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変化の前触れ


「ミシェルのお蔭で、本日も女の子大量、差し入れ大量なのだー」


「今日は何と、木下さんも来てくれる予定なのだー」


「お掃除っ、お掃除っ」


 ばっさばっさと箒を振り回し。


「殺虫っ~殺虫~ゴキブリさん~出てきなさい~」


「ここかなぁ?ここに隠れて、いけない本でも読んでいるのかなぁ?」


「俺たち非情なムッシュ虫殺し~」


 がったごととテーブルや扇風機などを動かし。

 ひょっほーいとハイテンションのメンバーを見て、ドアを閉めたくなった。冬に突入している時期なのに、暑苦しいことこの上ない。


 そもそも掃除など普段からやっておけば良いものを、ここ最近は木下さんの足が遠のいてあることもあり、荒れ放題だった。


「狭霧さん、どうしたんですか?」


 中を見るなりドアを閉めた私を見て、ちょうどやって来たミシェルが不思議そうに首を傾げた。

 ミシェルの多大な協力のおかげで、無事に卒業旅行の行き先がフランスに決まった。


 航空チケットの手配や、ホテル、交通機関、レストランなど詳しい情報をアドバイスしてくるというので、時間を決めて部室で待ち合わせる約束をしていたけど、場所のチョイスを間違ったかもしれない。


「うぉっ!やべぇ、やべぇやつがいたぞっ」


「げぇ、これは…お父さんだっ!」


 ドアを開けると、一匹の黒々としたゴキブリを見て、慌てふためいていた。

 ゴキブリはノロノロと触角を動かし、壁を這っている。動きがのろいのは、さっきの殺虫剤が効いているせいだなと思ったら、飛んだ。


「うわぅ。攻撃飛行隊かっ!」


「みんな伏せろっ!」


 意外とみんな大きなゴキブリが苦手らしい。


 仕方がないので、得意の足技で瞬殺する。ゴミ箱に捨てようと抓み上げれば、何故かメンバーからブーイングを食らった。


「野田っ~お前、なんつーイケメソなことをっ!」


「南無ーじゃねぇだろっ!もっと他に言うことはないのかっ!?」


「素手っ!?素手で鷲掴みっすかっ!!」


 なぜブーイング。

 そもそも誰のせいで、ゴキブリが出現したと思っているんだ。そういう意味を含めて睨んでやれば、さー続き続きと作業に戻った。


「野田、この英会話の本、見やすい場所に置いといて~木下さんが、勉強家なのね!って思ってくれるように見やすいところに頼むぞ」


「分かった」


 本棚の一番上のグラビアアイドル写真集の間に並べてやる。

 

 掃除していたメンバーは、早くも遊びに移行。どったんばったん、うるさいのでそろそろ止めないと隣近所から苦情が来そうだ。


「アイ、ラブ、ユイーっ!」


「アイ、ラブッ、ユーイッッ!」


「アーイッ、ラビッッ、ユーーーイッ!」


 うるさい。

 耳を塞ぎながら、張り切っているメンバーにアドバイスを兼ねた警告。


「やっぱりそういうのは、言葉よりも態度だよ。100の言葉よりも、1の行動の方が相手の心を掴むもんだよ。ねぇ、ミシェル」

 

 私だけじゃ説得力に欠けるので、ミシェルに援護を頼む。

 

 ミシェルは


「言葉よりも…行動。確かにそうですね、僕もそう思います」


 にっこりと同意してくれた。


「例えばさ、今みたいに隣から苦情が来そうなほど誰かが騒いでたとして。そういう場合、黙れって言うより、ストレートに蹴りを飛ばす方が気持ちが伝わるっしょ?そういうこと」


「どういうことっ!?」


「それはつまり、これ以上騒ぐと蹴り飛ばすぞ、こらぁっていう予告!?」


 その通り。

 深々と頷くと、メンバーはばっと口を閉ざして黙々と箒を動かし始めた。


 それで良し。


「今日…優衣が来るんですね」


 ミシェルが確認するようにメンバーに尋ねると、イエッッス、オィィッスとやる気漲る返事があちこちから返って来た。


「………狭霧さん」


「ん?」


 座布団に散らばったお菓子のカスをゴミ箱の上で叩いていると、ミシェルが私のカバンを拾い上げた。


 掃除するために脱いだコートを肩にかけられ、腕を通すように促される。

 どうした?どうした?


「あの…場所変えませんか?ここじゃ、落ち着いて話もできませんし」


 ミシェルは私の首に緩くマフラーを巻きながら、ドアの方へ押した。


「んー?まぁ…そーだね…」


 ミシェルが色々と資料を持ってきてくれたけど、ここでは広げることが出来ない。木下さんが来れば、大盛り上がりで相談どころじゃなくなりそうだ。


 行きましょうとミシェルに急かされ、木下さんに関しミシェルをライバル見なしているメンバーからは快く送り出された。


「でもさー部室じゃなかったら、どこで話す?」

 

 部室から出ると途端に集まる好奇の視線。雑誌は数日前に発売したばかりなので、まだまだホットなニュースだ。

 

 ミシェルと歩いているだけで、視線を感じる。物凄く居心地が悪い。

 ミシェルはちょっと困った顔をしつつも、あまり気にせず、あれこれ楽しそうに私に話しかけてくる。

 

 あの女は誰だ?的な視線が痛い。


「おっ…っと。ミシェル、ちょっとごめん」


 お尻のポケットの中で、携帯が震えている。脇に避けて画面を確認すれば、野々宮さくらと表示。

 メールではなく、電話だ。


 番号交換したとはいえ、連絡が来るのは初めて。友達と言うカテゴリーにはまだ入っていない野々宮さんからのコールに、少し躊躇ったものの通話ボタンを押し、耳に当てる。


「…はい?」


「野田さん?今、電話しても平気?」


「うん、大丈夫だけど」


 そろそろ4限が始まる時間だけど、私は講義を取っていない。


「今、どこにおるん?」


「A棟の空手サークルの部室の傍」


 正確にいえば、A棟の階段の踊り場だ。雑音で声が聞き取りづらく、顔を顰めた私に気付いて、ミシェルが誘導してくれた。


「B棟の202号室に来てくれへん?話があるん」


「へ?うーん、でも今ミシェルと一緒にいるんだよね」


「王子も一緒に来てかまへんよ。長くはかからへん」


「え?うーん」


 野々宮さんの話って、水原のことだろう。

 ミシェルは話が読めなくて困るだろうし、わざわざフランス情報を集めてきてくれたのに待たせるのも悪い。

 

 答えを渋っていると


「いきなりで悪いと思うんやけど……お願いや」


 野々宮さんの声に切実な響きが強くなった。ちょっと迷った末保留。


「ちょっと、ミシェルに聞いてみる」


 困った顔でちらちらとミシェルを見る私に気付き、どうしたんです?とミシェルの方から聞いてくれる。


 友達が話したいことがあるらしくてB棟に寄り道していいか聞くと、ミシェルは構いませんよと快く了承してくれる。


 A棟から、B棟はそう遠くない。

 B棟はA棟や本館と違い、小規模な教室が多いのでゼミか人気のない少人数の講義に使われる。


 ぐっと人が少なくなったB棟の廊下を歩く。

 空き教室が多いので、ここでミシェルとフランスの話が出来るかもしれないなぁと思いながら、指定された202号室のドアを開ける。

 

 部屋の中には、必死で何かを訴える野々宮さんと、口をへの字に曲げ憮然とする水原がいた。


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