ファミレスにて
ファミレスに入ると待ち時間なくすぐに案内された。
私の左側に水原、目の前にちーちゃん、斜め左に有岡先輩。
「えーっと、紹介するね。水原、水原英一。大学の友だち」
「初めまして。狭霧の従妹の鬼塚千里です。いつも狭霧がお世話になっています」
「どうも初めまして。水原です」
社交的な笑みを浮かべて挨拶するちーちゃんに、水原が軽く会釈を返す。
「俺は有岡。よろしく頼む。秘蔵の写真集に戴いた水原君の絵は、就活時の励みとなった。遅くなったが、礼を言おう」
「大したことではないです」
有岡先輩と水原は嫌なやり取りをしながら、どう見ても友好的ではない握手をしている。
何しに来たのか、いまいち分からないこの2人は放置。
「あのさ、ちーちゃん!今朝の電話のことなんだけどっ」
電話での主導権は完全に取られたので、今度は先にと勢い込む。
「まず、私の方から言っておくわね。有岡君と私は付き合ってないわよ。気の合う飲み友だちってところね」
ちーちゃんの携帯電話に、先輩が出たことについて掻い摘んで説明してくれた。
昨晩ちーちゃんは有岡先輩とバーで飲んでいた。そこでちーちゃんは衝撃的な事実を聞いて、飲む量とペースを間違え、悪酔いしたらしい。
ちーちゃんはアルコールに強いし、自分の許容量を知っている。お酒で失敗するとはかなり珍しい。
「家までタクシーで送って貰ったんだけど…車の振動で更に気持ち悪くなっちゃって下りたと同時に手を貸してくれた有岡君に吐いてしまったのよね。本当に申し訳なかったわ、一生の不覚よ」
「気にすることなかれ。俺も野田に吐いたことがある。江戸の敵を長崎で討ったようなものだ。人に吐いたゲロはいつか自分に戻ってくる」
「先輩、ここ飲食店」
隣の人、リゾット食べてるし、営業妨害だ。
「部屋まで送り届けてくるからここで待っていてくれないか?とタクシーに交渉したところ、見事に拒否された。冷たい世の中になったものだな!」
終電はある時間だったそうだけど汚れた服で乗るわけにも行かず、ちーちゃんは急いで洗濯して乾かそうとした。
30分くらいで乾くだろうし、見られたくないものもあるだろうからと先輩は家に上がるのを遠慮したらしいが、秋の夜は冷え込みが激しい。
コーヒーを飲みながら待機している間、深酒した2人はうっかり寝入ってしまった。
「うら若き乙女の部屋で寝てしまったのは紳士の名折れ、失態であった」
「疲れている時に、私が飲みに誘ったせいもあるわ」
「それはお互い様だ」
ちーちゃんは自分の容量を超える量を飲んだが、先輩もそれなりに飲んでいた。
濁されたので良く分からないが、先輩も飲みたくなるような事情があったらしい。
社会人には学生に分からない苦労があるんだろう。
携帯電話は先輩が無意識に出てしまったというので、一応納得した。
ちーちゃんと先輩の話が終わり、水原の方を見れば我関せずとデザートを選んでいる。
せめて聞いてる振りをしろ。そして主食を選べ、主食を。
ばばっとメニューを捲る私を迷惑そうに振り払う。
「ビーフシチューオムライスに決めている」
主食は既に決めていたようだ。
「俺はヒレカツ膳だ」
「先輩、いつの間に!?ちーちゃんは?」
「まだよ、メニューすら見てないわよ」
「水原はともかく、先輩決めるの早過ぎ」
話は一時置いて、料理を選ぶ。オーダーを終え、ドリンクバーで飲み物を入れて仕切りなおし。
今度はちーちゃんが聞く番。
私の方は電話で一通り話し終わっている。
「さーちゃん、ちょっと前に、泣き腫らした顔で帰ってきたでしょう。その原因が気になっているのだけど。水原君ちに行ってたのよね?」
「あー…うん」
「軽く喧嘩しただけって言ってたけど…」
小さい頃から泣かない私が、喧嘩で泣いたと言ったので余程のことがあったのだとちーちゃんは気になって仕方がなかったらしい。
水原はその時のことを思い出したのか、露骨に顔を顰めた。
「俺じゃない」
「へ?そうなの?」
首を捻る私に、怪訝そうな顔をするちーちゃん。
十数年ぶりに涙を流したその日は
「君が喧嘩した相手は、アイロンだ」
酔っていた。
「……………………」
この前レンジさんが、パウンドケーキをくれた。レンジさんが選ぶだけあって凄く美味しかった。
お腹減っていたので、水原と半分こして一気に食べた。
美味しかったね~っとフォーク置いたところから少し記憶が抜けた。
さすがにケーキに含まれているアルコールで酔った前例はない。完全に油断した。
「真っ赤な顔をしながらアイロンに絡んだあと、私相手じゃ熱くなれないって言うのかっとアイロン台に突っ伏して泣き始めた」
「…………………」
「その話を空手サークルに流せば、一週間もしないうちに、野田が酔ってライオンに絡んだ話になってるな!」
「先輩、うるさい!…私、アイロン壊した?」
アイロンなら洗濯機とかと違って瞬殺出来そうな気がする。
「いや、熱くならないアイロンに悲しくなったのかずっと泣いていた」
「さーちゃん…」
「……………………あのさ、アイロンの先端にマシュマロが刺さってたのって…」
「仕方ないだろう。君は頭突きとか仕掛けてアイロンを挑発しかねないし、それしか手の届くところになかった」
水原はコンセントを隠し、危ない挑発をしないように見張っていたらしい。
酔いが覚めてからアイロンに刺さった大きなマシュマロに気付いて、変なやつって思った。
あれは私のせいか、申し訳ない。
「ごめん。まさか、ブランデーケーキで酔うとは…気をつけてはいるんだけど……」
「すきっ腹に一気に食べたせいだろう」
あのケーキには最高級コニャックナポレオンをたっぷり染み込ませてあった。
小さいお子様やアルコールに弱い方にはあまりお勧めできませんと注意書きが書いてあったのを、酔いが覚めたあと読んだ。
今までの経験上、お酒飲んだら何かやってるので、とりあえず水原に謝罪。
その後に状況を伺う。
「軽く喧嘩しただけだ」
さすがにブランデーケーキじゃそんなものかと話はそこで終わりになった。
「3人揃って酒の失敗を話すこととなったな。しかしほろ酔いでも1番破壊力ある、さすが野田だ!と思ったが、それを軽いと表現する水原君の方がインパクトあった」
ちーちゃんが持つマイナスのイメージを払拭しようと試験や就活、その他助けてもらった話をしたが、それよりもずっとアイロンの1件は、効果があったようだ。
夕飯を食べた後、時計を見れば7時でちょっとゲームセンターでも行こうかという話になった。
有岡先輩は、水原を連れて格闘ゲームをしに行ってしまった。私はちーちゃんとクレーンゲームを物色し、取れやすそうな獲物を探す。
「水原君、面白い子ね。さーちゃんを人だと思っていない発言はびっくりしたけど」
「あー…それは…」
フォローしようとして、操作を誤った。
ちーちゃんが好きなゆるキャラが落としやすそうなところにあったのに、勿体無いことをした。
「まぁ、あれは私の聞き方が悪かったのよ。ちょっとね…今、思えば水原君に嫉妬してたのね。反省しているわ」
「へ?水原に?」
水原のどこに?とびっくりしてボタンから手を離してしまった。ゆるキャラ捕獲、またも失敗。
「さーちゃん、何かあるとすぐに水原君に相談するでしょ。有岡君からも、私の知らないさーちゃんの話たくさん聞いてちょっと寂しくなっちゃったのよ」
「………………………」
社会人だから忙しいだろうなと思って、心配かけないように遠慮していたがちーちゃんはそれが寂しかったようだ。
実は私も、社会人になったちーちゃんが遠く感じるときがあって寂しかったし、先輩と頻繁に飲みに行ってることが面白くなかった。
「来週、ちーちゃんちにお泊りに行きたい」
「もちろん良いわよ」
ちーちゃんが好きなゆるキャラをゲットして、先輩と水原の方へ向かうと、2人は何やら揉めている。
ペアでやるアクションゲームをしたらしいが、先輩が的確な攻撃を繰り出す後ろで、水原はずっとジャンプ。
水原はゲームセンター初体験だったらしい。
アクションゲームも当然未経験。
「まずは軽く援護をしてくれたまえ。それからキャラ特有の攻撃方法を教えてやろう」
このボタンでこうと説明し、プレイ再開。
水原、ジャンプ。
ゲームオーバー、操作説明。
水原、あらぬ方向にジャンプしながら疾走。
ゲームオーバー、状況説明。
「スティックの持ち方からおかしいよ」
水原はふざけているのかと思ったら、結構真剣に取り組んでいた。
画面を見ていると操作が危うくなり、手元に注意を向けていると目的とは違う方向に進む。
水原はファミコンやゲームボーイすらしたことがないど素人だった。
「なるほど。あい分かった。もう少し難易度の低いゲーム機に移動しよう。キョンシー水原にゲームの楽しみ方を手ほどきしようではないか!俺のことはゲームマスター有岡と呼べ」
「嫌です」
レシートを額に貼られた水原はむっとした顔をしつつも、まずはこっちのゲームだ!と先輩が指差すゲームの説明書きを読んでいる。
「長くなりそうだなぁ…私、エアーホッケーやりたい」
「良いわよ。ゲームセンターに来るのって久しぶりだわ」
文句を言い合いながらも、格ゲーやらシューティングゲームやら何だか楽しそうにやってるので、私とちーちゃんも遊ぶことにした。
不思議な組み合わせだけど、その日以来たまに4人で遊んでいる。