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アメリカンスイーツ

 

 卒業旅行の行き先が決まらない。

 あの国も良い、この国も面白そう、でも費用の問題で厳しいかもと話が平行線になっている。


 決め手になるような情報を集めようと、久しぶりに大学の図書館に行った。

 

 数カ国のガイドブックを手に取ったは良いものの、席が空いていない。

 どこか空かないかなぁとうろうろと彷徨っていると、階段を登る水原を視界の隅に捉えた。

 

 何て良いところに!と追いかけて、研究室の席を確保。


「そー言えば、何かの賞を取ったんだって?」


 電光掲示板に水原が論文コンテストで受賞した情報が流れていた。

 学内ホームページにも載っていたのでさらっと読んだけど、米国主催のコンテストらしく、良く分からなかった。

 

 受賞の記事は専門用語と英語が満載で、論文のタイトルすら理解できない。

 ただ凄い賞なのは間違いないので、とりあえず祝っておく。

 

 水原は興味なさそうに頷きながら、高級感溢れる黒い箱を取り出した。

 どれがメインとも言い難いキラキラしたチョコが15粒。


 艶やかに光るチョコは溶け始めた時と、溶け終わる頃の味わいが微妙に変わる。

 芳醇なカカオがすっと鼻に抜けた。


「……転げ回りたくなるほどおいしいチョコだね」


「俺の研究室では止めてくれ」


 あまりのおいしさに呆然。

 次のチョコも食べたいと思うけど、食べたチョコの余韻が消えるのももったいない気がする。


「………………えー、そうそう受賞おめでとう」


 チョコに感動して、何の話をしていたのか分からなくなった。

 不自然な流れで、中途半端になった賞のお祝いを言い直す。

 

「授賞式はニューヨークかぁ~」


 それなりに大きなコンテストなので、航空チケットと宿泊費は主催者負担。


 良いなぁと羨ましげに水原を見るも、何故か面白くなさそうな表情を浮かべている。

 乗り気ではない様子に、何でだろ?と首を捻りつつ


「証券会社に就職するんだから、ウォール街行ってみるとか。ニューヨーク証券取引所って見学可能らしいよ」


 卒業旅行の参考用に持っていたアメリカのガイドブックを差し出す。

 

 水原はそれを冷めた目で一瞥して


「アメリカの菓子は不味い」


 ばっさりと切捨て。


「え…そこ!?」


 国の価値をスイーツ1つで決めている。

 いやいやいや、違うだろ!と反論。


「アメリカの魅力はスイーツじゃないよ。自由の女神とか、タイムズスクエアとかセントラルパークとかメトロポリタン美術館とか、博物館とか!」


 アメリカは世界中から人が集まる国なので、文化、食、宗教などが入り乱れて色んなものがダイナミックだ。


「アメリカの菓子は1つの味を主張しすぎて調和がない。見た目も色がはっきり過ぎてどぎつい。日本人の口には合わないものが多いだろう。特にグミ」


「お菓子の話はしてないじゃん!」

 

 アメリカも卒業旅行の候補に入っているので、情報は新しい。

 

 仕入れたばかりの情報を熱く語ってみても、水原には全く響いていない。

 しらーっとチョコを食べている。


「ならば代わりに君が行くか?欧米人はアジア人の見分けがつかないから、ばれやしない」

 

「ばれるよっ!………それに男装するとちーちゃんに怒られる」


 水原が所属するゼミの教授の半強制的な推薦で、水原自身の参加意志はほぼなかったらしい。


 片道13時間のフライト、長い授賞式、授賞の挨拶、他の受賞者との交流会。

 社交性のない水原はそれらが面倒な上、アメリカンスイーツも期待できないので、嫌で仕方がないようだ。

 

 ただで旅行できるのに、もったいない。


「いつから行くの?」


「来週の月曜の夜に行って、金曜日曜に帰ってくる」


「弾丸だね」


 行き帰りを抜かせば、正味3日の滞在時間だ。

 それでも少し無理をすれば、ナイヤガラの滝やラスベガスとかも行けるよと勧めてみるも、全く反応なし。


「これを食べてみろ。アメリカから取り寄せたミシシッピー・マッドパイだ」


「……チョコ好きにはたまらない一品だよね」


 ミシシッピー・マッドパイはチョコの生地にチョコのフィリングをたっぷり詰めて、上からチョコソースをかけたアメリカ定番のケーキだ。

 これでもか!というくらい甘さを凝縮させているので、一口で満足する。


 とりあえず食べてみようと手を差し出すと、水原が顔を顰めた。


「手のひら、血が滲んでいるぞ」


「へ?…あぁ、さっき転んだ」


 廊下を歩いている時、走ってきた誰かと勢い良くぶつかった。

 受身は得意なので普段なら怪我はしない。


 ただ今日はちーちゃんから貰ったロングスカートを履いていたので、手のひらを擦ってしまった。


「ティッシュ、ティッシュ」


 軽く擦っただけなので気にしてなかったけど、うっすらと血が滲んでいる。

 図書館から借りた本を汚してはまずい。


「ワセリンがある」


 水原は鞄の中から、青いボトルを取り出した。


「え?良いよ。たいした傷じゃないし。そもそも擦り傷にワセリンって塗るものなの?」


 保湿用だと思っていたけど、切り傷、擦り傷、火傷、ひび割れなど他にも色々対応できるらしい。

 

「君は生傷が絶えない生き方をしているから、常備しておいた方が良いぞ」


 青いボトルと一緒にミシシッピー・マッドパイを渡された。

 

 一口齧って撃沈。

 甘党の私でも、ちょっと厳しいお菓子だった。

 

「やっぱり君だってアメリカの菓子、口に合わないんじゃないか。アメリカの菓子は自己主張が強く、協調性がない」


 水原は勝ち誇ったような表情を浮かべている。


「たまたまこれが外れただけかもしれないじゃん!実際行ったら、物凄く美味しいスイーツに巡り合えるかもよ!?」


 そもそもアメリカのお菓子だって、水原に協調性がないとか言われたくないと思う。


 

 それから4日後、渋りに渋りながら水原はアメリカに旅立っていった。


 

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