保健室で
「……へ?」
保健室への用事は怪我か病気かの二パターン。
怪我でなければ、病気。ミシェルはそう判断したようだ。
今は特に大学で風邪が大流行していて、試験のために無理を押して来る生徒も多く、学内はウイルス蔓延中だ。私もその影響を受けたと思ったらしい。
切れた携帯電話に目を落としてから、自身を見る。全身湿っているし、シーツだけだし。
こっちに来るって……。ばっと掛布団を引っ掴んで、ベッドに伏せる。
いや、まずいっ。幾らなんでもこの格好はまずいっ。
そもそも保健室へいる理由を何て言ったらいいんだっ?
どうしよ、どうするんだっと掛布団で作った暗黙の中でパニック。ミシェルに来られたらまずい理由が満載だ。
野々宮さん、帰ってきて~と心の中で叫んだところで
「狭霧さんっ! 大丈夫ですかっ?」
息を切らしたミシェルが飛び込んできた。
は、早いな……万事休す…。
こんもりとした掛布団の山だけでは誰だか分からないだろうけど、ベッドサイドには私のバッグが置いてある。
当然ミシェルは私だと気づいて、優しく揺すってきた。ベッドに寝ていることから体調不良を確信したようだ。
気遣うような、音量を落とした声で容体を聞かれた。
いや、体調が悪いんじゃないんだけど……どうしよ、この状況。
「狭霧さん。コート持ってきました。寒いのに薄着は良くないですよ」
「……ありがと」
「声がちょっと掠れてますね。風邪でしょうか? 熱はありますか?」
「うっ……。いや、あの…体調悪くないって言うか、至って元気なんだけど……」
「……? ともかく顔を見せて貰っても良いですか?」
「……無理」
心配しているミシェルの様子が掛布団越しに伝わってくる。
いや、ミシェルが心配するような体調不良じゃないんだけど、だったら出て来いと言われてもそれも困るわけで、どうしたら良いんだ。
ミシェルがそっと掛布団を引く。すかさず抵抗。
「狭霧さんの病院嫌いは知ってますけど、あまり酷いようなら行った方が良いですよ。僕、付き添いますから」
宥めるようなミシェルの声に被せて、くしゃみ連発。ミシェル、風邪とますます確信。
「……えーっと……今はちょっと都合が悪くて……」
私は怪我にしても体調不良にしても、ちょっとのことでは病院を頼らない。
別に病院嫌いってわけじゃなくて、明日治るような気がするから行かないだけなんだけど。
今回もその類の拒否だと思ったミシェルが、少し強めに掛布団を引いてきた。
抵抗できる力加減だったけど、タイミング悪くくしゃみが出て指が外れた。
「まず体温計で熱をはかりっ……なっ!」
気遣わしげなミシェルの声が跳ね上がった。心配そうな顔も驚愕に変わっている。
そりゃそうだ。どうしよう。
ミシェルは青い目を見開いて私を凝視していたけど、動揺して何歩か後ずさりしたため、簡易の衝立にぶつかった。
「あぶなっ!」
それが倒れそうになったので、慌てて手を伸ばして支える。その動きのせいで完全に掛布団が落ちた。
「うわっ……えっ??……なんっ…」
ミシェルの狼狽えが半端でないので、こっちもパニック。
ミシェルは頬を赤くしながら茫然と私を見ていたけど、目が合うと慌てて手で顔を隠した。
「これにはっ……深い事情があってねっ!」
驚きのあまり言葉になりません! 状態のミシェルに、こちらもどうして良いか分かりませんっ! と慌てふためいていると、がらっとドアが開く音が聞こえた。
まずいっ! と掛布団を拾い上げようとした私よりも早くミシェルが動き、それを被せてくれた。
けど結構な勢いだったので、二人してベッドに転倒。
ミシェルが慌てて飛びのいて、衝立にぶつかった。
「……あんたら、何しとんねん」
待ち望んでいた野々宮さんの声が聞こえた。
大きめの紙袋をぶら下げた野々宮さんは呆れたように私とミシェルを見て、ぐらぐらしている衝立をベッドの傍に置いてくれた。。
ほら、と差し出された紙袋を反射的に覗き込めば、一番上にはビニール袋が乗っていて、中には下着と靴下が入っていた。
その下には暖かそうな厚手のシャツとセーター、裏毛がついたズボンにスニーカー、ホッカイロが。
「風邪引く前に、着替えた方がええんちゃう?」
着がえを急かす野々宮さんの声に被せて
「うわっ!……ぼ、僕っ、外でっ、待ってますからっ!」
そう叫ぶと、ミシェルは慌てて保健室を出て行った。