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不機嫌な従妹

 そのあとずっと、ちーちゃんが話の主導権を握った。

 

 あれー?私が色々聞くはずなのに、逆に尋問されている、おかしい…と思いながら流れを変えられず、ずっと受身。

 

 ちーちゃんの携帯に先輩が出たことについて、詳しく事情を聞かせてもらおうか、と根掘り葉掘りするつもりだったのに、立場逆転。


 重なる質問に答えるたびに、ちーちゃんの声にトゲが生えていくような気がする。

 へぇ~そうなの、と言うちーちゃんの相槌がキンキンに冷えている。


「つまりさーちゃんは、知り合って早々、1人暮らしの男の子の家に行って、お菓子を作ったのね」


 早々、1人暮らし、男の子と言う単語が日本語に不慣れな外人みたいになっている。

 早々がヘイへイー!ってラッパー風。

 

 ちーちゃんの話し方が新しい。


「えーまぁ、そう言われるとそうなんだけど…。うーん…まぁそう」


 さすがに最初の軽い脅迫については黙っておいた。

 製菓道具が揃っているから、使わないかと誘われたと脚色する。


「水原君もお菓子作りをするの?さーちゃんと趣味があったのかしら」


「え?水原は全く。クッキーも1人じゃ作れないよ」


「なぜ、さーちゃんちよりも充実した製菓道具が揃っていたのかしら?」


「えっ…!?それは…その…」


 答え難いところを突っ込まれた。

 こびとを待っていたというメルヘン思考を晒していいのか分からず、しどろもどろになる。


「それで?週2回以上は会っていて、クリスマスも正月も誕生日も一緒に過ごしているけど、恋人ではないと?」


「ないない、それはない。敢えて言うなら友だちかな」


「…そう。随分特殊な友だちなのね」

 

 ヒュゥゥーと携帯から凍えるような冷気が伝わって来た。

  

「今日も水原君の家にいるのね」


 ちーちゃんは“も”という助詞と“君”という敬称を強調した。


 最終的に水原に電話を代われと、ちーちゃんがごり押し。

 えぇー?と思いながら、通話口を手で塞ぎ


「ちーちゃんが水原と話したいって言ってるんだけど」


 嫌だよね?と断る理由を考える私の手から、水原が携帯を取った。

 絶対断ると思ったのに、すんなり代わった水原に驚く。

 

 余計なことを言いかねないので、ちょっと心配だ。

 横に並んで耳を澄ますも、ちーちゃんの声は全く聞こえない。

 

 水原の言葉だけで、話している内容を推測しようにも


「はい…はい。…はい…………そうです」


 はい、だけなので全く会話が読めない。


「いいえ……いえ、同性愛者ではありません」


 なっ…何の話をしてるんだ?

 静かに怒るちーちゃんに条件反射で正座していた私は、膝を動かしながら、にじり寄る。


「いえ…いいえ。…その心配は無用です。野田さんを人だと思っていません」


 話が読めなくて焦れる。

 挨拶だけで終わってくれ、と祈る私の耳に、ガンジーですらラリアット級の失言が流れ込んできた。

 

「君の従妹、すごく怒っているぞ」


 顔を顰めて携帯を離す水原に、エルボーを食らわせる。


「もしもしっ!ちーちゃん、違うっ!誤解して…」


「さーちゃん。会って話し合いましょう」


 携帯から冷えた空気が伝わってくる。

 落ち着いている声が逆に怖い。


「え?水原もっ?いやぁ~水原は多忙だから、きっとこれから用があるんじゃないかと…」


 ちーちゃんが水原も連れて来いというので、断ろうとする矢先に


「シフォンケーキ食べることしか予定はないぞ」


 暢気に水原が答える。

 

 ちーちゃんの声は聞こえなかったので、水原の声も聞こえないだろうと油断した。

 ちーちゃんはしっかり水原の言葉をキャッチしていた。

 

 慌てて水原の口にエッグタルトを押し込んだものの、既に遅い。

 結局、水原も一緒にちーちゃんと会うことになってしまった。状況が悪化するから、来なくて良いのに。


 また後で、とちーちゃんの声を最後に電話が切れる。

 ちーちゃんを怒らせるし、先輩との関係は全く分からないままだし、踏んだり蹴ったりだ。


「ちーちゃんが…怒っている。水原のバカ…人だと思っていない発言はまずい…」


「君は俺のこびとだ。本当のことを言って何が悪い」


「それ禁句。ちーちゃん、水原を女の子だと思っていたからこびとマニアって言うの気にしてなかったけど…男だと知ったら深く突っ込んできて…上手く言いつくろうとして失敗した。こびとってまさか、小さい女の子のことじゃないでしょうね?ってちーちゃんが」


「俺は小児性愛者と疑われているのか?」


 水原がすごく嫌そうな顔をした。

 

「はぁ、ちーちゃん。水原のこと完全怪しい人間だと疑ってるよ…」


 怪しい宗教団体の勧誘員とまで思われている。


 レンジさんたちとの集まりに混ぜてもらうことがあるけど、その時に知りえた情報は他言無用がルール。

 

 水原と良く行く会について説明を求められて、ごにょごにょ濁していたら、怪しい宗教の集まりに連れて行かれてると思われた。


「水原、来なくて良いよ。私がちーちゃんに説明しておくから」


「俺も行く」


「何でよ?」


 水原は自分の利益にならない集まりや、立場上参加しなければならない飲み会などを嫌がる。

 それなのに行くと言い張る。


 水原が譲らないので、私が折れた。

 待ち合わせは5時なので、まだ少し時間がある。何を聞かれても大丈夫なように、事前に打ち合わせ。

 

「ではまずシフォンケーキをどうするかについて」


 水原の切り出しに、怒鳴る。


「そんなの話し合ってる場合かっ!」


 やっぱり水原、置いて行きたい。


「君、食べ物を無駄にすると怒るじゃないか。残った卵白はどうするんだ」


 卵は割ってしまうと、保存が利かない。

 今日調理しなければ捨ててしまうしかない。確かに勿体無いが、シフォンケーキを焼いている時間はない。


「目玉焼きにでもして、冷蔵庫に入れておくとか」


「白目だけは食欲が沸かない」


 ぶつぶつ文句を言う水原を無視して、少しでも好青年に見られるよう作戦を考える。


 ちーちゃんはまず外見チェックから入る。

 清潔なのは大前提で、そこは問題ない。


「こびとは禁止ワードってことで、着替えてもらえるとありがたい。……シャツ、伸びてるし」

 

 最後は小さく付け加える。

 

 不自然に伸びたこびとのシャツで、初対面は避けたい。

 伸ばした犯人の私が言うのは気まずくはあるが、水原は分かったと素直にクローゼットを開けた。


「あ、あの服は?ほら、水原が怪我した時、会に参加するために私が借りた服。あれ、格好良いよ」


「君、そのせいで合コンに失敗して、従妹に怒られたんだろう。君が男装した服を、俺が着て行くのか?俺は、君の従妹に同性愛者と疑われている。自分の嗜好で君に男装させたと思われる危険がある」


「……そうか。それはまずい」

 

 実りのない話し合いをしているといつの間にか家を出なくてはいけない時間になっていた。

 

 電車に乗って待ち合わせ場所へ向かう。


「あー言い忘れたけど、ちゃんと主食食べてよ。デザートセットにデザート付けるのはなしね」


「……………分かった」


 長居できるファミレスに行く予定なので、予め釘を刺しておく。不本意そうな表情を浮かべながら、渋々頷いている。


 着く前に気付いてよかった。


「あ、ちーちゃんだ」


 待ち合わせ時間15分前だと言うのに、既にちーちゃんは到着していた。

 不機嫌そうに腕を組むちーちゃんの隣には、渦中の人物である有岡先輩が立っていた。

 


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