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弟以上の存在


 坊さんも猛ダッシュの忙しない十二月が過ぎ、年が明けた。

 毎年恒例の空手サークルの初詣は、有岡先輩の要望で四日に行くことになった。


 確かに三が日は混むから四日の方が良いかもなぁと賛成したら、三が日は吾輩出社により、と書いてあり完全なる自己都合だと分かった。

 まぁ、大学生は冬休みがまだあるので別に良いけど。社会人って本当大変そうだ。


 先輩はイベントコンサルタント会社の営業マンだ。

 式典や発表会、結婚式の二次会、同窓会などのイベントを企画提案したりサポートしたりする。


 先輩の就職先を聞いて、天職だ、これほどの天職があるのかっ! と誰もが思った。



 そんなわけで四日。四日でも神社は結構な混雑具合。

 人混みが少ない入口付近で待ち合わせをすることにしたけど、珍しくも木下さんが少々遅刻するとの連絡があった。


 境内の中に入ってしまうと、電波の状況が悪くなりそうなのでそこで待機。


「では待ち時間を有意義に過ごすため、今年の抱負発表会を開催したいと思う」


 三が日休まず働いていたのに、バリバリ元気そうな有岡先輩は醤油せんべい片手にイソベ餅を食べつつ、甘酒を飲んでいた。全部、米。


「はい! 彼女を誰よりも幸せにする、を今年の目標にしたいと思います!」


 メンバーの一人が先陣切って挙手。良いけど、まず彼女を作ることが第一段階だと思う。

 しかし新年早々、きつい突っ込みは止めようと寛容な心でいたら、それは抱負じゃなくて妄想だろ! と他のメンバーが突っ込み喧嘩に発展した。


「はい! 大学とモブポジション、卒業!」


 両方無理だろっ! と突っ込みが入ってまたも喧嘩。

 新年早々喧嘩は止めれ。寒いからポケットから手を出したくない。


「諸君。抱負とは一年の決意であり、手の届く現実的なものにすることで高いモチベーションを維持できるのだ。それを踏まえ、表明して頂こう」


 ごちゃごちゃ喧嘩するメンバーを呆れたように見つつ、イソベ餅をむにょーんと伸ばして食べる先輩。


「そう言う有岡先輩の抱負は何なんですか?」


「俺か? 俺は取締役に昇進」


 先輩が一番アホだ。

 うーさむっ! と首に巻いたマフラーの中に鼻まで突っ込んでいると


「雪が降りそうですね」


 ミシェルが薄らと曇った空を見ながら、私の右側に移動して来た。

 空を見ながら白い息を吐くそんな動作でさえ様になっていて、着飾った人が多い正月の神社でも目立っている。


 シンプルな服装でも人目を引く。新年もキラキラしさが変わらないなぁ、と思ったところで、さっきよりも若干寒さが和らいでいるのに気付く。


 冷たい風を遮るように風上に立ってくれたらしい。

 ありがとう、と言えばミシェルはにっこりと笑った。


「さて野田の抱負を心して聞こうか!」


 先輩にマイク代わりのイソベ餅を向けられたので、


「時間を無駄にしない、です。先輩がやった抱負発表会のせいで既に破られましたけど」


 互いの抱負にヤジ飛ばし合って、ホッカイロをぶつけ合う喧嘩に発展したメンバーを指さす。

 近くに地方テレビ局が。アホな大学生として映らなきゃいいけど。


「なるほどなるほど。お金はなくなったら稼げばいいが、時間は無くしてしまったらそれで終わりだからな」


「何を良いこと言ってんですか」


 ふむふむと大げさに頷いた先輩はイソベ餅をほれ、と私に渡しつつ


「ミシェルはどうだ?」


 ミシェルに水を向けた。

 ミシェルは思案するように口元に手をやって、ちょっと悩んでいたけど


「そうですね……諦めないこと、です」


 爽やかに微笑みつつ、そう答えた。


「……っごぉほっ」


 ごくん。

 思わず飲み込んでしまった大きめのイソベ餅が、喉の辺りに引っかかって噎せ込んだ。


「狭霧さんっ!?」


「野田が餅詰まらせたーっ!」


「おまっ! 正月にシャレにならんことをっ」


「誰か飲み物っ!」


「汁粉で良いかっ!?」


 殺す気か。暖用に持っていた缶コーヒーを貰って、事なきを得た。


「すみません。……つい…」


 ミシェルが私の背を撫でつつ、謝罪して来た。いや、本当簡単に狼狽えるので意味深な発言は止めて欲しい。


 そうこうバタバタしているうちに木下さんがやって来た。鮮やかな朱色の着物を着て。


 大和撫子、まさに大和撫子。

 楚々とした雰囲気を纏った木下さんは、着物だからいつもよりも小幅で、歩き方にまで可愛らしさが溢れていた。


 言うまでもなくメンバー大興奮。


「遅れてごめんなさい」


 寒さで頬をちょっと赤く染めた木下さんが、白い息を吐きつつ遅刻の謝罪。

 首を傾げた拍子に簪がしゃらんと鳴って、それすら可愛さを示す効果音のようだ。


「うわぁ~眼福……」


 同性の私ですら、そう思った。ご利益がありそうなほどの華やかさで、同じ気持ちだったのかメンバーの数人がありがたや~と拝んでいた。


「ミシェル、どうかしら。着物を好きだってって前に言ってたから」


 はにかみながら、小袖を持ってミシェルに見せる木下さん。

 ミシェルが日本に留学したのは伝統文化に魅せられたためで、日本古来の衣装が大好きだ。


「とっても似合ってますよ」


 ミシェルと木下さん。この二人が揃うと、ドラマの撮影のようになる。


 ともあれ、全員揃ったので参拝。

 予想以上の込み具合で大変だった。待ち時間何と四十分。


 参道は人で溢れていて、縦の流れが若干異なるから最初はみんな横並びしていたけど、徐々にずれてきてしまった。


「はぐれると合流が難しい。メンバーの確認を怠るな」


 偉そうに宣っていた先輩が真っ先にいなくなっていた。あの人はも~本当にさ~とぶつぶつ思っていたら、他のメンバーが見当たらなくなった。


 ……私もはぐれた。

 順風な社会人生活を祈って賽銭を投げ入れた後、人がひしめき合う参道を逸れて、脇道へ。


 この人ごみじゃ、探し出すのは無理かなぁ? と思っていたけどあっさり見つかった。


 木下さんを取り囲むむさ苦しい一団は悪い意味で目立っている。

 そこからちょっと離れたところで話しているミシェルと有岡先輩もビジュアル的に目立っていた。


「あ、先輩良いなぁ。イカの姿焼きどこで買いました?」


 焦げた醤油の香ばしい匂いに引かれて、先輩たちに近寄る。


「みたらし団子にも引かれてます。焼きそばと、お好み焼きも外せなくて、行列が出来ている焼きトウモロコシも捨てがたくて。どれにしよ」


 主食は一つだけかなぁ。財布の事情で。

 悲しいことに最近、屋台の物価が上がっているような気がする。


「野田……お前な」


「はい?」


 先輩がちょっと呆れたような視線を送ってきた。いや、何で?

 首を捻っていたら、わしゃわしゃ撫でられた。髪の毛、ぐっしゃぐしゃ。


「何するんですかっ!」


「お前の空気の読めなさは、称賛に値するレベルだと思ってな」


「は?」


 有岡先輩だけでなくミシェルまで苦笑している。意味が分からず二人を見上げれば


「買いに行きましょうか」


 ミシェルが先輩のイカ焼きを指さした。

 うん、と頷きながらも二人の空気がどこかおかしいのに気付いて、首を傾げる。


 何かあったんですか? と口を開こうとした時


「ミシェル、さっきの質問だがな」


「はい」


「むろん、ただの後輩などと思っていない。俺にとって野田は実の弟のような、いや実の弟以上の存在だ」


「……?」


 ミシェルと先輩が妙な会話を交わした。

 実の弟以上って、先輩の弟さんに申し訳なく思ったけど先輩一人っ子じゃん。


 ミシェルと連れ立ってイカ焼きを買いに行く途中、何の話だった? と探りを入れたけど、はぐらかされた。何なんだ。


 イカを齧りつつ戻ると綿菓子を持った木下さんが、良かったら一つどうぞ、と柔らかく微笑みながら差し出してくれた。


 可愛い女の子に似合う屋台メニューで、メンバー全一致で綿菓子に決定。献上。

 でも一人一個ずつ買ってくるな。


 むさい男が大量に凝り固まって綿菓子持っているのは、知り合いでも近寄りがたい、というか近寄りたくない。


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