帰国 2
「アメリカの菓子は甘すぎる、繊細さが足りない」
「水原、蟻が悶え死ぬほど甘いのでも平気じゃん」
水原はチョコケーキをココアと一緒に食べられるほど甘党だ。一般人よりも遥かに甘さへの許容範囲が広い。
「君は本場の菓子を食べてないから分からないんだ。アメリカの菓子は甘すぎる。カルピス原液で飲める俺が言うのだから間違いない」
「………飲めんの…?」
カルピスの原液より甘い菓子って想像が出来ないんだけど。それよりも原液で飲める発言ドン引きなんだけど。
「材料、足りないものはあるか?」
スタスタと歩きながら問いかける水原に、うーん?と首を捻る。
そもそも何を作るか考えてなかった。
水原、寝不足だし、疲れている。
あまり胃に負担が来る菓子は駄目だな。何作っても食べるだろうけど。
「1回、水原んち行ってあるもの見てから、スーパー行ってくるよ。卵と牛乳も足りなそうだし」
プリンとかブラマンジェにするかな。バナナケーキも良いな。
うーん、でもこの場合は和菓子にすべきか?
和菓子ならどら焼きとか?
「プリン、ブラマンジェ、バナナケーキかどら焼きだったらどれが良い?」
「全部」
「……………………」
聞いた私がバカだったな。
どら焼きにしよ。
餡子と白玉とか、餡子と生クリームとかバリエーション利くし。
それに調理時間もそんなに掛からない。
学生課窓口にある電光掲示板の前を通り過ぎようとしたところで
「よぉ、水原。さっきすれ違った教授にお前が帰ってきてるって聞いてな」
「どうよ?自由の国、アメリカは」
今時っぽい格好の男の子2人組に行く手を阻まれた。
偶然だと思うけど、ちゃらい感じの男の子の帽子、I LOVE NYってプリントされている。
「あのコンテスト賞金、出るんだろ?奢ってくれよ」
賞金まで出るんだ…と半ば感心しながら傍観。水原はぐっと眉間に皺を寄せ、迷惑そうな表情を浮かべた。
「どいてくれないか」
「何だよ、付き合いわりぃな。俺たち同じゼミの仲間だろ」
おちゃらけて、水原の進行を妨げる男の子を
「やめろよ、お前。水原、今日帰ってきたんだろ?疲れてるに決まってるじゃねーか」
もう片方の男の子が押しとめている。2人とも水原と同じゼミ生らしい。
「良いじゃん、ケチくせぇな。ちょっとくらい分けてくれたって…っいてぇっ!」
水原は足止め食らって苛立ちが増したようで、妨害行為を続ける男の足を、スーツケースで轢き逃げ。
中身が入ってないから、対して痛くはないだろうけど両者とも大人げない。
正面玄関を出たところで、迷惑な感じでじゃれ合っている空手サークルメンバーを発見。何やってんだ?こいつら…と思いつつ、通り過ぎようとすれば
「野田ー。俺ら今からラーメン屋のチャレンジメニュー食いに行くんだけど、お前も行く?」
「成功すれば、食事代ただ、プラス商品券1万円分っ!失敗すればラーメン代と罰金3000円だけどなー」
無謀な挑戦へのお誘い。
ラーメン3杯、制限時間は15分しかないらしい。流石に無理だろ…。アホなメンバーは1万円の使い道について盛り上がっている。
いやいや、無理だから。
「遠慮しとく。無茶して」
鼻から出すなよと注意しようとすれば、痺れを切らした水原に腕を引かれた。
「何なんだ!何で日本なのに家に帰れないんだっ!」
急いで帰ろうと思っている時ほど人にばったり出会う!と言うのは、よく起こり得るパターンである。
「分かった、行くよ。行くって!」
これは相当やさぐれているなと思いながら、足並みを揃える。
学校から水原の家まで、通常の3倍以上の速さで歩いた。
「バターが足んない。スーパー行ってくるから後片付けでもしてなよ」
冷蔵庫の中身をチェックしながら振り返れば
「分かった。あぁ、それから君に土産がある」
ずっしりとしたビニール袋が渡される。
「歯磨き粉の他に?」
成田空港の文字がプリントされたビニール袋を覗けば、保冷材に包まれた生クリームと、大量の栗が入っていた。
「これ、土産って言わないから。栗の菓子作れっていう催促だから」
成田空港で栗を買えるのに驚いた。
呆れた目を水原に向ければ、眼を擦りながら、緩慢な動きで洗濯機を動かしている。
家に着いて気が抜けたのか、かなり眠そうだ。
「ついでに何か夕飯になりそうなもの買って来てあげるよ。何食べたい?」
「シュークリーム」
「分かった。おにぎりとサラダね、具は何が良い?」
「カスタードと生クリーム」
「了解。明太子とシーチキンね」
インスタントの味噌汁もつけよう。
スーパーに行って、お菓子の材料と夕飯になりそうなものをぽいぽいカゴに入れる。
30分ほどで戻ると、水原はドラマに出てくる変死体のような体勢でベッドに倒れていた。
いつもはチンと言うレンジの音や、菓子の匂いで居眠りしていても起きるのに今日は全く起きる気配がない。
野々宮さんについて、話しておこうと思っていたけど、仕方がない。
その日は寝ている間に、菓子を作って帰るという正しいこびとの行いをした。