イメージチェンジ
大学の友だちと卒業旅行について話し合っている最中、携帯が長々と震えた。
フランスに1票、と言いながら画面を開く。
10通以上のメールが全て空手サークルのフォルダに落ちている。
件名は緊急!大至急!など気持ちを焦らすキーワードが入っているが、未だかつてサークルメンバーからの用事が緊急であった試しがない。
【王子が白馬から下りて、バイクで暴走中っ!】
【ミシェル、ご乱心!】
【秋の大収穫かっ!?至急来られたし!一大事】
「???…何だ、これ…」
具体的には分からないが、ミシェルが話の主題なのは分かった。
ミシェルは合宿が終わった後すぐにフランスに帰省したので、最近ご無沙汰になっている。
何があった?と返信しても、意味不明な回答を大量に送られるだけだと分かっているので
【卒業旅行の計画立てているから、後で行く】
とメンバーに一斉送信する。
どっちにしても午後の講義で使う教科書が部室に置いてあるので、その前に行く予定だった。
数分も経たずに、メール受信。
【サバンナ?】
【どこのサバンナ行くの?】
【仲良しの野生動物いる?】
まるっと無視して話に戻る。
社会人になると長期旅行は難しいよとちーちゃんが言っていたので、綿密な計画を立ててから行きたい。
面白そうな国をリストアップして、候補先を絞り込む。
絞った候補の国情報をそれぞれ分担して調べることにして、話し合いは次回に持ち越し。
講義の時間が迫っているので、部室へ向かった。
「おー野田!やぁーっと来たか!」
「ミシェルの一大事だ!サバンナでシマウマ狩ってる場合じゃないぞ!」
「ライオンと闘ってる場合じゃないぞっ!」
もちゃーっとメンバーが駆け寄ってきた。
団子状態で暑苦しい。
ライオン発言は有岡先輩が例の件をばらしたんじゃないだろうな?と疑ったけど、メンバーはそれ以上突っ込んでこなかったので偶然のようだ。
ミシェルに何があった?と聞こうとして、部室の隅に本人が座っているのに気付く。
ミシェルを一目見て、絶句。
まじまじと二度見。
「…………………ミシェル?」
メンバーが騒いでいた理由が分かった。
ミシェルの天使の輪が出来る柔らかな髪が、丸々と刈り取られていた。
「……………………………」
ごちゃごちゃとメンバーに絡まれるミシェルの頭を遠慮も忘れてじーっと凝視。
視線に気付いたミシェルは、照れくさそうに頭を撫でながら近寄ってきた。
髪型が激変してもミシェルはミシェルで、私が取りに来た教科書を持っている。
「狭霧さん」
教科書を受け取りながら、髪型を褒める言葉を探す。
思い切った断髪の理由は分からないが、美容師さんが失敗した可能性もあるので、とりあえず褒めるのが鉄則だ。
「僕の髪、変ですか?」
ミシェルがドアを押さえているので、無意識に部室の外へ出る。
「いやっ…変じゃないよっ!?ただ、ふわふわの猫ッ毛に見慣れているから…違和感があるというか…」
連れ立って歩いていると、大学の女の子たちがミシェルに気付いて悲鳴をあげた。
えーっショックー、何あれ~残念とヒソヒソ話す声も聞こえる。
ミシェルの髪型、かなり不人気。
似合わないというわけではないけど、王子のイメージからちょっと離れた。
「あのさ……理由を聞いても良い?」
女の子に不評なので、落ち込んでいるかな?とちらっとミシェルを伺う。
ミシェルは私は見ていたようで、ばっちりと目があった。
にっこりと穏やかに笑うミシェルは、ヒソヒソとしたざわめきを気にしていないようだ。
むしろ嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「気持ちを切り替えたかったんです。さっぱりしました」
髪型だけじゃなくて、ミシェルの雰囲気が前と少し違う気がする。
ミシェルは長身だけど、線が細いというか肉体労働をしない貴族みたいな感じだった。
少し見ない間に筋肉が付いてがっしりしたような気がする。
「ミシェル、フランスで筋トレでもした?」
「パリの空手道場に毎日通っていました」
「へ?パリにも道場ってあるのっ?」
フランス人に空手ってミスマッチな気がする。
「フランスで空手は大人気ですよ。熟練者が沢山いたので勉強になりました」
「へぇ。でも家に帰った時くらいゆっくりすれば良いのに」
空手の練習なら日本でも存分に出来る。
「有岡先輩に負けっぱなしは悔しいので。遅れを取っているのは分かっていますが、このまま引き下がれません」
「有岡先輩は昔からやってるから仕方ないよ」
有岡先輩は全国大会出場レベルだ。
対しミシェルは、大学から始めたばかりで技術も体力も先輩には遠く及ばない。
「手強いのは承知しています」
にっこり笑ったミシェルは、携帯を取り出してパリの道場の写真を見せてくれた。
ミシェルの携帯のデータフォルダには、パリの町並みの画像も入っていた。
正直に言えばそっちの方が興味がある。
「やっぱり素敵だね~」
花の都と呼ばれる世界屈指の観光都市であるパリはお洒落で、魅力的だ。
画像を見ていると、ルネッサンスーと言いたくなる。
「狭霧さん、前危ないですよ」
「うん」
ミシェルは携帯に目を落としたままの私の肩を引いて、人とぶつからないように誘導してくれる。
フランスのパリは卒業旅行の有力候補の1つだ。
パパママが旅行した時から、フランスに惹かれた私がぐっと推している。
「卒業旅行、フランス候補に入ってるんだ」
「Ca sonne bien!」
ミシェルはぱっと嬉しそうに笑った。
もしフランスに決まったら見所教えますね、美しいところ沢山ありますよ、とキラキラした勢いに押される。
髪を切ってもミシェルは眩しい。
講義の入口で、ミシェルと別れて席につくとまたもや携帯が震えた。
ちょっと遅めのお昼ご飯を取っているらしい有岡先輩からだった。
【解せぬメールが大量に送信された。状況を確認し説明してくれたまえ】
メンバー、社会人で忙しい有岡先輩にもメール大量送信。
はた迷惑なやつらだ。