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キャロットケーキ

 日曜日の午後、お目当ての映画を見た後、近くのイタリアンでランチ。

 

 ちーちゃんが映画のペアチケットを2枚持っていたので、私とちーちゃんと先輩と水原で行った。

 熱々のピザを堪能しながら、話題は髪を切ったミシェル。


「サークルのメンバーがミシェルの真似しようとしてたぞ」


「げっ!あのミシェルですらイメージダウンした髪型なのに…」


【断髪、それがもてスキル上級編ならば俺らもやっちゃおうかとっ!】


 勘違いしたサークルメンバーが美容院に押し駆けようとしたが、その前に師匠と仰ぐ先輩にメールしたようなので、未然に防ぐことが出来た。


 予め事の詳細を先輩に連絡しておいて良かった。


「ミシェルは天然の金髪なんですが髪だけ見るとヤンキーっぽくて、学内の女の子に物凄く不評です」


 髪って人の雰囲気を決める大事なポイントの1つなんだなと改めて思った。

 

「ほほう、王子ファン激減とは。………そう来たか」


「気持ちを切り替えたかったと言ってましたが…何か知ってるんですか?」


 したり顔で頷く先輩を訝しげに見る。

 

「さーちゃん、食べないと冷めるわよ」


 聞き手に回っていたちーちゃんが、私のお皿にバケットを乗せてくれる。

 バケットを千切りながら、先輩に再度尋ねる。


「王子の称号はステータスだが、それが邪魔になっ…ぶはっ」


「きたなっ!…ちょっ、どうしたんですか!?」


 話途中にコーヒーを啜った先輩が、盛大に噴き出した。

 

 ごほごほ咽る先輩の背をちーちゃんが叩いている。先輩は口をナプキンで押さえながら、コーヒーカップを指差した。


 先輩が飲んだコーヒーを覗き込めば、アリが登山できそうな砂糖の山があった。

 明らかな飽和状態だ。

 

 犯人は、話そっちのけで砂糖のスティックを弄っていた水原に違いない。


「水原?」


「俺がやった」


 あっさり自供。

 犯行を認めたものの全く反省の色を見せない水原に、呆れた視線を向けてしまう。


「先輩が水原のケーキ食べたこと、まだ怒ってんの?」


 昨日ママとキャロットケーキを作った。

 水原は映画を観ながらそれを食べようとしていたが、隙を見て有岡先輩が全部食べてしまった。

 

 水原、かなり不機嫌。

 どうやらずっと、仕返しの機会を狙っていたらしい。


「砂糖もったいないなぁ~」


「野田、砂糖が気管に入った俺に対する心配はないのか?」


「だって先輩が悪いですよ。水原からお菓子を奪うなんて」


 ちーちゃんがテーブルを拭いて、後始末をしている。服に掛からなかったのが救いだ。


「それに関しては、俺にも言い分がある」


 先日、水原と先輩は車を買いに行ったらしい。

 資金が貯まった先輩と水原の購入のタイミングが一致。


 同時に2台買うと大幅に値下げしてくれるというので、2人揃って先輩の知り合いのディーラーに出向いた。


「先輩と水原って仲良いのか、悪いのか分かんない」


「全くよね」


 水原、学生の分際で車を買ったようだが、そもそも免許を持っていたこと自体が初耳だ。


「待ち合わせ場所に着くと、水原君が不味そうににんじんケーキを食べていたのだよ」


 水原はキャロットケーキに視線を行き来させ、何度も溜め息。

 不味いっ!と全身で表現していたらしい。

 

「挙句遠くの方で歩いている鳩を、目で呼び寄せようとしていた」


「用があるなら自分から行きなよ」


「さーちゃん、そういう問題じゃないでしょ。それってさーちゃんが作ったケーキなのかしら?」


 ちーちゃんはそのケーキを私が作ったものだと誤解して顔を顰めている。

 キャロットケーキは昨日より以前に作った記憶がないので、私のじゃないと誤解を解く。


「誰かの手作りっぽかったけどな」


 白地にピンクの花柄のラッピング袋には、成分表示や材料などの印字は勿論、お店の名前すら入っていなかったらしい。


「恐る恐る食べてみると、思いのほか美味しかった。野菜の甘さが控えめで、腹に軽い。ぺろっと食べ終えた後、水原君はにんじんケーキが嫌いなんだなと察したのだよ」


 先輩は口の中が砂糖でじゃりじゃりするのか、水を何度も飲みながら、自己弁護を続けている。

 

「今日、おっはーと元気良くやってきた野田の手ににんじんケーキがあった。野田が作ってきたケーキを、水原君がまずっ!ぺっぺとやっては傷つくだろうし、ここは1つ営業部門のエリート有岡が先手を打とうと思ったわけだ」


 先輩に悪気がないのは分かった。


「でも水原がキャロットケーキ食べたいって言ったんですよ。私、にんじん好きじゃないから作りたくないのに」


「そうなのか?」


「さーちゃん、お子様味覚な所あるわよね。ピーマンもあまり好きじゃないのよ」


「出されたら食べるよ」


 ただ嫌いな材料がメインのお菓子は気が乗らない。

 野菜嫌いの水原が何故か最近キャロットケーキを食べたがっていたけど、やっぱり今日はこっちにしようとリクエストを無視していた。

 

 昨日ママがいたので、一緒に作った。

 2人で作れば早いし、楽しい。


「正直に言えば、水原君が前に持っていたにんじんケーキの方が野田のケーキよりも出来が上だった」


「悪かったですね!」


 もう当分キャロットケーキは作らないと思った私の心中を察したのか、水原が恨みがましい視線を送ってきた。


「水原、キャロットケーキ嫌いならいーじゃん。私も好きじゃないし」


「君が作ったのを食べたかったんだ!デリート有岡め、覚えてろ」


 先輩、消された。


「まぁ、悪気はなかったんだし」


 めんご!と謝る先輩の事情を汲んでフォロー。


「悪気があったら、パスタのエビを投げ入れている」


 情状酌量はしたようだ。

 先輩はエビに惹かれてシーフードパスタを頼んだ。エビをコーヒーに入れられたら、大ダメージ。


「野田、尊敬する先輩のエビが危機に晒されている!ここは俺が奢ろうではないか!その代わり、ケーキを作り直してくれたまえ」


「別に良いですけど…」


 何だか知らないが、嫌いな筈のキャロットケーキを異常に食べたがっている。

 こうなるとしつこいので、気分が乗るときにチャレンジしよう。


 

 嫌いなものを食べたがる水原といい、突然断髪をしたミシェルといい、年頃の男の子の考えって分からないなぁと思った。

 

  

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