夢を見る
「はい」
「あー私……野田狭霧だけど…」
「知っているが」
「ご存知でしたか」
初っ端からぎこちない会話。
水原との会話に気を張るって初めての経験だと思いながら、本題である服の礼を告げる。
「助かった。ありがとう。あれがなかったら雪の中で途方に暮れるところだった」
「別に。学校に行く用事があったから、ついでに届けたまでだ。用件はそれだけか?」
「んー……んー。それだけって言うか…」
野々宮さんとの事とか、お兄さんの挙式の事とか聞きたいことはあるけど、聞いて良いことなのかよく分からないし、どう切り出せばいいのかも分からない。
無意味なハミングをして、通話を引き延ばしていると
「何やった? 何に困っている?」
と聞かれた。何かに困って電話して来たと思ったらしい。
過去に色々と手をお借りしているので、こいつまた何かやったのか? と疑惑を生んだ。
「違うって。そのさ……お兄さんの挙式に行くって聞いたんだけど…」
「あぁ。出席することにした。兄との結婚は、将来的に旅館の女将になると言うことだ。先方は了承して結婚を望んだらしいが、気がかりは少ない方が良いだろう。結婚式さえ出れば、体面は守られるしな」
気になってつい聞いてしまったけど、こういう時の適切な言葉が思いつかない。
水原の事務的な声に気が乗らない以上の気鬱さを感じて、気まずさに携帯電話を持った手が汗で湿ってきた。
手をハンカチで拭っていると、こほっと水原が小さく咳をした。
「……具合悪い?」
若干ペースが遅い話し方にも、気怠さを感じる。いいや、と否定する声も何だかだるそうだ。
流行りに乗って風邪引いたか?
「風邪ではない。……少し寝不足なだけだ」
寝不足? と聞き返せば、最近嫌な夢を見る、と。
「夢の中で俺は実家に戻っていて、家族と一緒に暮らしていた。そこには数人のこびともいて、最初は楽しい夢なんだが、俺がお菓子を作ってくれるよう頼むと、こびとたちから煙が上がるんだ。何だ? と思った時にはこびとの全身が火に包まれていて、どんどん燃え上がっていく。こびとは炭化した手を見せながら、これでお菓子が作れると思う? とケタケタ笑いながら死んでいった」
「……こえぇぇぇ。なんつー夢だ……」
ホラーを超えてグロイ。私はホラー映画で恐怖を感じることはないけど、スプラッタ系はダメだ、気持ち悪くなる。
「嫌な夢を見るから眠るのが嫌だと思う気持ちと、健康維持のために十分な睡眠はとるべきであるという気持ちが鬩ぎ合い、やはり寝なければならないだろうと強制的に寝ようとするんだが、眠れない」
それは私もたまにある。寝よう寝ようと思うと目が冴える現象。
聞けば、水原は明日の昼の便で北海道へ行くそうだ。挙式の日程はまだ先だったけど、お母さんが数日早い航空チケットを送ってきた。
お父さんに会うのプレッシャーなんだろうな。それもきっと安眠妨害になっているんだろう。
「快眠、疲労回復のツボって知ってる? 人体のどっかにいくつかあるらしいから片っ端から押してみるとか」
「普通そう話を振った場合、そのツボがどこかにあるかの説明も付属すべきではないか?」
「ごめん、知らない」
脳天の真ん中にあるとか、首の根元辺りにあるとか聞いたことあるけど確かではない。
「効果を知らないのに薦めるか?」
「だってさ、安眠方法って人それぞれに合うものが違うじゃん。私、眠れない時は、経済学の本を読んだりするよ。試験前とか特に効果覿面だけど、水原には効かなそうだし」
「……君、本当に今回の試験大丈夫だったのか?」
「問題ない、任せろ」
「絶対に任せない」
そんな風に脱線したままどうでも良いことをつらつら話していたら、電話の向こうで水原が欠伸をしているのが分かった。声も何だか眠そうなものになっている。
まだ良い子の時間だし、肝心な話は聞けてないけど、せっかく訪れた眠りの兆しを逃してはいかん。
「明日早く起きなきゃいけないだろうからそろそろ……」
電話を切ろうとすれば
「……君が…」
半分眠りに落ちているような声で、水原が会話を続けてきた。
「……君が王子と付き合っていないと聞いた」
「ん? うん」
「君は相手をいつも欲しがっていたじゃないか。せっかくの告白をなぜ断る?」
「なぜって……そうだな。今は残念ながらミシェルが向けてくれる気持ちと同じものを返せないからかな。中途半端な気持ちで関係を変えたくないというか……」
「……そうか」
ミシェルではなくて合コンの時に知り合った人となら、もっと軽く考えて付き合えたかもしれないけど。
「まぁ、それでも色々と考えちゃうけどね。……って水原?」
さっきまであった相槌がない。
小声でばーかばーかと言ってみたけど反応なし。暫く無言でいたけど、反応なし。
通話中に寝てしまったようだ。ここ数日グロイ夢を見て寝不足だったらしいので仕方がない。
おやすみ、と小さく挨拶して電話を切った。