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帰国

 講義終了のチャイムが鳴り、はっと目が覚めた。

 教授はプロジェクターを片付けているし、周りの生徒は退出する支度をしている。あー…と思いながらノートを見れば、見事な象形文字が書いてあった。

 

 まずい、思いっきり寝た。この授業は知り合いがいないからノートを写させてもらうことが出来ない。

 それなのに寝るとは…。

 

 でも、あの先生の眠気を誘う声も悪い。そうだ、そうだと責任転嫁しながら、教室を出たところで、いきなり腕を掴まれた。


「うわっ!」


 何だ!?と反撃の体制を取ったものの


「待ってた!」


 キレ気味だが、聞きなれた声に力を抜く。

 顔を見なくても、誰だか分かった。


「脅かすなよ…。ここで、何してんの…?」


 目の下にくっきりクマを作った水原が、むっすーと不機嫌オーラを背負いながら、突っ立っていた。


「君を待ってた!君、講義中寝すぎだろう。授業料を無駄にするにも程がある」


「………いつから見てた…?ってか帰んの今日の夜じゃなかった?」


 予定よりも早い帰国の理由を問えば


「菓子が不味かった!」


 とのこと。

 思った以上に過酷な旅だったらしい。


 時差ぼけ必須の13時間のフライト、ホテルからスイーツ散歩に繰り出せば尽くお店のチョイス失敗。


 失意の中、情報収集して今度こそは!と遠出。何時間もかけて行った店のスイーツは非常識な甘さで、テンションがた落ち。

 

 表彰式はつまらない上、夜の懇親会ではHAHAHAと笑いどころが分からないジョークを連発する男に絡まれ、心のより所であったデザートは砂糖の塊。


 そのまた次の日、砕けている希望を集めて、町へスイーツ散策。会のみんなへのお土産探しに奔走。


 向こうの味覚に合わせた口コミ情報は当てにならないので、直感に頼ってお店をチョイス。

 直感外しまくり。

 

 見た目が大人しいのを選ぶから失敗するのかと思い、“森のシエスタ”と言う優しい味がしそうな名のケーキを選んで、テイクアウト。

 ホテルに戻って見てみれば、やまんばのようなケーキが出てきて、味は言うまでもがな。


 そのせいか悪夢を見て、睡眠不足。

 もう我慢出来ないと、飛行機の便を早めてアメリカ脱出。


 しかし運悪く、両隣が重量級でプレス状態。

 さらに前の座席を思い切り倒されて、空間侵略。そんな状態で眠れるはずがなく、睡眠不足悪化して日本到着。


 怒っている水原には悪いが、言い方に臨場感があるので、笑いたくなってきた。


「分かった、分かったよ。アメリカンスイーツにご不満なのは分かったけど……空港からそのまま来たの?」


 たばーっという勢いで話す水原を遮り、ばかでっかいスーツケースを指差す。


「直行しないと、君が出る講義に間に合わなかった」


「メールすりゃいいじゃん」


 さも当然のように言われたけど、メールすれば済む話だ。

 何、出待ちしてんだよ。


「それで、君の今日の予定は?」


「空いてる。………何か作ってあげるからちょっと寝れば?目の下のクマで人相悪い域に入ってるよ」


 13時間以上のフライト、時差ぼけ、睡眠不足、旅の疲れで体は限界なのに、それを押して菓子の催促に来たようだ。

 呆れつつも帰宅を促し、スーツケース以外の荷物を持ってやろうと手を伸ばす。土産と分かる箱に気付いた。


「あれ?でも美味しいお菓子もあったんだ」


 アメリカの菓子、どんなだろ?怖いもの見たさでパッケージを見ようとすれば


「触るな。それは死ぬほど不味い」


 取り上げられた。


「じゃ、何で買ったんだよ…」


 不可解な水原の行動に首を捻りつつ、エレベーターに向かう。学校内をごろごろとでかいスーツケースを引く水原は地味に注目を集めていた。


「おや?水原君」


 向かいから歩いてきたご高齢の教授に呼び止められた。確かマクロ経済学の先生だったと思う。

 水原は顰めた顔をメガネのブリッチをあげる仕草で隠し、すっと軽く頭を下げた。


「帰国していたとは知らなかった。どうだった?表彰式は。高名な先生方が集まっていたから、とてもためになる時間だったろう」


「ユウイギナ、ジカンデシタ」


 明らかに嘘だと分かる棒読み。

 絶対的な温度差がある会話で、この教授が水原のゼミの先生だと分かった。水原は、つまらぬものですが…すすっとお菓子を差し出した。


 …それ、死ぬほど不味いって言ったやつじゃん。


 今回の論文はそもそも教授の独断でエントリーしたらしく水原はちょっとご立腹だ。加えて授賞式は半強制的に参加させられたので、教授への不満も倍増。


 あの菓子、嫌がらせ用だったんだ。

 呆れながら、研究室に誘う教授と断る水原の攻防を見守る。


「後日、また報告に伺います」


 無理やり話を打ち切り、右手でスーツケース、左手で私の腕を掴んで足早にエレベーターに向かう。


「腕、危ないって」


 振りほどきつつ、スーツケースに足を取られて転ばないようにしなよと注意する。


「これは軽いから問題ない」


 確かに持ってみると、見た目より遥かに軽い。

 軽すぎだろーとスーツケースを上げ下げ。


 何が入っているのか聞けば、何も入ってないと。

 

 スーツケースの3分の2は、持ち帰りスイーツ用のスペースらしい。今回のアメリカでは、そのスペースは活用されないまま終わった。

 口では文句言いつつも、少しは期待していたんだ。その期待は裏切られたわけなので、スーツケースから話題を変える。


「レンジさんたちへのお土産はどうしたの?」


「パフェ味の歯磨き粉、買った」


 携行用歯磨き粉、パフェ味、3本セット。


「…………」


「すっきり甘くて、爽快だ」


「……へぇ……」


 歯磨き粉、さっぱりするミントに決めている私は、7色のレインボーカラーのそれにちょっと引いた。


 パッケージのキャラクターもプロテイン飲んでいそうな筋肉隆々の変な人だ。

 でもレンジさんたちは甘いもの大好きだし、これもありだろうなぁと思っていたら、私の分もあると言われた。

 

 まぁ、たまには味がついているのも面白いかもと気を取り直して手を差し出せば、私のだけアメリカンサイズ。


「…………………」


 でかいよっ!


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