表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/89

気になること


 水原のこびと好きは小さい頃から筋金入りだ。

 水原がこびとマニアとなった所以は一冊の絵本にあった。ものに執着がない水原が唯一大切に扱っていたそれは、誤解からお父さんが取り上げて燃やしてしまった。


 お父さんは元より、お母さんもお兄さんも泣いて止める水原の味方にはならなかった。

 その事と焦げた絵本は幼い水原に深い傷を残した。


 水原の実家は老舗の旅館を営んでいて、家族でどこかに行く時間などなく食事時ですら別々に過ごす。

 そんな状況で、一度できた溝が埋まるはずもなく。


 水原もお母さんも言葉を濁していたので詳しくは知らないけど、それからも色んな不和があったらしく、水原は中学卒業を機に祖父母に身を寄せ、上京。

 祖父母が亡くなった時、水原は未成年であったのにそのまま自立。大学資金はその頭脳により無償。生活資金はどこぞで身につけた株のノウハウでやりくり。


 現在に至る。


 水原は基本的に誰かに頼るのを良しとしない。私への些細な頼み事ですら、最初は金銭のやり取りを発生させようとした。


 それは性分もあるだろうけど、親から当然のように与えられるものが少なかったせいもあるのかなぁ、と考えるとちょっと悲しくなる。


 そんなわけで、野々宮さんから水原の様子を聞いた時から非常に気になっていたわけだが。


 まさかこんな状況で遭遇するとは。


「……君は一体、何をやってるんだ」


「……」


 お昼を少し過ぎた頃に、知らないメアドからメールを受信した。


 その本文には、どうしよう~助けて。今すぐ、図書棟にある郷土資料室に来て!! と言う怪しい一文が。


 怪しい。でもメアドを知っているって知り合い?

 誰何するメールしても返信はない。


 危惧した通り、女の子からと思われる嫌がらせはちょっと悪化したのでこのメールも怪しい。


 けど、メアドを変えた友人に何かあったと言う可能性も捨てきれない。迷った後に、言われた通りに郷土資料室に行ってみれば、見事閉じ込められた。


 やっぱりね、ふっ、分かっていたさと思いながら、この時間に学校にいるのはと携帯を取り出せば、まさかの圏外。二重のトラップだったか。

 郷土資料室の利用頻度は少ない。


 でも閉館時には見回りをするだろうから、最悪その時には気づいてもらえる。

 そう思うけど空調が効いていないこの部屋は、非情に寒い。


 ふと外を見れば誰もいない中庭に面しており、これまた良さげな立派な木が傍に生えていた。


 少し悩んだ後、決断。よし、脱出しよう。

 資料室は図書棟の二階だし、がっしりとした木は私の体重を十分支えてくれそうだ。万一落ちても下には柔らかそうな草が茂っている。


 冬の寒い時期に、図書棟の周りを誰かが通るとも考えづらい。

 資料室から木に乗り移って、へへん楽勝、楽勝とひょいひょい下りているとどこからか視線を感じた。


 ん? と回りを見れば、不審者を見つけたような顔をして立ち尽くしている水原の姿が。


 そして先ほどのセリフに戻る。


「いや~……呼び出しを受けて行ってみれば、郷土資料室に閉じ込められまして……」


 水原は個人研究室を明け渡す準備をしていて、近くを通りかかったらしい。

 重要な研究資料を家に運び込まなくてはいけないそうだが、重そうな両手の紙袋の中には、大量のスイーツ情報誌。


 研究ってそっちかい。

 えっちらおっちらとそれを運んでいる時に、異常にゆさゆさ揺れる木に気付いて、まさか猿? と疑って近づいてみれば私が飛び降りてきたと。


「郷土資料室は利用申請がない限り閉鎖されているぞ。開いていたのか?」


 郷土資料室はカウンターで利用申請をして鍵を借り、使用が終わったら鍵を返すと言う特殊システムが用いられているらしい。


 私が来た時は、鍵は開いていた。

 つまりは誰かが鍵を開けて待機し、やってきた私をそのまま閉じこめたという事か。


「……利用申請する時って、氏名と学籍番号を記入するのかな?」


「そうだ。ただ開示はされないぞ。個人情報だからな」


「だよね……」


 悔しいが犯人は分からずじまいだ。

 しかし数分で脱出したことは、犯人を出し抜いてやった優越感があり、心へのダメージは少なかった。


 水原が念のためそのメールを見せてみろと言うので、バッグから携帯を取り出して目が点。


 着信十二件、留守電五件、メール三十八件。


 ぽかんとしたまま確認すれば着信は非通知で、留守電を聞けば無言で切られていた。


「どうしたんだ」


 携帯を見るなり固まった私を見て、水原が訝しげな表情を浮かべた。


「いや……寂しい人妻とか、彼氏と別れたばかりの社長秘書とか、夜勤で忙しくて恋人が作れない看護婦さんから会いたいってメールが……」


 何だこれ。さやかって誰?


「馬鹿。開くな」


 本文を確認しようとすれば、水原に止められた。貸してみろと手を出されたので、ぽんと携帯をその上に置く。


 件名からして怪しいメールの発信先を数件見て


「どこかで情報が漏れたな。君のアグレッシブなメアドはソフトの無差別送信で一致しづらいものだが、絶対ないとは言い切れない。君の友人がウイルスに感染したとも考えられる。原因は分からないが、複数の業者に漏れているようだ。こういうのは一度漏れると広がる。メアドを変えるかフィルターで暫く指定受信するか、どちらかにすべきだな」


 解決策を提示。

 よく説明書なしですいすい操れるなぁと感心する。


 私はあまり機械が得意な方ではなく、説明書を読むのも苦手だ。メアドを登録するのもよく分からず、有岡先輩に任せたら微妙なメアドにされた。


【drop-kick-dekiru.noda182ko@~】


 ドロップキック出来るのだ! 一発KO。

 先輩にどや顔で見せられた時はむかついたが、登録の直し方も分からないし誰かに頼むのも面倒でそのままにしてある。


「君、そもそも携帯のセキュリティ甘くないか?」


「あーそういうのあんまりよく分からなくて……」


 スマホを持って何年も経つが、未知のアイテムだ。

 大学の入学祝いにスマホをプレゼントされたのだが、私の手には余る代物だった。


 最初は通話のやり方すら分からなかった。機能が多くて、その上複雑で使いこなせない。


「せめてフィルターはかけておくことだ」


 水原が呆れたような表情を浮かべて、携帯を返してくるけどフィルターのかけ方がよく分からない。

 私の表情からその事を読み取った水原が設定画面を出してくれ、パソコンから配信されて来たメールの全受信を拒否して、必要なメアドを指定受信しろと説明してくれた。


 しかしずらっと並ぶ表示画面のリストが理解できない。

 何これ、ファンタジー。


 うーんと指を彷徨わせれば水原が木に寄りかかって、長期戦の構えになった。


「まずここに、パスワードを入れろ」


「ゼロ四つ」


「……そこからか」


「何が」


 水原はそれから暫く私の携帯を弄っていた。まずはパスワードの変更から、セキュリティソフトの導入など。


 モバイルセキュリティの無料版でおすすめはここのなんちゃら、うんちゃらで、でも最初は有料版の無料お試し期間でウイルス確認うんぬんで、このアプリはデバイス紛失時に遠隔操作でうんちゃらかんぬん、だそうだ。


 なるほど、全くわからん。

 最初はいちいち私に説明をして、どうするか? どれにするか? と確認取っていたけど、言っている意味がチンプンカンプンで、じゃそれでお願いします!


 と適当に良い返事をしていたら無言で作業するようになった。

 ありがたい。


「ウイルス感染はしていないようだな」


 数十分後に戻ってきた私の携帯は、パワーアップして迷惑メールや非通知着信、ウイルス感染などをブロックする力を付けていた。


 ありがとう! と礼を言うと、この程度誰でも出来るんだがなと言いながら、水原は去っていこうとした。


「あ、待って」


 とっさに引き止める。

 荷物を手に顔だけ振り返った水原に


「……げ、元気?」


 健康のお伺い。


「見ての通りだが」


 何言ってるんだ? と言わんばかりに、怪訝そうな顔を返された。


「えーっと……」


 引き止めたものの、核心に迫る質問は出来ない。

 様子がおかしい原因はお兄さんの挙式なのか、そして挙式に参加するのかしないのか、聞けばあっさり答えてくれそうだけど、それから先の言葉が続けられない自分が予想できる。


 それなら最初から何も言わずに別れれば良かったけど、改めて水原を見れば少し痩せたような気がして何か言わずにいられなかった。


 それは野々宮さんの健康を考えたスイーツ効果かもしれないけど。

 数秒、気まずい沈黙が走る。


「……」


「……」


「……あ、そーだ。これあげる」


 思いついて、バッグを漁る。

 そう言えば柚子ジャムを持っていたのだ。携帯の礼も兼ねて瓶を渡せば、水原はちょっと首を捻った。


「マーマレードか?」


「ううん、柚子ジャム。この時期になるとママの同僚が、親せきの近所の農家の人から柚子を大量に貰うらしくて、お裾分けしてくれるんだ。だから毎年恒例で作ってる」


「真っ赤な他人をそこまで詳しく説明しなくても良いと思うが」


 うるさいな。分かっているけど、毎年ママがそう言って嬉しそうに持ってくるから、私も何となくそのまま覚えてしまった。


「要冷蔵で三ヶ月は日持ちするから」


 作ったジャムはパウンドケーキに入れたり、パンケーキのトッピングにしたりして、数週間で使い切るから消費期限を気にしたことなかった。けど通常は三ヶ月ほど日持ちするはずだ。


「ベーシックに食パンやスコーンに塗ったり、ヨーグルトに入れるのも良いけど、冬はお湯で割って柚子茶にするのも良いよ。マグカップにスプーン三杯くらいかな」


 使い方を挙げれば、水原はふーん色々あるんだなとちょっと感心したように呟いた。

 いやいや、私が言っているのって、何の変哲もないジャムの使い方だけど。


「今まで、何に使ってたんだよ」


「酒のつまみに」


「その発想はなかった」


 ワサビとか塩とかは聞いたことあるけど。

 水原はそれを紙袋の下に入れながら、試験は大丈夫か? と聞いてきた。


 任せろ、今年はいける。四教科しかないし、もっとも難しいとされる簿記だが検定のためにみっちり勉強したから、事前にちょっと復習するだけでいけそうだ。


 余計な心配を掛けないために自信ありげに頷いてみるけど、前科ありのせいか水原の視線は疑わしそうだった。


 口だけ自信満々で、単位を落としてしまっては格好がつかないので、家に帰って早々机に向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ