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その変化 1


 早口でがなり立てる野々宮さんに、うんざりと迷惑そうな表情を向ける水原。

 これは巷で良くある修羅場と言うものだろうか?


 野々宮さんは、三度目の告白を水原にすると言っていた。

 そこから推察するに、断った水原に尚も野々宮さんが迫るといったのが今の状況だろうか?


 でもなんで野々宮さんは、私を呼んだんだろう?


「野田さん!」


「えっと……?」


 込み入った話と察したミシェルが、ドアを閉めた。外の音が遮断されて、嫌な沈黙が広がる。


「野田さんは、どう思ってるんっ!?」


 いきなり話を向けられて言葉に詰まる。他人の恋愛ごとに口を挟むのは、私には難しすぎる。


「……そういうのに部外者が入るのはちょっと……二人で話をした方が良いんじゃないかなぁ」


 二者間でどうぞと、そそっと退室しようとすれば


「そう。君にはあまり関係がない」


「あるやんっ!」


 水原と野々宮さんの声が被った。

 好きです、すまないが君の気持は受け取れない、そんなっでも私っ、諦めてくれ……失恋のちょっと切ない雰囲気と言うより、ファイティング中の熱いものを感じ状況把握に困る。


「あのさっ野々宮さんが……その…告白したその後、と言うのが現在の状況だと思うんだけど、私から水原に付き合えとか、野々宮さんに別の男が良いよとか、そういうこと言えないし、言わないよ」


 話が読めずに困っているミシェルにも悪いので、教室を出ようとすれば


「そんな話はしとらん! 一人暮らしの男の家に、女が一人で行くことに関しての話やっ」


 野々宮さんが叫んだ。

 一人暮らしの男の家に……。なんだかちょっとばかり、心当たりがある。

 どうやら全くの無関係と言うわけではないらしい。


「君は人じゃないから問題ないと何度説明しても分かってくれない」


「意味分からへんし、モラルの問題やっ」


 またも議論を始める水原と野々宮さん。ミシェルがどういうことですか? と尋ねると野々宮さんは、私が水原の家で定期的にお菓子を作っていることを説明しだした。


 野々宮さんの話を聞いたミシェルの顔が、はっきり分かるほど強張った。


「うちは野田さんが水原っちの家で作ってるってことまでは知らんかった。しかも週に何日もやろ? それで付き合ってない言われても納得できへんわっ」


「狭霧さん……一人暮らしの男の人の家に通ってるんですか?」


 くるっと私に向き直ったミシェルが真剣な顔をしていて、答えに詰まる。


「そうなんだけど……。そう言われると誤解されそうなんだけど、そういうんじゃなくて……」


 確かに水原は一人暮らしだし、生物学上で言えば私たちは性別が異なるのでその通りなんだけど、でも違う。

 私と水原の特殊な関係をどう説明すれば良いか分からずに、うーんと唸ってしまう。


「水原っちが野田さんと付き合ってる言うなら、うちかて仕方あらへんと思うし諦めもつく。でも違う言うし。水原っちは野田さんが自分に菓子を作ってくれるだけと言うけど、でもそれならうちでも良いやんか!」


 でも水原っちはダメや言う……トーンを落とし野々宮さんが呟いた。

 言葉を探していると、落ちた野々宮さんの勢いを受け継いだようなミシェルに


「狭霧さん、そんなことしてっ! 身の危険を感じることはないんですかっ!?」


 がしっと肩を掴まれた。

 はい?……身の危険??


「俺はある」


 大いにあると即答した水原の言葉は、ミシェルに聞こえてないようだった。

 私が武力行使するのは、水原が菓子を独り占めしようとした時だ。


 完全なる被害者ぶるなっと水原を睨めば


「狭霧さんは自分が強いと思って、油断が多いですけどっ……でもっ狭霧さんは女の子なんですよ?」


 いつにないきつい口調のミシェルに肩を引かれ、視線がぶれる。


「危ないと……っ思わないんですかっ!?」


 びっくりして一歩下がれば、トンとドアに背中がぶつかった。

 危ないのは俺と俺の罪なき家電たちという水原の訴えは、またもやミシェルには聞こえていないようだった。


 聞き慣れないミシェルの荒げた声とソフトでない行為に、しどろもどろになる。


「いやっ、そのっ…誤解させているけど、私と水原はそんなんじゃなくて……」


 ミシェルは想像力が逞しいので、見当違いなことを心配しているのかもしれない。ミシェルの白い肌がうっすら赤く染まっていて、気持ちが高ぶっているのが分かった。


 日本人にはない吸い込まれそうな色の目が強い。

 ミシェルらしからぬ行動に、えぇぇ? と狼狽えながら手を外そうとしたけど外れなかった。


 ミシェルが心配するようなことはないんだよ~と焦りながら、フォローを頼むと水原に視線で訴える。


 それを受けた水原はしかりと頷いた。


「俺が野田さんに何かするんじゃないかと疑うのは、天から空が落ちてくるのでは? と心配するくらい無駄な時間だ」


 うんうん、杞憂と何度も頷く。


「そもそも俺は野田さんを女と見なしていない」


 私も水原を男だと思っていないので、こくこくと激しく同意を示す。


「敢えて言うなら、種族を超えた友情だ」


「そう!」


 大きく深く頷いた後、ん? となる。


「……性別! 性別を超えた友情ね」


 即座に訂正。

 頼むからこびと発言はしてくれるな! それでちーちゃんの時は話がややこしくなった。


 こびとの話題は避けつつ、うまく説明しようとしたけど、ミシェルの態度は柔らかくなるどころか硬化していった。


「何の危険もないって言いますけどっ……僕にはそう思えません!……家に行くのやめてもらえませんか?……僕の勝手なお願いだってわかってはいますけどっ…でもっ」


 あまりにも近すぎるミシェルとの距離に、背中にあたるドアを開けようとすれば、がしゃんとカギを閉められた。


 カギはすぐに開けることが出来るけど、何だか追いつめられている感じがして焦る。


「いや、本当にっ! もしっ、仮にっ、そういう事が起こったとしても危険はないっ。だって私は黒帯、水原は格闘未経験者だし」


 地球が滅んでもありえない話だけど。

 でも第三者には説明しづらい私と水原の関係なので、仮定法を使って否定する。


 有段者である私が素人の水原にしかけちゃ本当はダメだ。でも今更だし、その辺りは除外視。


「試合とは違います。ルールがなくてこんな風に押さえられたらどうするんですっ? 僕だって狭霧さんほどの段は持っていませんよ」


 肩に置かれた手はそのままに、ミシェルに両手を押さえられた。


「え? えぇっ? あのっ、そっそうだな……まずは関節の弱点を狙って……」


 美形が凄むと迫力あるな、と困惑しながらも分析すれば


「ならやってみてください」


 長すぎる足でドアに固定された。

 自分よりも体格が良い相手と戦う場合、接近戦は極力避け、間合いを取ってここぞという時に懐に入って一発で決める。


 最初から体勢が不利な場合は、負けるに決まっている。


「あのっとりあえずっ、まずは落ち着こう。そう、冷静に落ちちこう!」


 近いっ近いっ! と今までにない距離に焦って間合いを取ろうとするけど、その手段がない。


「僕は落ち着いています」


「確かに!」


 落ち着いているとは言えるけど、いつものミシェルではない。そのいつにないミシェルの様子に焦っているのは私の方だ。


 近いっ、近すぎる。

 顔がぶつかりそうなほど近い距離で覗きこまれ、ぎゅっと目を瞑りながら俯く。


「あり得ない事態を想定し、揉められても困る」


 言いながら、水原が間に入ってミシェルと私を離してくれた。

 ありがとう、レフェリー水原。次はもう少し早めに頼む。


 普段とは違いすぎるミシェルにちょっと戸惑っていた私は、離れた距離にほっと息を吐く。

 結構な力で掴まれた肩に痛みが残っていたので、無意識に手で押さえればミシェルがはっとしたように表情を戻した。


「すっ、すみません。かっとなってつい……っ」


 謝りながらミシェルが私の肩に手を伸ばすと、水原がそれを弾いた。

 むっとしたようにミシェルが眉を寄せ、水原を睨む。


 無言のままの二人の間に、険悪な空気が流れている。数秒のことなのに、異常に長く感じた。


 水原はミシェルと視線をそらさずに、ふぅっと溜息を吐いた。


「世間一般ではどうかは知らないが、野田さんが俺の家に来るのは全く可笑しなことではない。なぜなら野田さんは、俺のこび」


「あー……」


 やばい、こびとが出そうだ。


「世間一般から見てどうという話ではなくっ! 僕がっ、狭霧さんを好きだから、止めてほしいって言ってるんですっ!」


 よぉしっ! こびと発言、遮られた。 


 安心したのもつかの間、その後のミシェルの言葉が遅れて脳内に届く。


「へっ?」


「……」


「……はい?」


 間が抜けた私の声が、教室の床にぽんっと落ちて転がった。


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