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傷心中


 ガラガラ、ピシャンとドアが閉まる音が響いたあと、少しの沈黙。

 野々宮さんははぁっとため息を吐きながらベッドに腰を掛けた。


 肩を落として力なく俯く野々宮さんにどうしたんだろ? と思いつつ、とりあえずは着がえ……とシャツを取り、それが見覚えのあるものだと気づく。


「あれ? このシャツさ……」


 よくよく見れば、このこびとモヘアのセーターも見たことがある。

 問うように野々宮さんを見れば、野々宮さんははぁっと深いため息を吐いて、何もない床をじっと見つめた。

その目が揺れているような気がして、へい? と動きが止まってしまった。


「……水原っち、うちの菓子のために学校に来ぃへんのに、あんたが困ると来るんやなぁ……」


 ぼそっと呟かれた言葉は、聞き取れないほど小さい。


「……野々宮さん?」


「電話したんよ。家、近いの知っとったから。……自分でやっといて、落ち込むって何やねん、ほんまに……」


 顔を上げた野々宮さんの目の縁に零れそうな涙が溜まっていて、うっ! と仰け反ってしまった。


 実を言えば私は、女の子の涙に頗る弱い。

 目に見えて狼狽えた私を野々宮さんが軽く笑って、その弾みにポタンと涙が零れ落ちた。


「うぇぇっ……あのっ…」


「うちな……嘘吐いとったんよ。あんたと水原っちに」


「……嘘?」


 野々宮さんは片手で顔を隠した。

 でもその下から伝わる涙が見えて、慌ててバッグを漁ってハンカチを探すけど見つからない。


 ハンカチ、ハンカチ、どこだっ!? 

 おたおたとする私に、ええからあんたははよ着がえ、と野々宮さんが口元で小さく笑った。


「ほんまはな、あの時幾ら粘っても、うちがあんたの代わりに菓子作るの受け入れてくれへんかった。せやから……うち、嘘吐いたん。あんたと王子が付き合うことになったって……」


 ぽつりぽつりと話し出す野々宮さん。ずずっと小さく鼻を啜ったので、ティッシュを探す。


「あんたと王子が付き合ってる思ったら、水原っちはあんたを家に呼んで菓子を作るよう頼むことは出来へん。そないして水原っちに美味しい菓子作ろ思った。あんたよりうちの方が製菓の腕が上やし、代われる自信はあったん」


 野々宮さんの製菓はプロと並び立てる。

 製菓の学校に通い、特別な資格を持っている野々宮さんと、得意と言っても素人の域を出ない私。比べるまでもない。


「せやけどどんな菓子作っても、ダメやった」


 小さくしゃくった拍子にポタポタと涙が落ちる。泣いている女の子を前にどうしていいか分からず、茫然と膝立ち。


「その内に水原っち、様子おかしなってうちの菓子だけじゃなく他のお菓子もあまり食べなくなった。しつこく聞いたら、兄の挙式に出席するのが少々気が乗らないだけだ、教えてくれたんよ。うち長い間水原っちを好きで、ずっと見てた。せやから知っとる。それがお菓子食べれへんくらい水原っちにとって重いことなんやって」


 水原、お兄さんの式に行くことにしたのか。

 義理堅いところがあるから、実の弟が来ないことに対する世間体を考慮したのかもしれないけど。


「元気出して貰いたくて、手の込んだ菓子幾つも作ったん。プロにも負けへん、と思う菓子を作って届けた。でもダメやった。お菓子食べたあとあんな顔されてずっと頑張れるほど、うちも強くない」


 泣き顔なのに強い目で見つめられて、胸がドキッとしてしまった。


「それでもやっぱりうちは水原っち好きや。……せやから野田っち、水原っちに菓子作ってやってくれへん?」


「……へ?」


 接続詞のおかしさと、かみ合わない話の流れについて行けない私を置いて、野々宮さんはすっくと立ち上がった。


 あーなんや、すっきりしたわ、と言葉とは裏腹の痛々しさを感じる笑みを見せたあと、言葉に詰まっている私から顔を背けた。


「さて帰らへんと。雪降っとるし、電車止まると厄介やで」


 野々宮さんは封を切ったホッカイロを投げてきた。

 既に化学変化が始まっているホッカイロは暖を取るのに十分な熱を発している。


「うちな、あんたのこと嫌いやない。もしあんたが木下優衣みたいな計算大得意みたいな女やったら死んでも諦めへんけど……」


 野々宮さんは小さな声で、水原っちに菓子作ったってと呟いて保健室から去って行った。


「ちょぉっ…! 待ってっ!」


 慌てて追いかけようとしたけど、出来なかった。まだズボン、履いてなかった。

 身支度を整えて、今更遅いよなと分かりつつ、きょろきょろと保健室周辺を見渡す。


 そして未だに真っ赤な顔を両手で覆って座り込んでいるミシェルを発見した。

 保健室に人が来ないよう見張りをしていてくれたらしい。


「さっきはごめん」


 色んなことが重なって、あちこちに思考が飛んでしまい上手く考えられない事にも頭を悩ませつつ、とりあえずミシェルに謝罪。


「ぼ、僕の方こそっすみませんっ! 狭霧さん、嫌がっていたのに布団……っ!」


 まだ動揺が残っているのか上ずった声で謝り返してくるミシェル。


「ミシェルはただ心配してくれただけだし。でも、さっきのことは忘れてくれると助かる」


「ど、努力はしますっ」


 そう言いながら私を見たミシェルは、私の髪が湿っているのに気付いて眉を潜めた。


「狭霧さん、髪が濡れて……。そもそもどうして」


「あー……雪が降ってるからさ。今日は帰ろうか」


 あからさまに誤魔化す私を問い詰めたそうな様子を見せたけど、雪が降っているのは事実だ。


 話を続けようとするミシェルを促して外に出れば、ちらほらと降る雪がうっすらと地面に積もっていた。

 風が吹くと斜めに雪がぶつかってきて、冷たい。


「……帰りましょう」


 仕方ないという気持ちを滲ませて軽く息を吐いたミシェルは風と雪を遮るように私の斜め前を歩いて、駅まで送ってくれた。

 ミシェルは心配なので家まで送ります、と言ってくれたけど、雪で電車が止まる可能性があるのでお断りした。


 ホームで別れるぎりぎりまで心配してくれていたので


【心配かけてごめん、無事に家に着きました】


 家に着くなりメールを送ってみれば、すぐに返事が来た。


【安心しました。それで今日一体何があったのか、聞いても良いでしょうか?】


 やっぱり気になるよね、と頭を悩ませてしまった。

 暫く悩んだのち、不注意で水を被ってしまったと送信。全くの嘘と言うわけではない。


 湯上りでほかほかしつつベッドに転がれば、次に頭を占めるのは野々宮さんと水原のこと。


「う~ん……」


 唸り声を上げつつ、借りた服に目を落とす。

 水原と野々宮に何があったのか正直あまり分かってない。


 ミシェルが私に告白をしてくれたあの日の夜、野々宮さんから水原のお菓子はうちが作る! とメールを貰って、それと同時に水原からのお菓子要請メールが途絶えた。


 ぱたりと途切れた関係に寂しい気持ちはあった。正直に言えば、かなり。

 でも私と野々宮さんのレベルは歴然としているし、何より水原に向かって全力疾走している野々宮さんの邪魔をするのは気が引けた。


 敢えて首を突っ込まないようにしてきたけど、やっぱり水原の様子が気になるし、野々宮さんの言葉も気になる。


 まずは、と野々宮さんに電話をしたら


「うちは今傷心なんやっ! ええからあんたは水原っちに菓子作ったれっ!」


 ガチャ切りされた。あまりの声量に耳がきーん。


「……なっ…何なんだ…」


 暫く携帯を前にむむむと唸っていたけど、このままぐだぐだ悩んでも仕方ない。服の礼も言いたいので、水原の携帯電話に発信。


 水原は件名にしか要件をいれないくせに、電話よりもメール派だ。だから電話しても出るかどうかは五分五分だった。

 出なかったら服の礼だけはメールで送ろうと思っていたけど、数コール目で画面の表示が通話に変わった。


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