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ライバル宣言

 トランプで良い汗を掻いたので、飲み物でも買おうかと購買に向かっている途中


「野田狭霧さん、やな?」


 女の子に呼び止められた。

 聞きなれない関西弁に、はて?と振り返れば、やはり知らない女の子。

 

 女の子から明らかな敵意を感じ、初対面だよなぁ~?とまじまじ顔を確認する。女の子は猫のような吊り目と、強めにカールしている脱色した髪が特徴的で、背が低く、少しぽっちゃりとしていた。

 

 3年の必修講義の教科書を持っているから、一つ下の学年かもしれない。


「あんたに話があるんよ。顔貸してくれへん?」


 くいっと近くの空き教室を、顎で示された。

 疑問形のようで、命令形のような響きがある。


「………………………」


 このタイミングで、このシチュエーション。

 女の子の用件はすぐに察することが出来た。溜息を吐きつつ、女の子の後に続く。

 中に入るなり女の子はくるっと私に向き直ると、ずいっと人差し指を突きつけた。


「単刀直入に聞くで。あんた、水原っちとどういう関係なん?付き合ってるん?」


 やっぱりな。

 苦笑いしながらふぅっと息を吐いて、低めの位置にある女の子に視線を合わせる。


「付き合ってないって。ミシェルとは同じサークルで、先輩後輩の…」


「………………」


「………………」


 ……あれ?


「あれ?………ごめん、誰だって?もう一回言って貰える?」


 おかしいな。ミシェルでも、有岡先輩でもない名前が出てきたような…。


「せやから、水原っちとどういう関係なんって聞いてんのや」


「水原!?」


 想定外の人物の登場に驚く。え?水原ってあの水原英一で良いの?と再度確認すると、そうやって言ってるやろっと怒られた。


「どうなんや?」


「いやいや、付き合ってないけど。全くそういう関係じゃないけど」


 ずずいっと女の子がにじり寄って、問い詰めてくるので手を振って全否定。付き合ってないんやな!っと念を押したあとで女の子は立て続けに質問してきた。


「ほなら、水原っちにお菓子作ってるってのはホンマなん?」


「ちょ…ちょっと待って。とりあえず……名前聞いていい?」


 女の子は私を知っているようだけど、私は全く知らない。


 女の子は、はっとしたように詰め寄っていた距離を広げ、こほんと咳払いをした。


「つい熱くなってしもーて堪忍な。失礼やった。うちの名前は、野々宮さくら。苗字で呼んでな、さくらって名前嫌いなん」


「そうなの?かわいいと思うけど」


 日本人っぽくて良いと思う。キラキラした名前が多い中、古風で雅な名前は逆に新鮮だ。


「うちには似合わん」


 きつい見た目だって良く言われるんや、と野々宮さんはぷいっとそっぽを向いた。ちょっと釣り上った目は勝気そうだけど、きついと言う感じはない。


「呼び名なんてどうでもええんや。…聞きたいのは水原っちの事や。もう分かっとると思うけど…うち、水原っちのこと好きやねん」


「…………………」


 ミシェルとか有岡先輩に関しては、何度か経験あるけど、水原に関しては初めてのことだ。水原は我が人生に恋愛必要なしと豪語しているので、まさかこんなケースがあるとは思わなかった。


 野々宮さんは、私の前の机にどっかりと座ると、水原を好きになったきっかけについて語りだした。


 水原は恋愛ごとには一切関心を示さないので、私は興味津々耳を傾ける。


「うちと水原っちは同じゼミなんやけど、うちの元彼も同じなんや」


 野々宮さんは、元彼の部屋を掃除したり、料理を作ったり、洗濯をしたりして、色々と尽くすタイプだったらしい。

 野々宮さんの元彼は、それに感謝することもなく、調子に乗ってあれこれ要求、揚句に浮気。


 不実を責める野々宮さんに、


「だってお前、デブだから女としてはちょっとなぁ」


 悪びれもせずに言い放った。


「最低な男じゃん。捻り潰して良いレベルだよっ」


 ありえない。


 良かったら私がやろうか?と奮起する私に比べ野々宮さんは


「うちもそう思う」


 と落ち着いている。野々宮さんの中では消化された過去の出来事のようだ。

 外部の私が怒っても仕方がないことだが、しかし腹立つ。


 そもそも野々宮さんはデブではない。確かに標準体重よりはちょっとあるかな?と思うけど、ぽっちゃりの範囲だ。


「うちのゼミにな、華奢でかわええ子がおるんや。元彼は、その子に気ぃあるみたいやったけど、その子はなー水原っちに言い寄ってたんよ」


「へぇ……」


 水原のどこに魅力を感じるのか分からないけど、中々もてている。

 あれか、あの天才とバカは紙一重を地で行く性格か?それともマイペースだけど、義理堅いところとか?


「元彼は、その時から水原っち目の敵にしてたんやけど…水原っちは相手にしとらんかったよ。元彼がお菓子を掠め取るまでは」


「あー…うん、先が読めた」


 大抵のことは気にしない水原だが、ことお菓子が絡むと話は別。聞けば、元彼は水原が大事に取っていたお菓子を、いない隙を見て食べ尽したらしい。


 そりゃ、窃盗だ…と呆れる。勿論、その時点で、水原は元彼を敵認識。


「水原っちゼミで殆ど発言せぇへんのに、元彼のプレゼンの時だけは質問の形を借りた否定の集中攻撃をして困らせてた。ただ菓子の敵討ちしただけなんやろうけど、うちはすっきりしたんや」


 水原、グッジョブ。良くやった!


「うちな、それから水原っちのことよく見るようになって…」


 その華奢なかわいい子が


「水原君って眼鏡ない方が格好いいと思う。コンタクトにしたらどうかなぁ?見たいなぁ」


 と可愛く強請れば、次の日水原は眼鏡を3個かけてきたとか(しつこい女の子にうんざりしていたらしいが、それにしてもやることが馬鹿だと思う)


 腹立つ元彼が


「なぁ、水原。お前はどっち派?ロング?ショート?どっちにしてもふわっとした柔らかい髪が良いよなぁ」


 髪が太くて広がりやすい野々宮さんに当てこするように言った時


「生えてさえいればいいんじゃないか」


 物凄くどうでもよさそうに言ったとか。


「ぱっちりくりっとした目の女の子ってかわいいよな~。きつい吊り目とか勘弁。水原もそう思うだろ?」


 またもや野々宮さんに当てこする元彼の言葉に


「俺は実用重視だ」


 ぱっちりお目めよりも、視力2.5の方が好ましいと返したとか(視力0.5以下のお前が言うな)


 野々宮さんは外見を重視しない水原に、どんどん惹かれていったらしい。


「うちな、水原っちに2回告白して、2回振られてんのや」


 最初の告白は、コンマ1秒の間もなく断られた。野々宮さんは諦めきれずに、再度挑戦。水原が甘党だと言う周知の事実を利用して、あれこれ話しかけるようにした。


「美味しい店の話とか振ると、反応してくれるんや。うちのおかん、料理教室開いとるん。うちも料理得意やねん。製菓も得意やから、水原っちの気を引けると思ったんやけど、駄目やった」


 2度目の告白は、手間隙掛けて作ったお菓子も持参。付き合って欲しいと言う告白はコンマ1秒より速い速度で玉砕。


 せめて、菓子だけは受け取って欲しいと頼めば、それは受け取ったそうだ。


「1度食べれば、気に入ってもらえる自信あったんやけどなぁ」

 

 ふうとため息を吐きながら、野々宮さんは鞄からスイートポテトを取り出した。

 

 ふわっと漂うバターの匂いに、私のお腹がきゅうっと反応する。それを聞いた野々宮さんは食べる?と袋から、アルミに包まれたスイートポテトを手渡してくれた。

 

 礼を言って、さっそく齧りつく。


「うわっ!凄い美味しいよっ!!」


 一口食べて惜しみなく拍手。お芋とバターがしっとりとして、口の中で解れた。 1つ1つの工程を、全て丁寧に手間隙かけて作った味がする。


「バターとお芋って合うんだな!って改めて思った」


 んうまー、これ!と一口食べるごとに感想を言っていたら


「…まだ余ってるんよ。全部食べてええよ」


「えっ?良いの?」


 袋ごとスイートポテトを渡された。3,4個は入ってる。

 せめて1、2個にしようと思ったら、ダイエット中なのでむしろ食べて欲しいと言われた。


 気にするほど太ってないのになぁと思いながら、遠慮なく戴いた。

 焼き加減が絶妙で、バターの風味と甘さも程よくて飽きない。


「コクがあるね」


「生クリームと牛乳を混ぜるとコクが出るんよ」


「へぇ!生クリームだけだと濃く感じる時あるし、牛乳だとあっさりしすぎだよね。混ぜるのかぁ~」


「うちはイモ200に対し、生クリームと牛乳10ずつ入れとるよ」


「なるほどね~」


 ぺろっと食べ終えたら、野々宮さんが複雑な顔で私を見ていた。


「ごめん、やっぱり全部食べちゃ駄目だった?」


「それはええんやけど…野田さんってたくさん食べるんやね。それでその体系?って羨ましくてしゃーないだけ」


 食べても身に付かない体質なのは自覚している。

 胸の辺り、もうちょっと付いても良いよなぁと思うけどそううまくはいかない。野々宮さんが私を見て、はぁっと溜息を吐いた。


「そもそもうち、水原っちについて話しに来たのに、なしてスイートポテトの作り方で盛り上がってんのやろ?」


 出直すわと溜息を吐いて、席を立った野々宮さんに、ありがと美味しかったともう1度礼を言う。


「水原っちがアメリカから帰ってきたら、うちもう1度告白するつもりやねん。その前に水原っちと野田さんが付き合ってんのか確認せな思った」


 安心したわ、と呟いて野々宮さんは去って行った。


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