は出来ないというか、ハイになっているというか。

 苺ムースを作って、箱に詰めて今度こそ完成。


 ママと大興奮でハイタッチして、高揚した気分のままベッドへ行けば、急激な眠気に襲われた。当たり前だ、五時を過ぎている。


 アラームをセットすることも忘れ、そのまま就寝。

 そしてお約束で寝坊する私。


 寝ぼけ眼で時計を確認して、しまったっ! と飛び起きる。


 水原のフライトは十三時。水原の家に行って渡す予定だったけど、もう間に合わない。

 羽田に直接向かうしかない。


 会えるかどうか分からないけど、弁当を引っ掴んで家を飛び出す。

 電車に飛び乗ってからメール。


 メールを受信した水原は、羽田に来る? と思っているだろうけど、返信はいつも通り簡潔な場所の指定のみだった。


 家を出てから一時間半。羽田空港、第二旅客ターミナル、二階の出発ゲート。

 指定された場所へ行けば、人混みに紛れて本を読んでいる水原を発見。


 向こうは気づいていないみたいなので、おーいおーいと手を振りながら近づけば、私の声に気付いた水原が顔を上げた。


「一体どうした? 羽田まで」


 物事に動じない水原もさすがに怪訝そうな顔をしている。

 ちょっと待って、とジェスチャーをしてから滲んだ汗を拭って息を整える。


思った以上に羽田は広くて、競歩で移動してきたので息が切れた。


「出発前にごめん、時間は平気?」


 飛行機利用のシステムを良く知らないので、まず時間の確認。


「それは平気だ。トラブルが起こった場合を想定し早めに家を出ている。今からカフェでも行こうかと思っていたところだ」


 まったりカフェタイムを奪う気はないので、早速本題に入る。


「実はこれを渡したくて。弁当なんだけど。昨日の礼と……まぁ、励ましも兼ねて」


「弁当?」


 水原の眉がピクリと跳ねあがった。

 何を言いたいかは分かる。みなまで言うな、とジェスチャーで水原の言葉を差し止める。


 私が持つ弁当箱を、水原は爆発しないだろうなとばりばり警戒した顔で見ていた。


 失敬な! と思ったけど、製菓以外の料理スキルが終わっている自覚はあるので、黙って包みを解く。


「ところで君、目の下のクマがジャイアントパン…ダ……」


 水原が不自然に言葉を止めた。視線は私の手元の弁当箱に固定されている。

 ただの弁当ではないと気づいてくれたようだ。


 クマが酷いのは知っているので、ジャイアントパンダは聞き流すことにする。


「昨日ママと作ったんだ。リアリティが足りないから、すぐ分かると思うけど全部お菓子で作った。食欲ないって聞いてたから、これなら食べ……っちょぉ!」


 説明途中で、弁当を持っている両手を掴まれた。

 弁当をじっくり見ようとしたようだけど、持っている私ごと引っ張るな。


 それから暫く水原はスイーツ弁当を検分していた。お気に召して頂けたようで何よりだけど、配置が気に入らないらしく、何やら思案顔で場所を入れ替えていた。


 暇なので水原が持っていた羽田ターミナルの情報誌をパラ見する。

 来るときは急いでいたから回りを見る余裕はなかったけど、空スイーツ美味しそうだ。


「水原。このアップルバームクーヘンって」


「店はここから近い。しっとりまろやかで絶妙な柔らかさのバウムクーヘンの中に、丸ごと煮詰めたほんのりとした酸味のアップルが入っている羽田空港限定販売ものだから買って損はしない」


「商品名を言っただけで、そこまでの情報を返してくることに恐れ入るよ」


 数十分後、ようやく気が済んだらしい水原と羽田空港スイーツ散策へ。

 羽田スイーツは外国人をターゲットにしているからか、その発想はなかったっ! 的な珍しいものが沢山あった。


 せっかく来たから、と空スイーツを幾つか購入し、お洒落なカフェまで堪能していたら、離陸時間が迫っていた。


 小走りで出発ゲートへ向かうも、肝心の水原が遅い。


「ちょっ、何ちんたら歩いてんの? 時間ないじゃんっ、急ぎなよっ!」


「君が隙間を多く作りすぎたせいだ。あまり揺らすと弁当が寄る」


「アホかっ! 飛行機に乗り遅れる方が大問題じゃん!」


 焦りを見せない水原を急かしながら、慌ただしく北海道へ行く水原を見送った。

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